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【帰還篇完結】黒い月と銀の月  作者: 河井晋助
第4章 ワンダフル・ワールド
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4-16

引き続き、

第4章を投稿いたします。

どうか、よろしくお願いいたします。

 床を調べていたライラが絨毯を剥がしたその時、ブルーが制止の声を上げた。

「そこだ、その床板を剥がせ!」

 しゃがんでいたライラの側に駆け寄ったブルーが、一枚の床板を前脚で叩いた。それを受けたライラは、貫手で床板を貫き、床板を引き剥がした。薄い空間が現れ、額を突き合わせて中を覗き込むブルーとライラ。二対の目が見つけたのは石版だった。

「触るな。そっちへ行くまで、そのままで」

 何かあると言葉を上げたライラに命じたアキラは、椅子から飛び降りて開いた穴を覗き込んだ。

「石版?書かれているのは魔方陣か?」

「私は見たことがありません」

 アキラの横から覗き込んでいたスノウが応え、すぐにリーネを呼び寄せる。

 スノウと身体を入れ替え、中を覗き込んだリーネが首を左右に振る。

「初めて見る。たぶんだけど、見たことはないだけで、私の知らない魔方陣だと思う」

 見たことがないため、効果は分からぬが、魔方陣であることは確かだとリーネが認めた。

「魔方陣を書く。そんな事で魔術が発動するのか。魔方陣は精霊が描くものだろう」

 なけなしの知識で、アキラはリーネに尋ねるが、帰ってきたのは頷きだった。

「そう、アキラの言うとおり。私たちが紙でも何にでも魔方陣を真似て書いても魔術は発動しない」

「過去に、人や獣人の魔力を利用するために、散々実験されてきましたけれど、結局精霊の魔方陣をまねても駄目だという結論が出ています」

 リーネの言葉を引き継いだスノウ。さすがに精霊への呼びかけには劣るものの、学術的な考察では正規の教育を受けたスノウに軍配が上がる。

「その魔方陣の効果はどこまでだ?」

 アキラの問いかけに、リーネとスノウが顔を見合わせる。アキラとしては、効果が及ぶ範囲からサインとノーミーを連れ出せば良いのではないかと考えたのだ。

「……どういったものか分からないので、範囲もつかめません」

「魔術だけど、精霊とは関係ないんだよ。対応の仕方も分かんないよ」

「呪い的なものか……。ならば、その石版を割って魔方陣を壊すか?」

 それは駄目だと、リーネとスノウが声を合わせて反対する。リーネは感覚から、スノウは知識から、何かの反動が起こるかもしれないと。

 手詰まりかと、アキラが考え始めるが、一つ提案があるとスノウが口にした。

「ほんの微弱な魔力を、サイン様とノーミー様を魔力で覆ってみてはどうでしょう」

「それはどういう効果を期待してだ?」

「精霊は通常魔力を帯びてはいません。治療で良く行うのですが、剥がれた魔力を、他者が与えて覆うことで、他からの影響を遮断して魔力や体力の回復を促します」

 それは獣人や人には効果がある方法ではあったが、精霊にも適用できるかは分からないとスノウは念を押す。事実、大精霊を治療するなどは前代未聞のことなのだから。

「スノウに問題は起こらないか?」

 アキラはスノウを気遣う。ライラも同じように心配そうだ。初めて行うものなのだ。何が起こってもおかしくはなかった。

 そして、ライラがもっとも恐れているのは、スノウが自棄になっていないかと。ここで失敗して、万が一スノウに支障が出たとしても長くない命だからと。

 その思いはスノウに伝わる。

「万が一は考えていないわ。心配しないで姉さん」

 そっとスノウはライラの手をとって握った。その手を持ち上げたライラは口づけた。

「スノウ、私は不出来な姉だ。いつも妹に無理を押しつけている」

 すまないと、ライラは顔を伏せた。

「私の自慢の姉さん。見守っていて」

 ライラの手を解いたスノウが、ベッドに眠るサインとノーミーに向かっていく。

 ベッドの横に跪いたスノウの脇に、同じようにリーネが跪き、スノウの手を握った。

「何かが起こったとき、私にもそれを受け止めさせて」

「……巫女姫。ありがとうございます」

 何者にも代えがたいものだと。頭を垂れて礼を言うスノウ。

「始めます」

 一方の手はリーネが握っているため、残った手をサインにかざすスノウ。仄かな白い光が徐々に輝きを増していく。

 光は大きくなり、やがてサインの身体を包み込むように広がった。

 集中のためか、それとも治癒のために自らの魔力を放出しているためか、スノウの額からは滝のように汗が流れ落ちていく。それを見たリーネがぎゅっと強く、スノウの手を握りしめた。

