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【帰還篇完結】黒い月と銀の月  作者: 河井晋助
第5章 St. George And The Dragon
94/219

5-4

引き続き、

第5章を投稿いたします。

どうか、よろしくお願いいたします。

ブセファランドラ王国 王都パリス郊外 練兵場応接室

 以前、キムボールがディーネと会話を交わしていた王都パリス郊外の練兵場、その一角の建物に設けられた応接室で、再びキムボールはディーネと対面していた。

「でだな、帝国は本気なのか?」

「本気ですよ、本気ですわ」

 ディーネが流れる水のような翼を僅かにはためかせる。

 そのディーネの言葉と態度に、キムボールは王太子らしくもなく椅子の音を立てて、姿勢を崩した。

「親父はなんと言ってるんだ」

「何も。シルお姉様からの伝言を聞いて、ぽかんと口を開けただけですわ。ぽかんと」

「まぁー、国王陛下らしいちゃー、らしいな」

 おどけていう様が可笑しくて、ディーネがクスリと笑う。そして思うのだ、似ていると。血は争えないとも。

 テーブルに置かれた、エールが注がれたジョッキを手に取ったキムボールは、グビリと口に含む。また昼間からと、ディーネは咎めるような視線を向けるが、キムボールは意に介した様子もない。

「盟約か……。大精霊も因果なものだな」

「私は王国とは、変な盟約を結んではいません」

「知ってるよ」

 ディーネと王国との盟約は、珍しくも広く知らさせることはなかった。なぜなら、たった一条『王国を末永く見守り、助ける』それだけだったからだ。

 通常、盟約とは対等に結ばれるものだが、ディーネの盟約はかなり一方的であり、それをディーネは受け入れていた。

「とりあえず、王国としては静観だな」

「では、王子ではなく、キムボールとしては?」

「言ってくれるなよ。俺にも立場ってものがある」

 分かってくれよとばかりに、顔をしかめたキムボールが大げさに両腕を広げてみせた。

 それにため息ついたディーネ。

「シルお姉様が、手伝え、手伝えってうるさいのですが、悩んでますと答えておきますね」

「手間を取らせてすまないな」

 軽く肩をすくめて答えたディーネだが、内心では、どう返事すればと悩んでいた。

 一人と一体の間で言葉が途切れる。

 会話が途切れたからといって、気まずい空気が流れるようなことはなかった。キムボールが生まれてこの方、長きに渡って一緒に過ごしてきた仲である。言葉なくとも伝わることはある。

 だから、ディーネは沈黙を破った。

「シルお姉様の古き盟約については、私も知らないわ」

「ということは、始原の精霊達が交わした盟約ではないか」

 ジョッキを上げて、更にエールを口にする。シルが誰かと単独で交わした盟約だと。

 キムボールの前でソファーに座ってぽわぽわしている精霊を見て、もっとも古い精霊の一人だと誰も思いはしないだろう。

 しかし、キムボールは母と一緒に自分を育ててくれた、この大精霊の恐ろしさもよく知っていた。

「まぁ、ぶっちゃけると、万が一にも帝国がドラゴンを殺したとなると、当然守護地(フィールド)を領有する。次は王国か?」

「それはないわ。ないですわ」

 断言するディーネに、苦り切った顔でうなずくキムボール。どんな手を使ってでも、この大精霊は王国の独立を守り切るであろう。帝国にとっては非情の手段であろうことを用いても。

