1-8
誤字脱字、直しつつ始めて行きます。
どうか、お付き合いのほど、よろしくお願いいたします。
城塞に設けられた門が検問となっており、そこで街に入る申請や税を支払うのだが、手続きは簡単で、問題なく通過する事ができた。
いわゆるベタにトラブルが発生して、揉めるかもと身構えていたアキラは拍子抜けだ。
ただ、門番や係の者達の視線はアキラとリーネの髪に向けられており、苦々しい表情であった。どうやらツキが言うように、黒の色は歓迎されていないのだと。
それは街中を歩いていても気づいた。
明らかに歓迎されていない視線を感じる。
これは注意が必要だとアキラは気を引き締めるが、リーネは鼻歌交じりに機嫌良く、アキラの腕に自分の腕を絡めて、隣を歩いていた。
だが、街はまさしくファンタジーの世界。
「おおー、ロー○・オ○・リングとか、そんな雰囲気だ」
気を引き締めたのも僅かの時、アキラはキョロキョロと周囲を見回すのに懸命だ。欧州の古い町並みとは違う、電気や機械による街作りとは違った雰囲気に驚くばかりだ。
大通りから、少し開けたスペースに出ると、いたるところで色鮮やかなターフの下で、露店がいくつも営まれていた。
一般人の生活に根ざした市場なのだろう。
売り物にも興味があったが、アキラの目は行き交う人々に向けられていた。
「エルフだ!ドワーフだ!もふもふだっ!」
細身で耳が長く伸びたイケメン男性が、細剣を腰に帯びて周囲を伺っている。矮躯なれど、がっしりとした体格に髭もじゃの男がいた。露店で品物を手に取り、ふさふさの尻尾を緩やかに振っている、頭に耳を突き出した、ショートパンツにキャミーソールといった薄着の女性。
「ほっほう、知ってたんだね」
少し残念そうなリーネの言葉。
別に知っていたわけではないが、エルフやドワーフを見たアキラが自分の知識に照らし合わせて、似たようなものの名称を口にしたにすぎない。精霊の翻訳が、現地での名称となって、リーネの耳に聞こえている。
知っていたなら仕方ないと、リーネが説明を始めた。数が多いため、代表的に人と大きく括られる中で、エルフやドワーフ等は民族として分類されている。地球での大和民族やアングロサクソン族のような分類であろうか。ハーフリングやホビットも同様だ。身体的な特徴や、体格の大小が違っても、人として括られている生命体なのだ。
ただし、獣人は人には含まれていない。人と友好的に共存している別の生命体として扱われているが、差別的な扱いはないそうだ。
エルフは森での生活を好み、ドワーフは鉱山等の地中でまとまって暮らしている。アキラが知っている知識と、ほぼ同様のようだ。
獣人は人との交流のため、最小限の衣服しか身につけず、自分たちの生活圏にあれば、裸体でいることが多い。ただ最近では、人の文化の影響からか、獣人の生活圏でも衣服を身につけている者が増えているらしい。
各々が身体的な特徴や文化の違いから、それぞれが主体となる国家を有しているが、守護地は、いわゆる一般的な人が統治している国家に囲まれている。
リーネの説明に、耳を傾けつつも周りの風景に夢中で、足並みが遅くなるアキラを、リーネは引っ張るようにして歩く。
どうやら、行き先は決まっているのか、ブルー達の歩みには迷いがなく、市場を抜けると、他と比べてもそこそこ大きな建物にたどり着いた。
大通りに面する建物は四から三階程度の大きさで、それに比べても遜色ないほど。
開け放たれた入り口から、ブルーを先頭に中に入る。
入り口すぐは、小さなロビーとなっており、奥には温泉宿のような小さな受付が設けられていた。板張りの床に、木のみで作られた調度品を目にして、アキラが再び感嘆の声を上げる。
「おや、いらっしゃい。お久しぶりだね」
受付に立っていた中年の女性が笑みを浮かべて歓迎をする。どうやら定宿のようで、ブルー達一行は馴染みであるようだ。
「女将さーん、元気だったー?」
リーネが受付に駆け寄ると、女将はうんうんとうなずき、カウンターを回って外に出てきた。
「お部屋二つ、大丈夫ですか」
追いついたツキが、軽い会釈をして女将にたずねる。そこで女将は視線を向けて気づいた様子。
「見ない顔がいるね」
言葉と視線に警戒はないが、しっかりとアキラの様子を観察しているのは、さすがに宿の安全を考えてのことだろう。
「部屋は大丈夫だよ。用意しておくから、お昼を食べておいでよ」
どうやら、女将の観察には合格したようだ。
「そうさせていただきます」
改めて頭を下げた後、ツキは一行を促す。どうやら、宿とともに食事もとれるようで、リーネなどは「もう、おなかペコペコ!」と先に立って行く。
ロビーの一角にあったドアを開けると、喧噪が飛び出してきた。
一行に気づいたウェイトレスが、そこに座れとばかりに、空いたテーブルを指さす。それに従い、四人はテーブルに向かう。
喧噪がいつの間にか止んでいた。
テーブルについた一行に、遠慮ない、不躾な視線を向ける者。ひそひそと同席のものと言葉を交わす者。
どうやら、アキラとリーネの髪色が気に入らないようだ。
隣に座った、ツキの耳に口を寄せたアキラがささやく。
「黒色の髪って、そんなに珍しいのか?」
