5-1
新しく第5章を始めさせていただきます。
どうか、よろしくお願いいたします。
蒼龍の守護地 ログハウス
シルとその率いる帝国からの宣戦布告を受け、アキラはブルー達と相談して、早々に守護地に戻る事にした。
宣戦布告をしたシルは、さっさとサインの部屋からは姿を消していた。
守護地に戻ることにしたアキラは、ライラとスノウ、そして砂浜で荷物を見守っていたラルセルにそれを告げると、ラルセルは人狐の町に戻って族長であり父親のミッチェルに事の次第を先ずは報告すると言い、ライラとスノウはアキラに同行すると言い出した。
なぜと人狼姉妹に尋ねたアキラだが、信奉しているドラゴンが戦いを挑まれたのなら、足手まといにならぬ範囲で手助けをしたいと応えてきた。
事がブルーに関わるものなので、ブルーに判断を聞くと、好きにするが良いと守護地内部に入る事までも認めていた。
戻る途中、商都リアルトのローダン商会支店に立ち寄り、まだ残っていたペノンズを拾い上げ、急ぎ守護地に戻ってきていた。
アキラ達を出迎えたのはノーミーだった。
顔を合わせて開口一番。
「それで~、あーしはどうすればいいの?」
「どうすればも何も、勝手に来たくせに」
呆れたアキラに、大精霊の威厳を欠片も見せず、けらけらと笑い返すノーミー。
アキラ達が守護地に戻ると、なぜかノーミーが待ち構えていた。サインとともに、筆頭族長であるサイモンの元へと行っていたはずが、フロレンティーアにサインを残して守護地に移動してアキラ達を待ち構えていたのだ。
ドラゴンですら汗を流して働く守護地である。戻った矢先の事で、旅装を解く手伝いを命じられ、それが終わると大精霊であるノーミーにも、ログハウスの増築という仕事が割り振られた。
「あーし、こんな事するのに来たわけじゃないのに-」
「うるさい、さっさとリーネを手伝え」
監督指示を受け持ったブルーが、さっそく増築部分の基礎工事を始めてノーミーをこき使っていた。ぶつぶつと文句を言っていたが、さすがにリセット中とはいえ、ドラゴンには逆らえないのか魔術で穴を掘るノーミー。
大地の精霊ノーミドの面目躍如といったところで、リーネが手を叩いてその手際を褒めていた。それに気分を良くしたのか、文句もいつしか消え、今や鼻歌交じりで作業を行っている。重機を使う以上のスピードで、さらには正確にブルーの指示通りに穴が掘られて行き、数日はかかるかと予想していたブルーとアキラは見事に裏切られることになった。
そんな光景を眺め、明日にはコンクリートを流し込めると判断して、ならばコンクリートを用意しておかねばと考えつつアキラは木材を運んでいたが、ブルーが寄ってきて言葉をかけた。
「ローダンが来てくれる」
「ありがたいな。姉さんなら色々相談に乗ってくれるだろう」
ことさら軽く言ったつもりだが、アキラとしては親しくしていたつもりのシルからの敵対の宣言が言葉に影を含ませる。
「あまり気にするな、とは言えないか」
背後から声をかけられ、木材を担いだままアキラが振り返ると、そこにはローダンが立っていた。
「さっそく来てくれたのか」
木材を置いてくるから、椅子に座って待っていてくれと言い残してアキラがローダンに背を向けて歩いて行く。
「……あの様子だと、かなり仕上がっているな。本人に自覚はあるのか?」
「当たり前だ。あれだけの木材を楽々と担いでいるんだ。分かっているはずだ」
残ったブルーとローダンがアキラの背に視線を向けて言葉を交わす。
しばらくはアキラの背を見ていたブルーとローダンだが、木材を所定の場所に下ろすのを見て、休憩のために用意されたテーブルへと向かうのだった。
