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【帰還篇完結】黒い月と銀の月  作者: 河井晋助
第5章 St. George And The Dragon
93/219

5-3

引き続き、

第5章を投稿いたします。

どうか、よろしくお願いいたします。

「帝国との盟約により、この時より私がこの地を統治する」

 その言葉に、素早く反応したのは帝王だった。素早く玉座から立ち上がり、シルに向かって拝跪する。そして、それに続くのは皇太子、玉座の近くにいた貴族達。玉座から離れていくに従い、貴族達の間にざわめきが広がる。

「統治とはいっても、帝室や貴族達を廃する訳ではない。今まで通りだが、そこに私の意志が含まれるだけだ」

 ここにアキラがいれば神授王権、いやこの世界で表現するならば精霊受王権がなされたと感じるだろう。明確に大精霊シルフィードが帝室の権威を認めると言ったようなものだ。

 シルの言葉の意味を理解するのに、しばらくの間があったが、広間は喜びの声に包まれるのだった。

 帝国万歳、シルフィード様万歳と讃える言葉が広間にこだまする。

 しかし、その広間の様子をカーテンの影から、しかめた顔で見る者がいた。


 足音も鋭く響かせ、帝国の第三王子であるエリオットが廊下を歩いていた。

 自分の執務室にたどり着いたエリオットは、苛立つ感情のままに扉を乱暴に開け、中へと入った。

 執務室の内部を一瞥し、人がいないことを確認したエリオットは、纏っていたマントを脱ぎ捨て、それを床へと叩きつけた。

 帝国と大精霊シルフィードと交わされた盟約、その最後の一条。帝室ばかりか、貴族であれば誰でも知っているものだ。

 『その時来たれば、シルフィードがモス帝国の統治を行う』

 誰も真剣に考えた者はいないばかりか、そうなれば良い事だと考える貴族までいた。

 では、その時とは?

 それを考えた者などもいなかった。

 そして、それは突然やって来た。一言、シルは帝王にその時が来たと告げたのは、数日前のことであった。前置きも相談もなかったため、もちろん帝王と連なる帝室は驚き、困惑し、狼狽えた。

 回答を求めるシルに、帝王は頷くしかなかった。盟約に逆らえば、それは違約として精霊すべてが帝国を見限るであろう。

 魔術に頼っている限り、精霊がこの国を見限れば、国家としての死を迎えるだけだ。

 帝王の盟約履行の受け入れを確認したシルは、統治についての説明を帝室に対して行った。

 何も変えなくとも良いと。

 ただ一つ、統治者として命じたのはブルードラゴンを、国を挙げて殺すことだった。

 財団(ファウンデーション)との紛争は終息させ、戦備を整えよと命じた。すべてはドラゴン殺しのために。

 エリオットは帝室の一員、間違いなく、この帝国を実質運営している第三王子として反対をシルに告げた。だが、それははね除けられた上、従わねば廃嫡も考えるとまで言われたのだ。

 今、エリオットが国家運営から離れれば、確実に国家は傾く。それをシルは知りながらも廃嫡を口にしたのだ。

 本気だと思わざるを得ない。

 ドラゴンを本気で殺すつもりなのだ。

 そう、たとえ帝国を滅ぼしても。

 ドラゴンは一国を滅ぼすと言われているが、それを見た者はいない。そのためドラゴンによる国家の滅亡など現実味が薄く、貴族連中でさえトカゲの親玉との認識しかないのだ。

 いらいらと右手親指の爪を噛み、エリオットは部屋の中を歩き回った。

 腑に落ちないのは、ドラゴンの恐ろしさを幼き頃から語り聞かせたのはシルではなかったか。

 そして、守護地(フィールド)への侵攻を止めなかった、いやそそのかした節すらあったのは、この時のためではなかったか。

 ドラゴンへの攻撃はタブーではないと、帝国に認識させるためではと。

 一瞬、母を背負って、王国にでも亡命するかと思うほどエリオットは状況に絶望していた。

 たとえ今、ドラゴンがリセットという期間にあったとしても、ドラゴンそのものへの攻撃は、諸国からの武力を含めた干渉を招く。守護地(フィールド)に侵攻した時以上に、外交的な武器として用いられるであろう。

