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引き続き、
第4章を投稿いたします。
どうか、よろしくお願いいたします。
人狐の族長であるミッチェルは、自身の執務室の机に向かっていた。近くのソファーには先ほどの若い人狐が座っている。
「親父、あんなのははったりに決まってる!」
「少し黙っておけ」
そう、若い人狐はミッチェルの息子になる。ただ、獣人の習慣として族長の子供が跡を継ぐとは限らない。事実、この息子ラルセルはミッチェルの息子というだけであって、すべての人狐に与えられる後継者の資格を持つただの一人の若者に過ぎない。
ミッチェルは人差し指で、机の天板を無意識に規則正しく叩き続けていた。
人質として確保したツキについて考えている。
先の会話では、ずさんな扱いをすれば、とんでもない事態になると告げられた。脅しのようなものだ。しかし、脅しではなくて単に事実を告げているだけであればどうだ。
ここで、ツキの話しに乗って解放するのも一つの手だ。しかし、そうなれば人狐の評判は地に落ちる。政治的な立場として、現状では人狼を筆頭にして、人狐と人虎がそれに続いているが、人質を取ってまでの事を途中で諦めたとなると必ず弱腰とみられ、後続の獣人種族に突き上げを食らい、いや蹴落とされる事だってあり得る。
では、このまま交渉を行うか。
あの人の若者はドラゴンではないとツキは言い切った。これは信じて良いだろう。だが、一つの獣人種族を滅ぼし得るだけの力を持つのかもしれない。
では、あの人の若者は何者なのだ。
一瞬、ミッチェルの頭に人狼のウルの姿を思い描いていた。
話しを持ち込んできたウルは、言葉巧みに石を手に入れれば、獣人の中での人狐の立場が強化できる、あわよくば筆頭族長になれると語って聞かせた。
ミッチェルに筆頭族長になる野心などなかった。それよりもなぜ、そうなるのかが腑に落ちなかったミッチェルは、その点を突いた。最初は渋っていたウルだが、交渉で人狐に敵うはずもなく、ゴサインが協同国のある場所で眠りに落ちており、現在の災厄がその眠りが関係しているかもしれないと白状したのだ。
ミッチェルが掴んでいない情報を、ウルがもたらした。
もちろん、ウルはゴサインの居場所、眠っている場所を知ってはいない。恐らく、精霊に尋ねたとしても人狼の族長、あるいはその娘姉妹でなければ応える事はないだろう。
人狼の協力なしで人虎や人狐だけでは、その石の奉納は出来ないのだ。
つまり、嘘なのだとミッチェルは判断した。ウルは何も分かっていない。
石で災厄が収まることはない。賢者は石を手に入れたいだけなのだと。
その場では分かったとだけ告げ、ウルを下がらせたミッチェルは石を手に入れる事にした。どういう経緯であれ、いま知り得た情報であるゴサインの眠りが気に掛かる。最終的に人狼とは協力することになろうが、石を手にしておけば主導権は握れるはずだ。
政治的な立場の強化、発言権の増大、色々と役立ってくれるはずだった。
そう、だったのである。
いざ、取引材料となる女を捕らえてみれば、これがとんでもないカード、鬼札といっていいほどのものだったのだ。
机の天板を叩く指が止まった。
「ゴサイン様の目覚め、石がこれに役立つ事と願おう」
ミッチェルはとにかく人の若者と会おうと決意する。
しかし、その賢者とやら、獣人を舐めているのかとミッチェルは安いストーリーに腹を立てるのだった。人狼は仕方ないにしても、信じた人虎は脳筋の馬鹿だと。そして視線の先で苛立たしげな表情を浮かべている、自分の息子が愚か者でないことを願うばかりだと。
アヌビアス族長協同国 人狐の町近くの草原
森を抜けてすぐの位置で、アキラ達は人狐の町を眺めていた。
遠見の魔術でリーネが様子をうかがっている。
「当たり前だけど、人狐達が警備しているよ」
