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引き続き、
第4章を投稿いたします。
どうか、よろしくお願いいたします。
アヌビアス族長協同国 某所
それは海岸近くの洞窟であった。ただ、それは見かけだけのもので、奥底には邸宅の一角とでも言える部屋があった。台所はもちろん、娯楽室や図書室、談話室にその上バスルームさえ備わっている。
そんなところの一角、寝室のベッドの上では一人の小柄な少女が眠っていた。その少女の顔を覗き込む人物が一人。マントを羽織りフードで顔は隠している。貴族的な内装には似合わない風体だ。
やがて見つめていた少女の様子に満足したのか、フードの人物は手近な椅子に腰を下ろした。
「さて、今度の策はどうかな?」
ぽつりと零すと、椅子に背を預けて目をつぶる。
どうやら、遠見の魔術を使っているのか、しきりと頷いたり顔を左右に振ったりをしていた。
しばらくすると、フードの中でパチリと何かが弾けるような音がした。
「ふん、さすがに気づいたか。魔術が打ち消されたな」
そこには悔しげなものも、苛立ちの表情も無かった。逆になるほどなといったような表情を浮かべていた。
すぐさまフードの人物は隠身の魔術で、逆探知から逃れた。
「手慣れておる。さすがと言うべきか」
それよりも、獣人達の不甲斐なさはどうだと、ぎりっと歯を鳴らす。いかに期待はしていなかったとはいえ、こうも良いようにあしらわれているのを見ると腹立たしかったのだろう。
「少し手伝ってやるか……」
呟いたフードの人物は椅子から立ち上がり、洞窟に作られた部屋を出て行くのだった。
ベッドに少女が眠る部屋。そこに誰もいなくなるのを待ち構えるように、一人の女が姿を現した。
「ごめんな、サイン。もうちょっとだけ寝ていてくれ」
呟いた女は、寝ている小柄な少女の脇に腰を下ろすと、額に掛かっていた髪を整え直してやるのだった。
アヌビアス族長協同国 人狐の町 政庁
豪華な邸宅と形容出来る、人狐の政庁の前にアキラ達は立っていた。どうしても、元いた世界の近代化されたビルのようなものを思い浮かべて比べてしまい、アキラは違和感を拭えなかった。
しばらく待って欲しいとラルセルが告げて玄関へと向かっていく。
一人で行かせて良いのかと視線で尋ねるライラ。うなずき返すアキラのリラックスした様子に、きっと罠やだまし討ちがあったとしても、踏み潰すだけだと考えているのだろうと、ため息をついた。
その時、ぺちりとリーネが宙を両手で叩いた。
「どうした?」
「のぞきがいた」
もう大丈夫と、リーネはアキラに告げるが、そのアキラは誰がと尋ねると、逃げられたとリーネが応えた。
ふーんと返事をしたアキラは、逃げたなら仕方ないかと、放っておくことにした。
ラルセルが門番らしき人狐と会話を交わしている。どうやらアキラ達が来たことを族長に伝えるように話しているようだ。その間、する事も無いアキラは政庁を眺めていた。赤いレンガとローマンコンクリート、木材、石材を巧みに組み合わせて建てられた、こじんまりとしているが、なかなか趣向が凝らされており、元の世界の欧州を見て回ったことのあるアキラにも素晴らしい建物だと思えた。
門番の一人が玄関から中へと入ってしまうと、ラルセルがアキラ達のもとへと戻ってきた。
「いま、族長に取り次いでいる。中に入って待ってくれ」
そう言い残して、ラルセルが先に立って歩き始め、それをアキラ達は追う事に。
玄関から中に入ると、邸宅ではないことがよく分かった。
通常では玄関ホールが広がる場所には、役所のような窓口とカウンターが幾つも用意されていたからだ。一般の人狐は別の入り口から入るのか、玄関から出入りする様子も無かったのに、何人かの人狐が手続きをしたり、書類を確認したりをしていた。
ぐるっと周囲を見回していたアキラをラルセルがついてくるように促す。
奥に設けられた短い廊下を進み、一つのドアをラルセルは無造作に開けた。
中に入ったアキラ達は、真ん中にソファのセットが置かれている事から応接室であることを見て取る。
アキラ達は適当に椅子に座る。当然のようにリーネはアキラの隣に座り、ブルーはいつものように床に寝そべった。なかなかきちんと座るという事をしない犬だ。
「茶などは期待するなよ」
「ああ、分かっている」
もてなしという点で、文句を付けられてはたまらないとばかりにラルセルが告げるが、そんなものに期待をしていないアキラは適当に答えた。
調度品と呼べるのは、窓際の机に置かれた花瓶、それに生けられた花程度のものであったが、その簡素さがアキラの好みには合っていた。リーネも同じようで、ふーんといいながら周りを見ている。
「獣人全般に共通して言えることですが、あまり凝った装飾を好みません」