 特に、獣人達の反応が気がかりだ。今は種の間に不和の種を蒔いているから良いものの、ドラゴンへの信奉厚い獣人達は、間違いなく雪崩を打って帝国へと侵攻して来るであろう。

 ただ単にドラゴンと戦えば良いという話しではないのだ。

 部屋の中を歩き回るのに疲れたのか、エリオットは自分の椅子に音を立てて座り込んだ。

 エリオットは考えろ、考え抜くんだと自分に命じ、やがて一つの手を思いつく。

「王国や、財団(ファウンデーション)と裏で手を組むのは許さないよ」

 声がする方に視線を向けたエリオットは、いつの間にか現れたシルを見た。

 表だって、ドラゴンを殺すために手を組めと帝国が他国と交渉しても、それに乗ってくることなどありようもない。

 逆に、エリオットが、帝国はドラゴンを殺すつもりはなく、暴走した大精霊に従っているように見せかけているだけで、それを止めるために手を貸して欲しい、そんな他国との交渉することは許さないと、シルは告げているのだ。

「それくらいは見抜くか」

「当たり前」

 エリオットの言葉に、笑って応えるシル。

 エリオットは立ち上がると、シルにソファーへ座るように勧め、自分もそちらに座り直した。仕事として真剣に話せば、シルと大げんかをしてしまいそうになるからだ。そうなれば、声を聞きつけた王宮内部の使用人達から、第三王子と大精霊の不和が噂として流れていくだろう。それは絶対に避けねばならない。

「それで、もう何度聞いたか分からんが、本当にドラゴンを殺す気か?」

「もちろんよ、本気も本気」

 そう言いながら、シルは卓上のベルを持って鳴らして、メイドを呼び入れた。

 自分の茶の準備を命じたばかりか、エリオットのオーダーまで聞く始末。

 最近手に入るようになったコーヒーを用意するように命じ、手を振ってメイドを追い払うエリオットが、少し身体を椅子から身を乗り出した。

「同じ答えを聞いたわけだが、今度の質問は初めてだ」

 無言でどうぞしてみなさいと、シルは手を差し出した。

「ドラゴンの戦力として、もちろんドラゴンが筆頭だろうが、あのアキラがいる。さらには巫女姫もいる。巫女姫は戦力としては未知数だが、あのアキラは間違いなく一人で、一個師団を軽々と打ち破るぞ」

「一個師団で駄目なら、二個、三個をぶつければいいわよ」

「数で言えばそうだが、俺は忌み色の髪を持つ、あの巫女姫が怖い」

 ぴくりとシルの片方の眉が上がった。

 その表に出た感情の欠片をエリオットは読もうと、シルの顔を見つめる。

 一見、にらみ合う様相になるが、準備を整えて戻ってきたメイドがそれを破った。

 力を抜いたエリオットは、カップに入ったコーヒーを一口すすり、背もたれに身体を預け、頭の後ろで腕を組んだ。視線は天井に向けていた。

「巫女姫は魔術師だ。前に剣士が立ち、後ろで魔術師が控える。鉄壁だぞ、忌み色の鉄壁だ」

 アキラとリーネの髪色が黒である事を揶揄するエリオット。

「あの二人がいるだけで、ドラゴンに攻撃すら届かないと?」

 化け物じみた剣の腕前であるアキラと、魔術師として精霊との親和性が空前絶後のリーネ。この世界では個が量を凌駕することがあるのだ。そのことをエリオットはよく知っていた、理解していた。

「そういうことだ。せめて精霊だけでも何とかなれば、魔術師は無効化出来るんだがな」

「そう、精霊さえ何とかすれば良いのね?」

 にこりと笑って答えるシルに、身体を起こして前のめりになるエリオット。

 まさかと思う。

 しかし、この時、この場におらぬ者がにやりと笑っていることを一人と一体は知らなかった。


????:「にやり」


次回、明日中の投稿になります。

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