人狐の町には壁はない。だからといって無警戒であるはずもなく、リーネが警備の状態を確認しているのだ。そのリーネによれば、警備は他の町と同じで、警備の兵士が定期的に巡回している程度で、隠れて待ち伏せしているような様子はないとのことだ。
「どうやら、いきなり襲いかかってくることはないのか」
「みたい。このまま町に入る?」
「いや、警戒の結界を張って、しばらく様子を見よう」
分かったーと、リーネが魔方陣を浮かび上がらせて魔術を発動する。ついでとばかりに、精霊達に周辺を見て回るように頼んでいた。
草の上にアキラが座り込むと、リーネがさっそくとばかりに道具を取り出してお湯を沸かし始めた。簡単な腹ごしらえをするつもりのようだ。ブルーは草むらに寝転がり、大あくびをしている。
そんな様子を眺めていたアキラだが、立ったままのライラとスノウに気づいた。
「どうした、座れよ」
「いや、巫女姫が捕らわれていると思うと、気が急いてな」
「休むことも大事だ」
幾晩かの野営を挟んでいたとはいえ、強行軍でここまで進んできたのだ。期限までは時間があることだし、休めというアキラの言葉で座ったライラとスノウがリーネに声をかける。
「何か手伝うことはありませんか?」
「だいじょーぶ。任せて」
いいよとばかりに、リーネは一人で準備を進めていく。どうやらいつもの干し肉のスープを作るようだ。取り出した材料を器用にまな板も使わずに切って、鍋へと入れていた。
そんなリーネをわたわたとして見ている人狼姉妹。野営中の時もそうだが、どうやら巫女姫であるリーネに料理などの雑事をさせることが心苦しいらしい。最初は手伝うではなく、任せてほしいと言っていた。しかし、それを拒否するリーネに譲歩するかのように、だんだんと手伝うに変化していったのだ。
そして、リーネばかりではなく、もう一人のツキまでもが巫女姫であると知り、出かける時の態度はどこへやら。気遣う様子や言葉が多くなっていた。
リーネがよそおったスープが配られ、アキラはそれを口にする。いつもの干し肉のスープだ。
「そろそろ胡椒の味にも飽きてきたな」
「えー、リーネが下手くそだって言うの?」
「違う、違う。味付けのバリエーションを増やしたいなと思ったんだ」
ぶー、と膨れるリーネをアキラが宥めていると、スノウが思いついたように口を開いた。
「確かに醤油や味噌があれば、もう一工夫は出来ますね」
この旅には持ってこれなかったけれどと。
だが、今のスノウの言葉を聞いたアキラの反応が凄まじかった。
「ちょっと待て。醤油と味噌と言ったか?」
「えっ、えぇ言いましたが?」
「あるんだ、醤油と味噌!」
それから凄まじいばかりの質問攻めに、スノウがタジタジと応える。
どうやら、味噌や醤油はここ最近作り始めた調味料のようだ。偶然の発見ではなく、ノーミドが製法を伝えたのだと。しかも、味噌や醤油ばかりでなく、味醂や日本酒までも同じように伝えたというのだ。
味の選択肢が増える可能性が出てきたことに、アキラは単純に喜ぶが、ではノーミドはどこでそれを知ったのか。大精霊だから?いや違うとアキラは思う。
やはり、アキラと同じく転移者がいるのだと。しかも、それは日本人のようだと。
どうやら、味噌などの調味料は、まだ生産量も多くなくて貴重品扱いらしい。だが、人狼達は今回の事について償いをしたいと考えているはずだ。ならば、これを当ててはどうだろうかとアキラは考えた。
さらに聞けば、協同国には海もあり、刺身などの料理もあれば干物も存在するのだと言う。和食はもちろん、中華料理のようなものまで存在すると。
「夢が広がるな」
そんなアキラのつぶやきに、リーネ達は一斉に首を傾げるのだった。
社畜男:「協同国すげー!」
幼女もどき:「……料理下手だよ!」
社畜男:「いや、あのその」
わんわん:「あーあ」
あーあ。
次回、明日中の投稿になります。