アキラとリーネの視線に気づいたスノウが、獣人について語る。
もともと、森や草原で、狩りや採取をして暮らしていた獣人はあまり物を持たない。移動するのに不便であったりするからだが、それは農耕や牧畜が主体の生活になっても変わらないのだと。服にしてもそうだ。基本的には着ないことを好む。
「そういえば、ライラは獣人にしては厚着だな」
薄着のスノウに比べて、ライラの服装は分厚い布で作られていた。特に上に羽織っているジャケットだが、夏に着る物としては、人であるアキラから見ても暑苦しい物だ。
「いろいろと隠すのに都合がいいからだ」
なるほどとアキラはライラの言葉に頷く。恐らく暗器の類いを隠し持っているのだろう。無手を好む獣人と思い込んでいると、痛い目に遭うと言うことだ。
待つのに飽きてきたのか、リーネが椅子から立って窓へと向かう。
「あー、スプライトとスピリットだ」
見つけたとばかりに、さかんに手を振るリーネ。どれどれとばかりにアキラも立ち上がって窓へと向かう。
馬房から顔を出した精霊馬達がこちらを見ていた。やはり精霊馬達もリーネの気配を感じ取っていたようだ。耳をぴこぴこと動かして、じっとリーネを見つめていた。
「守護地にもどったら、思いっきり遊ばせてあげよう」
隣に来たアキラにリーネはもたれかかるようにしてから呟いた。やはり馬というのは、馬房に入れられているのよりも、草原を駆けている姿が似つかわしい、だからアキラもリーネにそうだなと答えてやる。
その時、ドアがノックされた。
ドア近くにいたラルセルが、それに対して開けて良いかとアキラに尋ねるので、うなずき返す。
開いたドアからはミッチェルが警護もつけずに一人で部屋に入ってきた。
そのまま椅子に座ったミッチェル。ラルセルはドア近くでそのまま控えさせるようだ。
ミッチェルはじっと視線をアキラに向けている。敵意は感じない。だからアキラはリラックスして再び椅子に腰掛けた。
ミッチェルが挨拶代わりにと口を開いた。
「名乗る必要はないな」
「ああ、街道では世話になった」
皮肉めいたアキラの言いように、ミッチェルは口をゆがめる。立場としては人質を握るミッチェルが上のように見えるが、ツキの言葉が頭から離れないミッチェルは迷いの中にいた。
どう切り出すべきか。
まさか時候の挨拶や、天気の話題から始める訳にもいかないのだ。
アキラの目的はただ一つのはず。
ツキを助けるためにここに来ているのだ。
突然、攻撃を仕掛けられなかったことに安堵していいのか、それすらも判断出来ない。とにかく、ミッチェルの前に座る人の男は、人狐を滅ぼし得る力を持っているかもしれないのだ。
実物を見てもそうは思えない。
ミッチェルとて人狐の族長である。様々な強者を見てきた。人虎のフォイルであったり、いまこの部屋にいるライラであったり。
比較できるライラが側にいるおかげで、見かけからのアキラの力量を比較できた。
そう、見た限りはライラに及ぶべくもない。だが、明らかに、ライラはアキラに従う姿勢を見せている。
黙りこくったミッチェルに焦れたアキラは、先に口を開くことにした。
「返せ」
条件も何も告げずに、たった一言だ。前置きすらない。
じっとりとミッチェルの背に汗が流れる。
「石はどうする?」
「あれは俺たちの物だ」
「それでは、私たちには何の益もない」
そうミッチェルが告げた瞬間、二人を挟んで置かれていたソファセットのテーブルが真っ二つになっていた。
少しだけ前屈みになり、椅子から腰を浮かせて右足は軽く踏み込んだ姿勢で、白刃はテーブルを斬ったままの残心。アキラは抜刀の構えさえとっていなかったはず。それが瞬き一つもせずにテーブルを斬って見せたのだ。
ミッチェルとて、高い身体能力と動体視力を持つ獣人だ。それが動き出す兆候すらつかめなかったのだ。
それはライラとて同様。拳聖と呼ばれるその身でも、一切の動作を見ることは出来なかった。
やはり、この男は化け物かというような表情をライラは浮かべていた。
アキラは切っ先をミッチェルの目に据える。
「斬って捨てても良いんだが」
「女の身はどうなる。私たちが殺すとは思わんのか」
「ツキはそう簡単に殺しはできない。自慢のようで申し訳ないが、俺が教え乞うた人だぞ」
その言葉に驚きを隠せないミッチェル。見て話した限り、あの清楚で静かな佇まいの女性が、目前でテーブルを見る間もなく斬って見せた男以上の存在だというのか。
はったりだと、ツキの言葉以上に信じる事が出来ない。
廊下には中の様子をうかがっている人狐が控えている。
ミッチェルは殺せと叫べば良かった。
……。
小話書くとネタバレか?
幼女もどき:「ぶっ殺す」
だそうです。
次回、明日中の投稿になります。




