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引き続き、
第4章を投稿いたします。
どうか、よろしくお願いいたします。
騒がしい気配はツキの部屋にまで届いていた。
椅子に座って、焼き菓子をポリポリとかじっていたツキは、傍らに立っているメイドに視線を向けた。話し相手にとミッチェルが寄越したメイドだ。前の椅子に座るように告げても、決して従おうとはしない。
「何か騒がしいですね」
その言葉にメイドが答えようとしたとき、ドアが蹴破るようにして開けられ、数名の人狐が部屋へとなだれ込んできた。その瞬間、メイドの長いスカートがまくれ上がった。
「えっ」
自らのスカートをめくったメイドが戸惑いの声を上げる。自ら差し入れた手は宙を切っていた。スカートの中には鞘だけが残されていたのだ。
見れば、いつの間にかツキの手には剣が握られていた。
目前に刃をかざして、ツキは剣を検分している。
「あまり良いものではないですね」
仕方ないですか、借り物ですし我慢しましょうと、ツキは剣を手にして立ち上がった。
「いつの間に……」
「さっき、あなたがスカートをめくった時ですよ。私は他人のスカートをめくる趣味はありません」
ましてや、その中を見ることもと付け加えるツキ。
だらりと抜き身の剣を構えることなく、ただ立っているツキ。その周囲を人狐が取り囲む。
どうやら、獣人には珍しく剣術に自信のあったメイドは顔が真っ青になっていた。
スカートの中に剣を仕込んでいるのは、ばれているかもしれないと考えていた。だからこそ、注意していたのだが、それでも抜き手も見せずに剣を奪われてしまった。魔術の類いだと思いたかった。
「下がれ!俺たちが殺る」
その言葉を聞いて、無手であっても戦えるとメイドは考えていたが、今は周囲に仲間がいる。ここは一旦引いて剣を取り行くべきと判断して、ツキを囲み始めた人狐の間をすり抜けていく。
「獣人が古風なメイド服を着ているのも、可愛いものでした」
できれば剣士ではなく、キッチンメイドとか料理のレシピを教えてくれる人が良かったのですが、と緊張感もなく話すツキ。それよりも、茶を運んできたような、今風のミニスカートのメイド服は是非アキラに見せてあげてくださいと人狐に告げる。
何を馬鹿なことをと、人狐のリーダーらしき男が言葉を返す。そして、それを合図にするかのように、拳を構えた人狐達はじりじりと間合いを詰め始めた。
「交渉は決裂だ。恨みはないが死んで貰う」
「それは出来ません」
そして、煌めきが一つ。
最初の煌めきはツキが剣を振るい、魔力を剥がしたもの。そして、今は人狐のリーダーの鳩尾に柄頭を突き込んでいた。囲む人狐達の目は何も捉える事が出来なかった。気がつけば、一歩踏み込んだツキが、白いワンピースの裾を翻して剣の柄頭を差し出している姿になっていた。
驚きの声を上げようとする人狐達だが、踏み込んだ姿勢から、歩き始めたツキに注意を奪われる。そう、先ほど柄頭を突き込まれた人狐が床へと崩れ落ちる間もなく、その隣にいた人狐が同じように床へと崩れ落ちたからだ。
そのままゆっくりとした歩みで、人狐の囲みから外へと出たツキが振り返った。ふわりとワンピースの裾が広がる。
「斬ってしまうと、アキラさんに面倒をかけますね。では、気を失う程度で」
部屋にいる人狐達は、風の流れを感じ、白い残像を目にするだけだった。
壊れた部屋の入り口から、先ほどのメイドが剣を手にして戻ってきた。
その目が見たものは、床に転がる人狐達だ。
メイドが部屋を出て剣を持って戻るまで、ほんの僅かしか時間はたっていない。部屋には争った痕跡すらなく、ただツキが静かに佇んでいるだけ。
呆然として戸口に立ち尽くすメイドに、ツキが歩み寄る。
