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引き続き、
第4章を投稿いたします。
どうか、よろしくお願いいたします。
続けろとばかりにミッチェルを見るアキラ。
「そして、此度の災害を収めるためだ。ただ、それだけでは、人狼の権勢が増すばかり。だから、我ら人狐がその一端を担う」
それを信じているのかと、ライラとスノウは小さく首を左右に振るが、ミッチェルは気にとめなかった。
協同国は一人の王、王族に従う国ではない。あくまでも族長間や種の力関係で筆頭を決めているに過ぎない。ある種のモザイク国家であり、政治とは獣人各種のバランスによって成り立っている。
人狼が筆頭である期間が長すぎたとミッチェルは言う。続く人狐あるいは人虎にしても、筆頭になる機会をうかがうばかりで、何一つ手を打ってこなかった。
「今回のことは、一つの機会だ。私あるいは他の人狐が筆頭族長になるとは言わん。しかし、このままでは人狼ばかりに利が集中して協同国はその意義を失う」
何か事が起こればそれをきっかけに、協同国は分裂して帝国や財団に良いようにされてしまうであろう。
「なるほど。このまま人狼がゴサインに水晶を奉納すれば、一人勝ちになり、ますます立場は強化されると」
そのアキラの言葉は、ミッチェルだけに向けたものではない。ライラやスノウにも向けられたものだ。事実、あのまま人狼がすべてを解決していたならば、人狼の権力基盤は強化され、ゆくゆくは王族と呼ばれる存在を生むかもしれない。
事実、それがライラやスノウ、そして筆頭族長サイモンの狙いなのだが、人狼はすでに水晶がゴサインを目覚めさせることはないと知っており、もくろみは崩れ去っている。しかしだが、事を起こした責任があり、終決させなければならない。
「人狼の考えは少し違います。我々が継続して権力を握れば、長期の視野に立っての行政が可能となり、それが獣人の繁栄につながります」
「権力とは腐るものだ。そして腐らぬ権力はない」
スノウの言葉にミッチェルが言葉を返す。ライラはただミッチェルを睨むだけだ。
アキラはスノウの言葉にうなずけるし、ミッチェルの言葉にもうなずける。権力の交代は確かに腐敗を防ぐ。だが、英邁な王権のもとでは迅速な判断が行えるため、結果として国は繁栄する。どちらも元の世界では歴史で知れる。
「言い分は分かった。ただ一つ、俺たちにもあの水晶は必要だ。そしてもともと俺たちの物でもある」
今この時、他者に渡すことはないとアキラは断じた。拾ったものを自分のものだという、虫の良い話しだと思うが、この場ではアキラは所有権を主張するしかなかった。
それを聞いたミッチェルとスノウは黙りこむ。そう、すべてはアキラ達次第なのだ。金、暴力、脅しとすべて通用しなかった。残るのは情に訴えかけるしかないのだ。
だが、それもいまや意味をなさない。水晶がゴサインを起こすことはないのだ。すべて無駄だったのだと、そのためにスノウは口を開こうとしたが、それをアキラは制した。
「いま、この時期に帝国と協同国が苦難に見舞われ、財団はやがて来る災厄に備えようとしている。俺たちは私欲のため水晶を使う事が許されるのか?」
そう言いたいのだろうと、アキラは全員の顔を見回した。視線がすべてアキラに向けられていた。
「だがな、聞きたいが、本当にゴサインに水晶を奉納すれば、目覚めるのか?その賢者とやらを信じて良いのか?」
ライラとスノウは視線を床に落とす。ウルは目覚めないと言ったことを二人はアキラと共に聞いている。
すべてを教えてやれと、アキラは人狼の姉妹に告げるのだった。
スノウがウルから聞いた話をミッチェルにすべて聞かせた。
意外にも、ミッチェルの反応は薄かった。
両手を左右に広げて、軽く頭を左右に振るミッチェル。
「やはりそうか。災厄を収められるという話しを、私は信じていなかった。石の入手については万が一を考えてのことだ」
