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【帰還篇完結】黒い月と銀の月  作者: 河井晋助
第5章 St. George And The Dragon
98/219

5-8

引き続き、

第5章を投稿いたします。

どうか、よろしくお願いいたします。

モス帝国 帝都ロンデニオン 第三王子執務室

 砂塵も落とさずに伝令が報告を行い、それをこの執務室で聞いたエリオットは音を立てて椅子から立ち上がった。

「遠見を使った魔術師は、確かにそう言ったんだな」

「はい、巨大な魔方陣が幾つか生み出され、恐らくは陣同士の干渉によって光を周囲に放っていたと」

 額からひっきりなしに流れる汗を伝令は拭う。それを語って良いのか、伝令は迷っていたが、それに感づいたエリオットが視線で語るように促した。

「報告には含まれておりませんが、私もその魔方陣をこの目で見ました。監視点から、私は前進しておりません」そして、さらに額の汗を拭い「魔方陣の周りを、精霊が舞っておりました」

 精霊は不可視の存在である。それが常識だが、もちろん例外があることを人々は知っている。ただし、それはとてつもない常識外れであることを。

「それほどの魔術師というのか、巫女姫は」

 頬から一筋の汗を垂らしたエリオットは、境界での戦いの際に巫女姫二人を見ていたが、警戒はしていても、想像の範疇に収まる程度の魔術師だと考えていたのだ。

「遠見を使った魔術師曰く、生まれたばかりの大精霊に、確実に匹敵すると」

 力を隠していたのか。そして、今ここぞという時だから、その力を見せつけたのか。人の身でありながら大精霊並みの魔術を行使するなど、過去にあっただろうかとエリオットは考える。

 脱力したエリオットが椅子に崩れ落ちた。

「だらしないね」

 その言葉に、慌てて視線を向けるエリオットだ。

 伝令に下がるように命じたエリオットは、姿を現し言葉を掛けてきたシルを、ただ見つめる。椅子をすすめなどしない。そんな気遣いなど無用なほどの、長い付き合いだ。案の定、シルは現れた場所近くの椅子を引き寄せて勝手に座るのだった。

「どうやら、俺の懸念が当たりそうなんだが」

 そのエリオットの言葉は言外に、知っていたのかと問いかけるもの。攻めるつもりなどはないが、なぜ教えなかったのかと。精霊は嘘をつかない。しかし、隠し事はする。

 苛立たしげに、シルの背中の翼が強く羽ばたいた。

「私もあの()を侮っていたのは認める。まさかあれほどとは」

 精霊が騒ぐ様子に気づいたシルは、リーネやツキが気づかぬ距離から、境界で行使される魔術を見ていたのだ。

「竜の巫女姫とは、すべてがあれほどの力を持つのか?」

「まさか。ある程度の能力は底上げされるけれど、あそこまではないよ」

 竜の巫女姫になるきっかけはさまざまだが、共に暮らしていくうちに、巫女姫は力を強めていくのは良く知られている事だ。精霊の契約に近い現象である。

「精霊ではないんだな?」

 確かめるように、エリオットは身体を乗り出して、シルに尋ねた。

 苦笑いをシルは浮かべる。

「精霊が巫女姫になることはない。それは人や獣人の役割だ」

 そうは言ったものの、ドラゴンは大精霊も含めていいように使っているのだが、世間一般では知られていない事実だ。

 机に頬杖をついたエリオットがシルへと言い放った。

「言い出したのはシル様だ。任せて良いんだな」

「あの()が張った結界含めて、任せておいて」

 エリオットから放たれた言葉を受け止めて、シルが不敵に笑うのだった。


蒼龍の守護地スカイドラゴンフィールド ログハウス

 アキラ達は無事に結界を張り、守護地(フィールド)の外部を伝う形で、結界の張り具合を確認してから守護地(フィールド)に入り、ログハウスまで戻っていた。

 森を抜け、ログハウスやテントが立ち並ぶ広場に入ると、アキラ達を真っ先に見つけたペノンズが、自分とディアナの作業場に慌てて駆け込んでいった。転がるように入り込んでいった様を見て、アキラは後ろのリーネに振り返って言葉をかけた。