 サインを包む光が一際強く光ると同時に、床に開けられた穴から、パイプの中で風が吹き抜けるような音が響く。

 注意深く、アキラが穴を覗くと、石版が鈍い光を発していた。

「石版の様子が変わった」

 その言葉に、ブルーがアキラの脇から穴を覗き込んだ。

「魔力の共鳴か?」

 ブルーが説明するには、魔力が他から影響を受けたときに、響き合う場合があるのだと。それは効果を大きくしたり、逆に打ち消し合う場合もある。

「この場合はどっちだ?」

「石版が、スノウの魔力を打ち消そうとしている」

「それは、石版がスノウの魔力に抵抗しているからじゃないのか」

 アキラの言葉にブルーは顔を左右に振る。幾多の経験を積んだ古きスカイドラゴンであっても、見たことのない現象であり、これが意味する事は何かと断言できないのだ。

 その時、柄を握っていた大太刀がカタリと反応した。すかさず、ツキに視線を送るアキラ。

 この震えは何かと視線で問うと、ツキの顔からは表情が抜け落ち、目の中の光が消えた。

「その石版は、あってはならぬもの。壊しなさい!」

 ツキが話しているのだが、アキラはそれはツキではないと感じた。別の何かがツキを借りて話しかけているのだと。しかし、不思議とアキラに恐れはなかった。そればかりか、子供の時に耳にした声を思い出す。

 月を歌った子守歌。

『父の逞しさ、母の優しさ知らぬなら、姉が慈しみ、妹は甘え癒やしましょう、たった一人の愛し子よ。安心して眠りなさい』

 その言葉をアキラは思い出していた。誰とも知れぬが、確かにアキラはその歌う前の一節をいつか、どこかで耳にささやかれていた。

「アキラ、斬って!スノウが!スノウが保たない!」

 顔面を蒼白にして、リーネが叫ぶ。リーネに手を握られたスノウは、いまや先ほどの汗が嘘のように引いており、サインにかざした手からは、目視出来るほど、奔流となってスノウからサインへと魔力が流れている。懸命にリーネがかざす手を退かせようとしていたが、毛ほども動かない。

 すかさずライラもスノウの胴にすがりつき、その場から引き剥がそうとするが、ぴくりとも動かせずにいた。

「頼む、斬ってくれ。妹が、スノウが!」

 何度となく、国のため、民のためと、その命を見捨ててきたか。一度などは捨てよとまで命じた。それに妹は笑ってさらばと応えた、国のためならば、民の幸せのためならば、姉のためならばと。たった一人の妹なのだ。愛している。何よりも愛している。

 柄を握ったアキラは、鯉口を切ったときにためらった。

 もし、ここで石版を斬ったならば、より大きな災厄が起こりはしないだろうかと。

 恐れが、ためらいがアキラの手を止めさせた。

 しかし、握る柄の感覚が変わる。柄そのものが変わった訳ではない。表面も何一つ変わっていない。ただ、手と柄が一体となっている。吸い付く、くっつく、そんな物ではない。何か、優しいものと一体になったようだ。

 アキラの心の芯が叫んだ。

『それを斬れ!』

 ゆっくりと鞘から白刃が姿を現す。

 脇にいるブルーの声が、まるで遠くから叫ばれたように聞こえた。

「お前なら、大丈夫だよ」

 これ以上ないほどに遅く、石版を大太刀の物打ちが撫でていく。

 石版に変化はない。しかし、白刃が鞘に納められ、金打音が鳴ったとき、ぐらりと空間が歪む。

 亀裂が走った。

 だが、それを実際に見た者はいない。だが、この部屋にいるものすべてが空間に亀裂が走るのを見た。

 がらがらと空間が崩れ落ちる。

 しかし、その瓦礫が身体に落ちることはない。床に積もってては消えていく。いや、そもそも実体などはなかった。

 鞘に白刃を納めたアキラは、そのままの姿で床に膝をついたまま残心をしていた。

姉狼:「♪妹よー、父が死に、母が死に、お前一人~」

妹狼:「父も、母も死んではおりません。味噌汁の作り方も書いておきません!」

……分かりにくい、ですね。


次回、明日中の投稿になります。

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