第13話 この目には、映らない
前触れもなく耳に飛び込んできたそれは、咄嗟に耳を凝らした時には、既に聞き取れなくなってしまった。とてつもなく速いテンポの音だった。
俺の第六感を信じるのであれば、やつだ。
「マイ先輩……」
「……ミナトくんにも聞こえた?」
息を呑む急展開に、心が縦横無尽に揺れ動きながらも、俺は首肯した。
何かしらの音がしたということは、その要因となるものが近辺に存在してもおかしくはないのだが……目の届く範囲には猫の子一匹いない。
可視できないヘイティンがいる――幸か不幸か、俺の直感は的外れでないのかもしれない。
マイ先輩も不可解な音と、不穏な空気が意味するところを読み取ったのか、またポニーテールをきつく結び直して、臨戦態勢に入った。
――ダダダダダダダダッ!
さっきよりも近い!
「アア……アアアア……」
今度は背後から、やつの呻きが木霊した。
だが、俺の真後ろではない。マイ先輩の――。
「きゃあっ!」
俺が振り向いた瞬間、鈍い音が聞こえたかと思うと、マイ先輩が叫び声を上げ、その細身が宙へ投げ出された。
俺は、考えるよりも先に動いていた。走ると、世界がスロー再生に切り替わったかのように、時の流れが遅くなった気がした。
「間に合えぇえっ!」
気持ちが声になる。
まさに間一髪だった。地面に全身が叩きつけられそうになったマイ先輩を、すんでのところで抱きかかえることに成功した。
腕の中のマイ先輩が痛手を負っていないかどうか、気になって仕方がなかった。
「大丈夫ですか!」
「平気よ」
目も合わさず、素っ気ない返事。
気を遣わせないように強がっている、俺の目にはそう映った。
ここで無理をすれば、今度こそマイ先輩の命を奪われかねない。それだけは、何が何でも避けなければいけない。マイ先輩だけでも避難させて、俺一人でヘイティンの相手をするという選択肢もある。
「本当に平気なんですね?」
「嘘じゃないわ」
衝撃的な瞬間を目撃した身としては、その言葉はにわかに信じられない。
「でも! ダイレクトにヘイティンの攻撃を受けたんじゃ――」
「平気だってば。それよりも、手」
「は、はい?」
何故このタイミングで、手? 不思議に感じながらも、自分の手を見ると、目から鱗――ことの重大さに気が付き、慌てて手を引き抜く。
俺の手がマイ先輩の二つの膨らみに触れていたみたいだ。見るべきではなかった、と後悔が一気に押し寄せてくる。
「……変態」
ほんのりと朱に染まった頬を手で覆いながら、囁くような声で言うマイ先輩。
痛みを隠してそっぽ向いていたわけではなく、俺の手の位置があまりにもアウトだったので、それを睨んでいたらしい。
マイ先輩は、「それにしても」と一言口にして、辺りを見回しながら、片膝をついて立ち上がった。
「あたしたちの読み通り、ヘイティンに接触する手段が悲しいくらいに皆無ね。早速、暗礁に乗り上げたって感じね」
やつの隙は、戦闘の最中に模索するしかない――だが、そもそも論として、やつにそんな隙はあるのだろうか。
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