その言葉にアキラが眉を潜める。万が一の理由。
「ここまでしなければいけないことか。その万が一は」
ぎろりと、今まで怯えていたとは思えないほど、視線に力が籠もっている目で、ミッチェルはアキラを睨み付けた。
「最悪を予想するのは、当然だろう。なぜ賢者がゴサイン様の名を使ったのか?もしかして、その水晶とやらは、本当にゴサイン様の目を覚まさせることができるのかしれんとな」
そのミッチェルの説明に、アキラはなるほどとうなる。大きな嘘を隠すためには、小さな真実を積み重ねるのは有効だ。ならば大事をとって水晶を手に入れておくのは無駄ではない。それに、万が一に効果が無くとも、今度はその賢者とやらとの交渉に使える。何を交渉するかはおいて置くとしてだ。
「納得した。しかし、だからといって水晶は渡すことは出来ない」
「そこまで固執するのは何故だ」
ミッチェルの問いかけにも敢えて答えず、アキラはまぶたを閉じて椅子の背もたれに身体を預ける。その苦悩を感じたのか、ツキが頭を胸に引き寄せて抱き、リーネは肩に額を押しつける。
静謐な時間にくるまれた目前の光景を見て、ミッチェルはその昔、外交交渉で訪れた王国の王宮に飾られた一枚の聖画を思い出していた。それは『苦悩する王を支える大精霊』を描き残したものだと説明されたが、それにそっくりだった。その画の尊さまで。
描かれたのは、王国成立時期で、王は初代と伝えられている。大精霊はウンディーネ、つまりは今も王国に住まうディーネとされている。噂では、王国の初代王とディーネは契約の一歩手前まで行くほどに愛し合っていたと伝えられている。それが実現しなかったのは、初代王が非業の死をとげたからだ。
「ブルー!」
「あいよ」
ミッチェルは驚きのあまりに椅子から立ち上がり、後ろへと飛んで椅子に躓いた。ラルセルは閉まったドアを開けるのも忘れて外へ飛び出ようとして、全身を強打して床に倒れた。
床にへたり込んだミッシェルが何とか口を開いた。
「犬がしゃべった」
「あー、またか」
アキラが頭を抱える。
「いいか、今から説明する事は誰にも話すな。話してみろ……」
「ぶっ殺す」
「ってのは、もういいからって」
無駄に殺意を滾らせるブルーを宥めつつ、アキラはブルーがドラゴンであり、現在はリセットという特殊な時期に入っており、犬の姿をしているのだと説明した。もちろんリーネとツキが竜の巫女姫である事も。
それを聞いたミッチェルとラルセルが慌てて立ち上がって、ブルーに向かって改まって膝をついた。端から見れば滑稽極まりない姿であったが、獣人のドラゴンへの厚き信奉が見て取れる光景であった。
「スカイドラゴンに無礼の数々、お許しください」
土下座せんばかりの勢いに、うんざり顔のブルー。
「あー、敬語は不可で。丁寧語もなし、つまり普通に話せ。拝跪もなし」
そのブルーの言葉にミッチェルとラルセルが顔を見合わせる。自分たちもそうだったので、ライラとスノウも視線を合わせて笑っていた。
「で、アキラは何が言いたかったんだ」
「ゴサインから返事がないのは、眠っているからと確定したのはいいな?」
「そうだな」
そのアキラとブルーの会話を聞いて、ミッチェルは驚愕していた。ゴサインが眠っている事を知らなかったのかと。
ミッチェルの視線に気づいたアキラが苦笑を浮かべる。
「そうだ、最後のピースはあなたが埋めてくれた」
「……人狐として、恥じ入るばかりだ」
智をもっとも頼りとして、武器とする人狐としてなんたることだと、ミッチェルは自分を責めるが、それを慰めたのは意外にもライラだった。ここまで、ゴサインが眠っている事を隠し通したこともあったのだが。
わんわん:「うむ、良きに計らえ」
幼女もどき:「……」
銀髪:「…………」
社畜男:「………………」
わんわん:「すんません、調子のりました」
いつまでも、わんわんはわんわんでいてほしい。
犬なんだもの。
次回、明日中の投稿になります。