 そんなことをディーネにさせる訳にはいかなかった。

「そんじゃ、俺は素敵なお姉さんを守りに行こうかな」

 先に立場がどうのと言っていた舌の根も乾かぬうちに、ぬけぬけとキムボールが言う。ドラゴンを助け、そしてはツキを守りに行くと。

 そして、それがディーネを守ることに繋がるのだと。

「王国の兵は使っちゃ駄目」

「どうして?」

「姉妹げんかが見たい?」

 国を挙げてドラゴンに味方したとなると、シルはディーネが自分に敵対したとみなし、攻撃を仕掛けてくるだろう。それも、王国に対してではなく、ディーネに対してだ。

「聞いてみただけさ。俺は単独で動く」

「相談くらいはのってあげるから」

 そう言って、ディーネはキムボールからジョッキを奪い取ると、残りのエールすべてを飲み干すのだった。


財団(ファウンデーション) 商都リアルト 会長補佐室

 テーブルに積み上がった書類とミュールは戦っていた。未決の箱では足りなくなったため、テーブルに描かれた未決のエリアから書類を取っては中身を確認し、サインしたものは決済済みのエリアへ放り入れ、差し戻すものには、朱で修正箇所に線、あるいは文字を入れて差し戻しのエリアへと放り込む。

 そんな時、ドアがノックされ、書類を見ながら反射的に入室を許可するミュール。

「お忙しいところ申し訳ございません」

 ドアを開けて入ってきたのは秘書長のベイタだった。書類から視線を外してそれを確認したミュールが、手にした書類を机に放り投げた。

「まったくだ。全部モス帝国、いやエリオットが悪い」

 帝国は国境を挟んでの紛争を終結させようと、動き始めていた。もちろん、帝国が一方的に呼びかけてくるのであれば、毟れるだけのもの毟ってやるのだが。

 前線にいるピーター司令からの伝令によると、帝国は戦力を増やし始めていると言うのだ。

 もちろん、帝国がドラゴンを殺そうとしていることは、リータから聞いており、紛争終結に動いているのは、そちらへ戦力を回すためであろうということは明かだった。

 だが、現場は違うというのだ。

 戦力は増強されて、戦意は旺盛と伝令は語る。

 それら相反する事象による、その結果が、ミュールの机の上に積み上がる書類となっていた。

 とりあえず、愚痴めいた事を言っても仕方がないと、用件を話すようにミュールはベイタを促した。

「重ねてお忙しい時に申し訳ございませんが、イフリータ様がこちらに来られます」

 捉えようによっては、失敬極まりないことをベイタは言うが、さらにもうすでに庭園を出ており、もう僅かの時間でここに来ると。

「珍しいな……。とにかく、お茶と菓子の用意を」

 そう命じてベイタを外へと送り出し、ミュールも立ち上がってソファーに歩み寄り、そこで立ったままリータの来室を待つことにした。リータの事であるから、書類を処理しつつ出迎えても無礼とは思わないだろうが、ミュールとしてはせっかくの機会であるから、リータを丁寧に出迎えたかったのだ。

 ミュールが、激務で崩れたままの着こなしを直していると、ノックもなしに扉が開かれた。

「おっ、なんだ暇そうだな」

「おかげさまで」

 部屋に入ってきたリータに、ミュールは微笑みかけるとソファーに座るように勧め、続いてプレートにティーセットと焼き菓子を盛った皿を乗せたベイトに、配膳するように合図を送って、自分もリータの前に座るのだった。

 さっそくテーブルに置かれた皿から、焼き菓子をつまみ上げてぽりぽりとかじるリータが、ベイトに頷きかける。それを確認したベイトは後ろに下がって、部屋の隅で待機を始めた。

「さてと、かくもこのむさ苦しい部屋へ、ご来駕いただきまして、ありがとうございます」

「ってー、何を堅苦しいことを」

 まあ、そうだろうなと、ミュールは息を吐き出し、前のめりになっていた身体をソファーのスプリングに委ねた。そしてリータ様と呼びかける。敬称だけは最後の一線のように。

「先日聞いたシル様が交わした古の盟約だが、調べてくれたかな?」

「ああ、いろいろ聞いたけどよ、何も分からなかった」

 つまんだ焼き菓子をぽいっと上に放り投げて、口に入れるリータ。行儀が悪いにもほどがあるが、それが日常なのか、ミュールは何も言わないし、表情も変わらない。

「だが、わざわざここに来るというのは、何かあったんだね」

「まあね。サインとノーミーがブルーにつくってよ」

「つまりは獣人はドラゴンを助けると」

 精霊とドラゴンへの信奉厚い獣人のことだ。国家の方針としても、協同国が帝国へ侵攻する事も織り込んでいる。ミュールの予想から一歩たりとて外れていない。だからこそ、ミュールはリータが続ける言葉を待った。