「何かあったのかな?」

「うーん、何だろうね?」

 ツキにアキラは視線を向けてみるが、分からないと顔を左右に振った。

 何があったにしも、聞けば良いかと、アキラ達はそのまま精霊馬達を進めて、ログハウスへと向かった。

 ちょうど、アキラが精霊馬から降り立った時に、作業場からディアナが転がり出てきた。手を貸して下ろしたリーネにスプライトの手綱を預けて、ディアナと向かい合うアキラ。

 勢い込んだディアナの開口一番。

「大変なことです!」

 アキラの胸に飛び込まんばかりの勢いで、ディアナが話し始めた。

「凄いことです!」

「どーどー、落ち着いて」

 いつもの話し様ではなく、研究モードに入っているディアナを落ち着かせるべく、両手を掲げたアキラだ。

 ふんすと鼻息荒いディアナも、アキラの言葉と掲げた手を見て、どうやら落ち着き始めたようだ。しかし、興奮冷めやらぬ様子で、研究モードが続く。

水晶(クオーツ)から反応がありました。今朝から試しに指先で色々叩いていたのですが、叩いた数に対応する波動を返してきました」

「つまり、返事をしたということか」

「そうです。こちらの事を理解しているんです」

 今までは、アキラやブルーが触れても、ただ波動を返し来るばかりであったが、こちらからの問いかけに反応を始めているのだ。

「生命体というだけでなしに、知能も有しているのか」

 こくこくと頷くディアナ。

 ただ反応するだけであれば、獣であっても可能だ。しかし、こちらと同様のものを返してくると言うことは、考える事が出来る可能性があった。ただの反射ということも考えられるが、これまで、そんな事はなかったのだ。何らかの意志を込めて返してきている。

 ディアナの報告を理解すると、アキラは急いで作業場へと入る。

 テーブルの上には水晶(クオーツ)と装置を介してレインが置かれていた。その二つはコードに繋がれており、前に見たときとは変わっていないようだ。

「触っても大丈夫かな?」

 アキラが確認のために、テーブルの横にいたペノンズに声をかけた。頷くペノンズ。

「少し試したいことが出来た。良く見ていてくれ」

 アキラの言葉に、ペノンズが装置を確認して、いくつかのスイッチを入れていく。恐らくは測定装置と記録装置を立ち上げたのだろう。アキラに続いて入ってきたディアナが慌てていた。

「何をするつもりですか」

「たぶん、俺にしか出来ないこと」

 言うなり、アキラは水晶(クオーツ)の上に手の平を置き、もう一方の手でレインの柄を握った。

 両手の平にピリッとした衝撃が走るが、皮膚を撫でる程度の衝撃であったので、アキラには何の影響もなかった。

水晶(クオーツ)の波動がレインに送られておるようじゃ」

 装置から吐き出される紙を見ていたペノンズが小さく呟くが、それを聞きつけたディアナが駆け寄り同じく覗き込んだ。

「レインも波動を放ち始めた。恐らくはアキラさんに向けて」

「リーネを呼んでくれ」

 アキラの言葉に、ディアナは作業場を飛び出していった。幸い、他へは移動していなかったようで、スプライトの鼻面を撫でていたリーネが、訳も知らされずにディアナに手を引っ張られて作業場へと連れ込まれた。