アキラは、作業中の水分補給のために、ツキが作って冷やしていたハーブティーを二つのグラスに注ぎ、一つをローダンの前に置いた。更には、俺のは?と見上げてくるブルーのために深めの平皿にも注ぎ、椅子に登ったブルーの前に置いてやる。
残ったグラスを持って、ローダンの前に座る。
冷えたハーブティーを一口含んで、乾いた喉を癒やしたアキラは、自分を見つめているローダンに語りかけた。
「事情はブルーから聞いているよな」
「だいたいは、だね」
「古き盟約の内容は知ってるのか?」
そのアキラの質問に、首を振って否定するローダン。
「始原の精霊達については、私たちですら知らないことがあるから」
「やはり、シル達のような始原の精霊は特別なのか」
「特別っていうか、作られて長い年月もたっているから、いろいろと柵も多いだろうね」
大精霊に成り立ては気楽でいいさと、人と比べて何倍もの年月を生きてきたローダンはそう言う。
しかし、精霊にとっては盟約を交わすのは重大事だ。そう易々と交わすとも思えない。そうなれば、交わしたシルの相手は、シルよりも立場が上か、実力が勝るか、弱みを握られているかと、何らかの事情があるはずだ。
そして、あの時、シルの表情に浮かんだ影。それがアキラには気に掛かっていた。
「他に始原の精霊っているのか?」
「ディーネ、リータ、サイン、エンくらいだな」
ブルーが上げたものに、アキラには聞き慣れない名が混じっていた。
まだ会ってはいないかと、ブルーが思い出したように説明を始めた。
守護地の南の境界に面する、リシア共和国に住む木の大精霊なのだと。
「のんびりした奴だから、いつか会えるだろう」
「それで、そのエンとやらも含めて、古き盟約は始原の精霊すべてと交わしているのか?」
「想像で申し訳ないが、恐らくそれはないな」
ローダンの答えに、アキラは根拠を尋ねる。
さらに申し訳なさそうに、ローダンは勘でしかないのだと告げる。
「もし、始原の精霊が全員、古の盟約を交わしているなら、シルと一緒に宣告の場にいたはずだよ」
「それもそうか?」
「だけど、注意は必要だぞ。これからシルが仲間に引き入れるかもしれん」
そのブルーの指摘に、アキラとローダンは黙りこむ。
これは帝国と蒼龍の守護地との戦争といっても過言ではない。たとえ人数が十に満たずとも、戦力だけで言えば帝国と戦うのに十分であるのだから。
シルというより、シルの率いる帝国が戦略的な判断で王国や財団と同盟を組むことだってあり得るのだ。
沈黙するなか、ブルーの耳がピクリと動いた。
「サインが来る」
そのブルーの言葉を終わらぬうちに、サインがテーブルの脇に姿を現した。
「ライラとスノウを呼んで」
そして、挨拶もそこそこにサインはアキラにそう頼むのだった。
人狼姉妹がテーブルに新たに加わった。その後方では、ノーミーが何やらうろうろしていていたが、しばらくするとリーネに襟首を掴まれて、引っ張って連れられていった。それを見送ったサインが口を開く。
「サイモンが手助けしたいと」
「どの程度だ?」
サインに吊られるようにアキラも言葉短く尋ねる。
「人狼は大丈夫。でも、他の獣人種がまとまっていない」
詳しく語らぬサインにもどかしく思うが、恐らくは人狼はアキラとブルーの味方につくと言うのだろう。ただ、協同国を挙げてではないとのことだ。いまから、種族間での折衝でも行われるのであろう。
アキラとしては人狼だけでも味方をしてくれるのはありがたいのだが、それで人狼が協同国内で孤立するのは避けて欲しかった。それをサインに告げると顔を振って応えただけだった。
「断言は出来ませんが、人虎は味方すると思います。彼らは強いものに従います」
人虎の中で最強であるフォイルを、ああも容易く倒したのだ。ブルーではなく、倒したアキラに信服しているはずだとスノウは告げ、心配なのは人狐だと。
