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第12話 誰の正しさを信じたいか

「より勝率を高めるためには、一時撤退がベストな選択肢だと思います。違いますか?」


 俺は、単刀直入に訊いた。オブラートに包んで、抽象的に投げかけても、互いに納得できないからだ。


 マイ先輩は、苦虫を嚙み潰したような表情を見せた。


「ミナトくんってさ、生き方が賢いよね」


「……」


 不意を突く一言に、思わず黙ってしまう。


 随分と情けない話だが、自分の生き方が賢いと感じたことはない。それどころか、最近では、俺のような周囲と異なる考え方は、生き辛い思考なのかもしれない、と思うようになってきた。


「生き抜くためには、退く一手が正しいでしょうね。無謀と勇敢は違うから、パパとミナトくんの意見は理にかなっている――それでも、目と鼻の先にいるヘイティンを見逃して、ぬけぬけと帰還するなんて、あたしには到底できない。善良な人々が毒されるのが目に見えているのに、黙って見過ごすことなんて、あたしには到底できない」


 心が打たれた。


 マイ先輩が、圧倒的に正しい。俺は、何のためにここに立っている――ヘイティンから人々を守るためだろう。ヘイティンを生み出してしまった被害者を救うためだろう。命が何だ――ろくな人生でもないのに、今さらそこまで生きたがる理由なんて、俺にはないだろう。それより何より、やると決めたことをやらないだなんて、男じゃない。マイ先輩に助けてもらった身分なんだ、肝心な時に逃げ腰でどうする。


「俺が、間違ってました」


 ポニーテールが誰よりも似合う先輩は、優しくかぶりを振った。


「間違いじゃないわよ。正しさなんて十人十色、千差万別よ――言い換えれば、人それぞれに考えがあって、正しいと思うものは違う。だから、あたしの尺度では、あたしの正しさは間違いじゃない。もちろんのこと、ミナトくんの視点からすれば、ミナトくんの意見だって正しいのよ」


 正しいは、個々人の中で明確な定義があり、それが他者と異なることもある――言われてみれば、確かにそうだと首肯せざるを得ない。家庭でも、学校でも、他者との価値観の相違に頭を悩ませていた俺だからなのか、痛いほどわかる。


 ただ、今回は――いや、これからは、マイ先輩に施してもらった分を、気が滅入っている誰かに与えていきたいと強く思う。まだ見ぬ誰かを不幸から救い出すことができて、ともすれば、俺もマイ先輩みたく理路整然とした人間に成長できるかもしれない。改めて気付かされた――ヘイティンを倒すことは、俺にとってやるべきことであり、やりたいことだ。


 ヨシミ博士の指示は、間違いではなかった。従おうとした俺も間違いではなかった。だけど、俺は。


「俺の目標とするのは、マイ先輩そのものです。だからこそ、俺がさっき述べた一時撤退という言葉は、撤回し――」


「いい。皆まで言わなくていいわ。ミナトくんがあたしに感謝していることも、あたしのようになりたいと思っていることも、全てお見通しだからさ。……ま、要約しちゃってよ」


 いやはや、どれだけ成長できても、マイ先輩には敵いそうもない。……ま、要約しますか。


「つまりはですね、同伴させてください」


 小さな子を愛でるように、マイ先輩は微笑んだ。


「よく言えました! もう、可愛い後輩だなあ」


 気を引き締めるべき事態なのに、つい口元が緩んでしまう。本当、可愛いのはあんたの方だと声を大にして言いたい。


 可愛い先輩は、何か大切なことでも伝えたいのか、わざとらしく二回咳をした。


「でもさ、大事に至るような戦いになれば、あたしはミナトくんに逃げてもらいたいと思っているの」


 嬉しいことだが、俺には逃げる道理がない。それに。


「逃げたくないんです。逃げたら――きっとこのまま、きっと変われないから。それに……」


 言葉の続きを口にするのは憚られて、それこそ逃げるように口を噤んだ。


 意気地のない俺を、マイ先輩は黙って見つめてくる。陽だまりのような優しい熱を瞳に込めて。


「……それに、マイ先輩との時間を失いたく――」


 ――タタタタタタタ。


 な、何だ? 今、何か音が聞こえた……?

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たくさんご覧いただきありがとうございます。

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