 何が何だか理由も分からずに引っ張り込まれたリーネは、苦情の声を上げようとしたが、アキラの様子に表情を真面目なものへと変えた。

「何をすればいいの?」

「翻訳の魔術を水晶(クオーツ)に」

 アキラには翻訳の精霊が常に付き添っているが、それは精霊の好意であり、アキラは魔術として発動ができない。

 頷いたリーネが、水晶(クオーツ)の上に手をかざすと、魔方陣が一瞬浮かび上がって消えた。

「これで水晶(クオーツ)に精霊が付いてくれる」

 以前にもリーネが試しとばかりに、翻訳の魔術をかけたことはあったが、その時は何も起こらなかったが、今は違う。

「魔術が発動した瞬間から、同じ波動を繰り返し始めたのう」

「何かを伝えたいのか?それとも拒んでいるのか?」

「それが分かれば苦労せんじゃろ」

 水晶(クオーツ)と装置が吐き出す紙と、視線を交互に動かしつつも会話するディアナとペノンズ。どうやらこれも初めての現象のようだ。

「手を離すぞ」

 ディアナが頷くのを確認したアキラは、両手を離した。

 すぐさまペノンズが手にしている紙を覗き込むアキラだが、感心したようにうなり声を上げた。

「レインから、同じ調子の波動が来ていた」

 紙の上には波動が波線(なみせん)の形で書かれていたが、その強弱の調子が、レインから送られてくる波動と同じだとアキラは告げた。

水晶(クオーツ)からレイン、そしてアキラに波動が伝えられたと言うことか」

 興奮したディアナの鼻息が、ふんすかふんすかと荒い。

 どーどーと落ち着けとばかりに、アキラはディアナに両手の平を向ける。

「リーネ、このまま精霊は今の状態を維持できるか?」

 アキラがリーネにそう言いながら顔を向けると、いつになく真剣にリーネは水晶(クオーツ)を見つめていた。

「どうした?」

「精霊が変だよ。勝手に集まってくる」

 険しい表情を浮かべたリーネが、アキラの腕を取った。その背には黒い獣の羽がゆらゆらとはためいていた。

「しばらく、ここにいてもいいかな。このまま放っておくと精霊が集まり過ぎちゃう」

 リーネが言うには、このまま精霊が集まって、勝手に力を行使すると発動した魔術が干渉しあって、何が起こるか分からないというのだ。ただ、リーネがこの場にいれば、精霊をある程度制御できるため、暴走は避けられるのだと。

「大丈夫なのか?」

「それは任せて。精霊にはしっかり言い聞かせるから」

 それを聞いてアキラは分かったと答えるが、ディアナとペノンズは顔を青ざめさせていた。それは暴走の危険があるからではなく、リーネが精霊に言い聞かせると断言したからだ。二人は精霊工学士と鍛冶師であり、世間一般以上に学術のレベルで魔術や精霊を語れる者達だ。

 今のリーネの言い様であれば、精霊を完璧に制御しきれると宣言したのと同じだ。それは魔術師としては、生涯かけて臨むべき目標なのだが、恐らくリーネは周囲にいる精霊を完全に制御化できるのだ。

「あんまり無理をすんなよ。食事はツキに頼んでおくよ」

「うん、分かったよ。それからブルーも呼んできて」

 了解と手を挙げてアキラは作業場を出て行った。それをディアナとペノンズは見送り、手近の椅子に腰掛けたリーネに視線を向けた。

 あっさりと出て行ったアキラ。こちらは魔術や精霊に詳しくないからだろうと思う。だが、今椅子に座って楽しげに身体を左右に揺らして、水晶(クオーツ)を見つめているリーネは生粋の魔術師だ。それが、自分のしていることに何の気負いもない様子に、ディアナとペノンズは背筋を凍らせていた。

 作業場から外に出たアキラは、すでにツキが馬装を解いてしまったようで、精霊馬達は放牧に使用している区画で走り回っていた。

 ちょうど、馬装を片付け終えたツキに、アキラは作業場での事情を話してやると、では覗いてきますと言葉を残して作業場の中に行ってしまう。残されたアキラが視線を巡らせると、ログハウスの増築部分で現場監督よろしく、珍しくちょこんとすわったブルーを見つけ、そちらへと歩み寄っていく。

 アキラに気づいたブルーが、前脚の片方を挙げた。お帰りの挨拶のつもりなのだろう。アキラもそれに片手を挙げて応える。

 ブルーの横に立って、アキラは増築を行っている人狼姉妹と大精霊達を眺めながら、先ほどの作業場での出来事を語って聞かせ、リーネが来て欲しいと伝えた。

「一段落ついたら行くとするよ」

 人狼姉妹とサインは大丈夫だが、ノーミーは目を離すと、サボろうとするからなと。

 一人と一頭で、しばらく増築作業を見ていた。

 ブルーが結界について聞いてこないのは、問題がなかったからだろうと思っているからだ。アキラも特に口にするつもりはなかった。

「さて、俺も手伝ってくるよ」

 ノーミーの監視は引き受けたと、アキラは作業の中へと入っていくのだった。それを見送ったブルーが立ち上がる。

「さて、あれが何だか分かりそうだな」

 そう呟いてから、作業場へと向かうのだった。


幼女もどき:「ふふふっ、凄いでしょう!」

社畜男:「??」

大太刀:「……」

幼女もどき:「……わんわん!誰も褒めてくれない!」

わんわん:「??」

だから、微妙なネタは止めろって!


次回、明日中の投稿になります。

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