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第14話 そばにいても、先輩は果てしなく遠い

 ――タタタタタタ。


 まただ! くそ。自然体でいても、反応が遅れてしまう。どうにも、五感を聴覚に絞らないと、居場所が特定できないのかもしれない。


 俺は、人差し指を立て、マイ先輩に沈黙を求めた。そして、そのまますぐに目を閉じ、耳を澄ましてみる。


 再びしんとする空間で、聞くことだけに、全神経を集中させる。


 ――ダダダダダダダダ。


 聞こえる。近付いたり、遠ざかったり、足音で俺たちを弄んでいるようだ。……駄目だ、余計なことを考えてはいけない。聞け、聞くんだ――。


 ――ダダダダッ!


 音が変わった。それも強烈なやつに。


「マイ先輩! 来ます!」


「わかってる!」


 殺意の訪れに、二人で身構える。


「……アア……ア……ウァア……アアァアアアアッ!」


 どこからともなく唸るような声が聞こえてきたかと思うと、それは悲鳴に近いものに変化した。


 怖い……怖い……。やつが俺のすぐ後ろに……いる。怖くても……振り返らなければ。


 躊躇が仇となり、頭を鷲掴みされ、地面に叩きつけられた。


「あがぁあっ!」


 痛い。痛い。痛い。痛い痛い痛い痛いあああぁああっああっ!


 無様に地に伏した俺に、ヘイティンのものとは違う足音が迫ってくる。


「ミナトくんっ! しっかりして! ミナトくんっ!」


 マイ先輩だ。呼びかけに応じたいけれど、強い痛みのせいで、即座に返事ができない。


 くそっ、手強い。迎撃態勢は整っていたというのに、声が聞こえただけで、心が搔き乱されてしまった。


「ここでじっとしてて。後のことは、あたしに任せなさい」


 言いながら、俺の背中をさすった。


 任せられるわけがない。まだヘイティンについて、わからないことだらけなのに。


 俺は、力を振り絞り、何とか声を出した。


「一人だと危険です。俺が回復するまで――」


「問題ないわ。ミナトくんが身を挺して攻撃を誘ってくれたおかげで、ウィークポイントがわかったから」


 たった二回の攻撃で、弱点を見つけたというのか。


「だから、じっとしてて」


 もう返事をする力は残されていなかったため、動かないことで、承諾したことを暗に伝える。


 情けない。惨めだ、惨めすぎる。俺は、未熟者だ。マイ先輩の背中を追うことしかできないなんて、本当にみっともない。


 全身の唸るような痛みと同じくらい、戦って、救って、守りたいという気持ちがあるのに――肝心の体が言うことを聞いてくれない。


 俺の頭上に、ポニーテールを結んだ女の子がいる。彼女は、勇敢なN世界の戦士。ジャンヌダルクを連想させるような美しき女戦士。自身の命が危険に晒されても、罪なき人を守り、道を誤った人を救う女神。初志貫徹――意思の強さと実行力が、計り知れないほど卓越している。


 比べて俺は、詰めが甘い。……いや、何から何まで甘い。現状は悲惨で、最初の一歩すらまともに踏み出せていないのだ。例えるなら、井の中の蛙、籠の中の鳥、そんなところだろう。ただただ空を見上げているばかりで、自身の行動規範でしか身動きが取れない、哀れな男。


 眼前の女の子に近付きたくて、理想に手を伸ばしたくて、でも、空回りしてしまう。俺がマイ先輩に助けられてからは、ずっと同じ調子だ――どう転んでも結果が伴わない。複数回、ヘイティン退治に同行しながらも、いつもマイ先輩に頼りきり。俺は、この人のようになれるのだろうか――。

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