第16話 己の拳で証明してみせる
「ただ、姿が見えるのなら、あたしからだって!」
マイ先輩は、強く意気込み、ヘイティンに向かって全力で突っ走った。
逃げも隠れもせずに、ただただどっしりと構えるヘイティン。
「はああああぁああっ!」
左ジャブ、右ストレート、右ハイキック。
攻撃する度に、ポニーテールがゆらゆらと揺れる。
同じ人間とは思えない凄まじい威力で攻めるマイ先輩。鮮やかなコンビネーションを、見事に全て躱しきるヘイティン。
マイ先輩は、肩で息をしながら、軽やかなステップを取る――追撃態勢だ。
ヘイティンは、野太い叫び声を出した。
「オオオオオォォォオオッ!」
まるで、「来るなら来い!」とでもアピールしているようだ。
「あなたがお望みならっ! やってやるわよ!」
ヘイティンの挑発に応じるように、マイ先輩は「うぁあああっ!」と雄叫びを上げながら、連続でパンチを繰り出した。
ストレート、フック、アッパー、ボディ。あらゆる角度から、拳を振り抜く。並の人間であれば、一発で失神しかねない破壊力だ。
だが、マイ先輩の前に立つのは、悪役中の悪役――人の心の闇を具現化したモンスター。凄みのある連撃を、平然といなしてみせた。
察しは付いていた。バッグブローが効いたのは、不意打ちだったからだ。
透明化の能力を持つ特殊なヘイティンが、これで終わるはずがないと感じてはいたが、これほどとは……。
百戦錬磨のマイ先輩も、表情に疲れが窺える。疲弊するのも無理はない――一打一打、神経を研ぎ澄ませているのだから、疲れない方がおかしい。
俺が加勢しなければ、マイ先輩が負けるのも時間の問題だろう。泣き言を漏らしている場合ではない。
拳を地に叩きつけ、歯を食いしばり、ふらふらしながらも、視界が微睡みながらも、どうにかこうにか立とうとしてみた。
「ミナトくん! 動いちゃ駄目、安静にしてなさい!」
いつだって、何度だって、こんな俺を気遣ってくれる――現状は、マイ先輩に甘えられない。
「お言葉ですが、マイ先輩一人では敵わない相手です」
「あたしだけでやれるわよ。お願いだから、言うことを――」
「聞きませんよ。絶対、聞きませんよ。やつを正気にできるのも、マイ先輩を守れるのも、世界でただ一人――俺だけですから」
気迫を込めて言うと、マイ先輩は俺から目を逸らした。
「惚れそうになる台詞だけれど、生まれたての小鹿みたいな足取りのせいで、ぜーんぜん説得力がないわよ……」
「説得力は、行動で示しますよ」
「ああっ! 待って、ミナトくん!」
俺は、マイ先輩の制止を振り切って、ヘイティン目がけて走り出した。
勝てる見込みは皆無――故に、返り討ちに遭うに違いないだろう。やられるとわかっていて尚、アドレナリンが出ているのか、痛みも疲れも一切感じなくなるのだから、人間の体は面白い。
「……アア……ア……」
ヘイティンの嘆きからは、覇気が伝わってこない。相手が俺だから舐めているんだ、こいつ。
今なら……いや、今しかない。油断している瞬間が、絶好のチャンスだ。
目一杯地面を蹴り、俺は高く跳び上がった。
「知ってるか? 心の隙間ってやつは――」
想像以上の高度に怯えながらも、腕に力を込める。
「命取りになるんだぜ!」
我ながら完璧な右ストレートだった――これで無傷なら手の施しようがない、もうお手上げだ。
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