「族長のミッチェルの態度は信用出来ません。人狐はあくまでも種の利を優先します」
そのスノウの言葉に、それはそうだとアキラが頷き返す。人狐は知恵を尊ぶ。簡単には答えを出すはずもない。限界まで考えに考え抜いてから態度を決めるだろう。
サインが椅子から立ち上がった。
それに何かを察して、ライラとスノウも椅子から立ち上がり、サインの前に跪いた。
「サイモンからの伝言です。スカイドラゴンの側にて助けよ」
「謹んでお受けいたします」
大精霊が言葉を預かり伝えたということは、族長からだけの命令ではなく、言外にサインの意志も含まれている。だから、ライラとスノウは深々と頭を下げて、言葉を受け取ったのだ。
そして、今の言葉に、サインはブルーの味方につくと宣言したのだ。そうなれば、古の盟約が始原の精霊すべてと交わしたものではないと判明した瞬間だった。
「さて、残りのディーネとリータはどうするか?」
呟くブルーは目蓋を閉じて考え込む。すでに状況は伝えてある。あとは返事を待つばかりなのだが、時間がたつにつれて不安が増す。こうしている間にも、シルからの連絡がいっており、すでに答えが出ているかも知れないのだ。
「心配しても始まらない。なるようになるさ」
「立場がいつもとは逆だな」
アキラの気遣いに、ブルーが苦笑を浮かべる。
やはり、リセット期間中で、心が弱っているのかもしれないと、ブルーを自分を戒める。
そんな時、賑やかな声を上げて、リーネとノーミーがテーブルへと歩いてきた。
「今日の作業は終わったよ-」
「あーしは頑張ったよ~。スノウ、褒めてー」
リーネによれば、掘らねばならない部分はすべて終わったとのことだ。アキラの予想通りに、明日からさっそくコンクリートを流し込めるようだ。
「それじゃ、明日は朝からコンクリートを練るか」
その言葉に、ぶーぶーとリーネとノーミーが文句を言うが、取り合っていては時間の無駄とアキラは無視をする。
すると、リーネはアキラの腕に、ノーミーはスノウの胸に飛び込んだ。
小柄なスノウは受け止めきれずに、椅子ごと後ろに倒れそうになるが、しっかりとライラが支えて地面に倒れることは阻止していた。
一言ライラからノーミーに苦情の文句も上がるかと思いきや、さすがに相手が信奉する大精霊ではそれも出来ないようだ。何かライラが口をもにょもにょさせて我慢している。
「言っていいぞ」
笑ってアキラがライラの背を押す。それに勇気づけられたのか、大精霊の扱いが軽い守護地に感化されたのか。
「ノーミー様、スノウは弱いので手加減願います」
「えー、スノウは強いよ!」
このノーミーの言葉には、ノーミー以外全員が首を傾げる。
「分かってないなー」
まぁ、いいかと、それで話題を打ち切るノーミー。どこまでも自由だ。
皆が呆れたり、笑っているところへ、白いワンピースの上に着たエプロンで手を拭いつつ、ツキがやって来た。
「ローダン、サイン。食事していくでしょ?」
「もちろんだ、ご相伴にあずかるわ」
「……これ、持ってきた」
こくこくと頷いたサインが、ごそごそと持ってきた鞄を探る。
鞄の中からサインが取りだしたのは、自分の頭よりは僅かに小さな壺二つ。
その壺を目を輝かせてアキラが見つめていた。
「それはもしかして……」
「醤油と味噌」
ぱぁーとアキラの顔が笑顔になった。
「これで勝てる」
「……何に勝つというのだ」
アキラの言葉に、ブルーがため息を突くのだった。
J○?:「えー、スノウは強いよ!」
わんわん:「同意する」
社畜男:「同じく、いやマジで」
J○?:「……?」
同意いたします。
次回、明日中の投稿になります。