「ええ、おそらくは、この王都ではあなたとリーネの二人だけでしょう」
なるほど、それならば目立って仕方ないと。帽子かフードでも被るかとアキラは考える。そんな様子にも、リーネは気にすることもなく、「お昼ご飯四人分!」とウェイトレスに注文をしていた。
どうやらメニューはなく、決まった料理しかないようだ。ウェイトレスがやってきたのは、飲み物の注文をとるためであった。
「はいはい、お昼四つね。で何飲むの」
すかさず「冷えたエール、冷えたやつな」とはブルー。「冷たいハーブ水!」「私も同じで」とはリーネとツキ。
「で、あんたは?」
「えーと、水で」
ウェイトレスの明らかな苛立ちに、気圧されたアキラは慌てて注文を済ます。とりあえずは水、というように。
苛立ち、急かすだけあって、行ったかと思ったウェイトレスがすぐに飲み物を持って戻ってきた。届いたエールのコップを手にしたブルーは、口もつけずに「おかわり」と頼んでいた。
「最初っから、二杯頼んどきな!」
「料理と一緒の分だ」
素っ気ないブルーの返答に、鼻息一つ残して、ウェイトレスはテーブルを離れていく。
ウェイトレスの背を見送るブルーのコップは、すでに空となっていた。
この機会とばかりにアキラが立ち上がる。
「どうしたの?」
「トイレに行っておく」
リーネにそう告げたアキラは、すぐさまウェイトレスの後を追い、トイレの場所をたずねるのだった。
恐らくは繁盛する限られた昼の時間、客の出入りの回転をあげるために、作り置きされていたであろう料理は、アキラが席に戻ったときには、テーブルに並べられていた。
皆はアキラの戻りを待っている状態だ。
「申し訳ない、待たせた」
アキラの言葉をきっかけに、食事が始められる。
冷めても大丈夫なように味付けされていたのか、一行の食は文句なく進む。
徐々に喧噪は戻ってきたが、ちらほらとした視線が止むことはない。
少し居心地の悪い空間であったが、ブルー達は食事をしつつ、午後の予定を話していた。
「……スパイスなどの調味料や生活必需品はローダン商会でそろうかしら」
「行けるようなら、グイーネ商店もだな」
慣れた様子で、ブルーとツキが予定を決めていく。
リーネとアキラは蚊帳の外。仕方なく、アキラは料理に使われている食材を、リーネにたずねたりして時間を潰していた。
食材の名を、一つ一つ告げながら口へと運ぶリーネ。
ふむふむと頷いてはいるものの、興味は食後に向かう買い物へと向けられていた。
異世界の商店には、どのようなものがあるのか。
だが、それも自分の肩へと、手が乗せられる直前まで。
明らかに昼間から酔って、服もだらしなく着崩した男の手が、アキラの肩に乗った。男の視線から逃れていたが、テーブルに立てかけてあった刀は、すでにアキラの手の中にあり、鯉口は切られていた。
「テメエ、験が悪いんだよ!出ていけやっ!」
理不尽な男の言葉に、アキラはゆっくり振り返る。視線に捉えたのは、男の下卑た表情。明らかに、周囲の雰囲気を味方にしたと思い込んでいる様子。
抜くか……。
ここは人が多い。抜き身は不味い。
では、抜き身も見せずに、薄皮だけでも斬ってやるかと、アキラは抜刀にかかる。
だがそこまで。鞘から刀身は抜けず、鯉口を切ったままだ。
ブルーの手が柄頭にのり、抜刀を防いでいた。
「やめとけ、こんな下らん奴を相手にするのは」
気配も感じさせずに柄頭を抑え、首を左右に振るブルーの言葉。
いつの間にと、アキラは言葉を失う。
柄頭から手を離したブルーは、その手を上げ、親指で外を指し示す。
「出て行け」
「なにおっ……!」
男は言い返そうとしたが、すべてを言い切ることは出来なかった。ブルーの瞳を、背後から立ち上がる気配を見たから。
一歩後ずさる男。
そこへ先ほど注文をとりにきたウェイトレスがやってきて、男のポケットを漁りだした。
「テメエ、何しやがる!」
「はいはい、お代はいただいたから、出て行きな」
ウェイトレスは金を抜いた財布を、ぽいっとばかりに男の顔に投げつけた。
まだ、何か喚きそうな男に、ウェイトレスの足が遠慮なく股間を蹴り上げる。
おそらく、とてつもない痛みが全身を走ったのだろう。短く悲鳴を上げた男は、床に崩れ落ちていく。
「そんなところで、寝転ぶんじゃないよ。営業の邪魔だ」
そう言って、ウェイトレスは男を何度も蹴って、外へと放り出した。
食事もあらかた終えていたため、これ以上は宿、いや主にウェイトレスに迷惑は掛けられないと、絡んできた男に続いて、ブルー達は外へ出ていた。
道の真ん中で泡を吹いて悶絶している男を横目に、目的地へと向かう。
絡んできたとはいえ、その仕打ちを哀れに思うアキラだが、「お茶したかったなー」「そうですね、残念でした」とのツキとリーネの、のんびりとした会話にあきれる。
つまり、慣れているのだ。
「でも、マリーの蹴りは相変わらず、鋭かったね」
「まぁ、あそこの名物ですから」
食堂の客達が静まりかえったのは、アキラとリーネの髪色がきっかけではあったが、騒動の始まりを予見したためだった。
つまり、客達も慣れているのだ。
アキラはため息をついた。
鯉口切った自分が馬鹿みたいだと。
次回、今晩に投稿いたします。