「ディー姉は動かねえってよ、今は」

 ピクリとミュールの眉が片方だけ上がる。

 それを見たリータが、ふむふむと頷く。ミュールが教えられたことを、きちんと出来ていることが嬉しかった。

「帝国対ドラゴンと獣人、その対立構造に、どう関わっていくか?」

「違う。帝国対ドラゴンとアキラ。獣人はおまけだ」

「ご友人のアキラという者、それほどですか」

 片方の足を持ち上げ、半分ソファーの上で胡座を組んだリータが、にやりと笑った。

「本当は、シル対アキラ、おまけはドラゴンと言ったらどうする」

「なっ!」

 愕然と表情になったミュールは言葉を失う。それがよほど面白かったのか、けたけたと笑ったリータは焼き菓子をつまみ上げて、口の中へと放り込んだ。

 リータの言葉を懸命に反芻するミュール。

 大精霊がただの人、たった一人と戦う?

 まず、真っ先に思い浮かべたのは、アキラが何かのタブーを犯し、それをシルは罰そうとしている。

 いや、違うとすぐにその考えを振り払う。ドラゴンを介しているが、サインとノーミーはアキラを助けようとしている。タブーを犯しているなら、シルにつくはず。良くて様子見。

 シルとアキラの間に何があるというのだ。

「では、リータ様はドラゴンにつくと言うのですか」

 庭園で会ったときに、リータはアキラが困ったときは助けると言い放っていた。ならば、いまがその時ではないか。

 だが、意外なことにリータが何も答えを返さず、ぼうと呆けていた。

「どうしました?」

「ああ、何でもない。頼ってきたら考えるさ。サインやノーミーと俺は違うからな」

 同じ大精霊でも、対応の仕方が変わるのかとミュールは首を傾げる。その基準は何なのかと。

「それで、財団(ファウンデーション)としての立場はどうするんだ?」

 無理矢理のように話題を変えるリータ。問い詰めても答えそうにないので、ミュールもそれに乗ることにした。

「先ずは帝国との紛争に決着をつけてからになります。そちらの行方が分からない限りは現状維持で、ドラゴンに対して財団(ファウンデーション)は動きようがない」

 帝国の国境線での動きと、停戦を申し出た帝都、それがちぐはぐであり、財団(ファウンデーション)首脳部としても対応に迷いがあった。停戦か、紛争の継続か、あるいは逆侵攻か。

「成り行き任せの現状維持、静観でいいんじゃねーの」

「どんな理由で?」

「なんとなく」

 リータらしい回答だと、ミュールは思う。

「リータ様にそう言われて、肩の力が抜けました。ドラゴンは静観しましょう。へたに肩入れすると、大戦に発展する恐れがある」

 王国をも巻き込んで、複数の国々が戦うことになる。そうなれば、商人の国である財団(ファウンデーション)にとっては儲け時ではあるが、それはそれで、戦後他国の反感を買うことになろう。

「好きにすればいい。ただし、考えるのは止めるなよ」

「もちろんです」

 そのミュールの言葉に、よくできましたとばかりに、リータはにっこりと笑うのだった。


ヤンキー大精霊:「なんか、茶ばっかし飲んでないか?」

御曹司:「……他を検討いたします」

ヤンキー大精霊:「コーヒーとジュース、アルコール類は禁止な」

御曹司:「……(レシピを手に入れたか!)」

もうちょっと待っててね。

他も出すから。


次回、明日中の投稿になります。

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