「私には、少しバランスが悪かったみたい」
お返ししますと、ツキは柄をメイド向けて差し出す。機械人形のように、ギクシャクとした動きで、メイドは剣の柄を取った。
ではお世話になりました、とツキは告げて部屋を後にする。
一人残されたメイドは床へとへたり込む。全身が汗まみれであった。それは斬られるといった恐怖からのものではなく、すでに斬られているという感覚がそうさせているのだった。その時、その感覚を得ることによって、メイドは達人の域に達することが出来たのだった。
廊下に出たツキは、顎に人差し指を当てて左右を見回す。
「こちらかしら」
ツキの歩む先には、何人もの人狐達がいたが、その姿を目にして驚いたように目を見張り、さらには道を譲って左右に分かれる。ツキのもとへと送られた人狐達は、いずれも手練れの者ばかりであった事を、この廊下にいる者達は知っていた。
部屋での惨状が伝わっていなくとも、涼しい顔で歩くツキの様子から、手練れの者達からなんなく逃れ出たことを知り、恐れているのだ。
一つのドアを見つけたツキは、軽くノックをして返事も聞かずに開けた。
「ご苦労様でした」
そう告げつつ現れたツキの姿に、仰天するミッチェル。さきほど殺害を命じたのに、何一つ不自由なく姿を現したのだ。
切っ先を突きつけていたアキラに歩み寄ったツキは、柄を握る手に自分の手を添えた。
「はい、納刀してください」
黙って頷いたアキラは、周囲に気遣うようにゆっくりと鞘に刃を納めて、どかりと椅子に座った。
「心配してくれました?」
「した。人狐の遣りようも気に食わなかったけど」
万が一ってものがあるだろうと、アキラは少しすねたように言う。くすりと笑ったツキが、アキラの座っている椅子の肘掛けに腰を下ろし、肩に腕を乗せて寄りかかった。
すぐに対抗するように、逆の側からリーネが寄り添ってきたが、顔は嬉しそうだ。
それを目の前にしたミッチェルは、美女とあどけない美少女を両脇に従えるアキラに王者の風格を見た。
「大事にして貰ってた?」
「ええ、大事に大事にしてもらいました」
ツキとリーネがアキラを挟んでにっこりと微笑み合う。
「貴様ら、何者だ?」
ミッチェルの怯えたような言葉に、ライラとスノウはドラゴンとその仲間達だと言いたかったが、言えるはずもなく、口を閉じているだけだ。
「詮索は止めて欲しい」
「……そうだな、それが人狐のためにも良いか」
「では、聞かせてくれ。なぜツキを人質にしてまで水晶を欲しがる」
冷静に考えれば、ツキが簡単に人質になるはずもないのだ。よほど頭に血がのぼっていたかと、アキラは反省しつつたずねた。
ツキには何か意図があって、人質という立場になったのだ。
人狐、その族長にしても、個人的な金銭や権威欲しさのための行動でないことは分かる。そんなことは今の暮らしを続けるか、少しの努力で手に入るのだから。馬鹿や愚かでは組織のトップに立つことは出来ない。人虎の族長はそう言う意味では脳筋だったのだろう。いや、人虎という種そのものがそうなのか。
「脅されてのことか?」
「馬鹿なことを。脅されて屈する人狐ではない」
「ではなぜ?」
自分の太ももに肘をつき、両手を組んでそれを見つめるミッチェル。その姿に悩んでいる様子が見て取れたアキラは、黙って見つめていた。
やがて意を決したように口を開いた。
「人狼には気の毒だが、私はゴサイン様がこの国のどこかで眠りについている事を知っている」
あっけなくも秘していた情報を明かされて、ライラとスノウは半ば腰を上げて口を挟もうとするが、それはアキラが手をかざして止めた。
銀髪:「他人のパンツには興味ありません」
幼女もどき:「自分のは?」
銀髪:「……毎日が勝負です」
ですよね。
次回、明日中の投稿になります。




