第11話 備えあれば憂いなし?
「ヘイティンが見つからない現状が、緊急事態ということです」
「はいー? パパの単純ミスだって、ミナトくんが言ったばかりじゃない!」
後輩に大好きなお父さんを詰られ、しまいには全く別の意見に鞍替えするというのだから、語気が強烈になるもの当然だ。
俺は、餌に飢えたライオンを宥めるように、「ドードー」と手で制しながら、優しい声で言った。
「状況的にはそう思っていました」
「だったら」
「でも、事情が変わりました。ヨシミ博士がNトランスミッションを利用して、俺とマイ先輩に連絡を取ってきた――だから、緊急事態なんです」
「……どういう意味?」
「どういう意味と言われましても。そのままの意味としか……」
「あー、わかった。わかったわよ。ミナトくんがそういう態度なら、こっちも出るとこ――」
輩の脅し文句を浴びせられる寸前、ヨシミ博士が救いの手を差し伸べてくるように、割って入ってきた。
『何の話をしているのか、僕にはさっぱりだけれど……だけど、ミナトくんの言う通り、緊急事態が発生したんだよ。現世に戻ってきてから伝えるのでは手遅れだと焦ってね、急遽、Nトランスミッションを使ったんだ。ただ、Nトランスミッションは、まだまだ試作段階だから、いつ通信不調になってもおかしくない』
ヨシミ博士の説明で納得したのか、ポニーテールを結んだ先輩は、
「そういうことならパパ、手短にお願い」
と真剣味を帯びた声で要求した。
『仰せの通りに。二人も気が付いていると思うけれど、僕が示した座標にヘイティンはいないはずだ。でも、確かにその位置に反応があったんだ。本ケースは極めて例外で、これまでのヘイティンの概念を覆してしまうような、そんなレアケース。……要は、視認できないヘイティンが存在するということ――これが僕の言う緊急事態の概要だよ』
ヘイティンが、視認できない……? そこに存在しているけれど、瞳には……映らない。
オカルトを信じる性質ではないが、自分の置かれている状況を考えると、身の毛がよだつ恐ろしさがある。
「すると、こうやって話している間にも、ヘイティンは俺たちの周囲に」
『そういうこと。だが、悲しきかな、その事実がわかったところで、情報量が少なすぎて対策のしようがない。不本意かもしれないが、ここは撤退を……して……く……』
突如、ヨシミ博士の音声が乱れた。
「パパ!」
「ヨシミ博士!」
マイ先輩と一緒になって叫ぶが、現世からの応答は途絶えてしまった。どうやら、ここらが試作品の限界だったらしい。
ヨシミ博士の『撤退』という指示が聞き取れたことは、不幸中の幸いだった。ここは、態勢を立て直し、万全を期するのが吉だろう。
「それじゃあ、現世に帰って、作戦会議をしましょう」
「しない。あたしは、ここに残ってヘイティンを倒す」
即答だった。
当然、「そうね」と返ってくると思っていただけに、俺は呆気に取られてしまった。勝算があるのなら話は変わってくるが、ヨシミは博士でも頭を抱えているんだ。勝てる構想なんてあるわけがない。
「考え直してください」
「無理な相談ね」
顔色一つ変えず、またもや即答。
ヘイティン退治は、遊びじゃない。絶命させられかねない危険な戦いだ。こんなこと、俺よりもマイ先輩の方が理解しているのに、それでも、すぐに戦うという選択をするのは、ちと筋違いではないだろうか。
未経験の戦闘となれば、緻密に、綿密に論理立てて、合理的な勝ち筋を模索することが妥当だ。
……何にせよ、このまま「はいはい、好きにやってください」と引き下がれない。
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