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【帰還篇完結】黒い月と銀の月  作者: 河井晋助
第4章 ワンダフル・ワールド
74/219

4-2

引き続き、

第4章を投稿いたします。

どうか、よろしくお願いいたします。


展開上、

少々短いですが、

ご容赦願います。

アヌビアス族長協同国 人狐の町

 人狐の町とはいっても、そう大きなものではない。協同国で都市と呼べるのは人狼が作り上げた協都フロレンティーアくらいのものだ。せいぜいが村に毛が生えた程度のものでしかない。レンガ造りの建物が、道沿いに並び、その周囲には土地がある故か、庭付きの住宅が建てられているに過ぎない。

 そんな規模であったが、種として自治を行う必要があるため、中心には邸宅と言って良い規模の建物があった。一見、族長の住まう家にも見えるが、これが立派な政庁なのだ。

 驚いたことに、ツキが軟禁されているのは、その公的な政庁の一室であった。

 つまりは、ツキを人質にしている事を人狐は隠そうとしていないのだ。

「牢屋にでも入れられるかと思いましたけれど、これなら安心です」

 そのツキのつぶやきは自分を思ってのものではない。へたな場所に閉じ込められようものなら、アキラとリーネの怒りが爆発するであろうことを心配したがため。もしかしたら、いや恐らく人狐を滅ぼす勢いで暴れかねない。

 とりあえずは清潔な部屋にベッド、味は別として暖かい食事。ストレスなくすごせているツキだが、現在進行形で手持ち無沙汰であった。椅子に座って、用意された茶を飲んでぼんやりしているしかなかった。

 何気なく窓に視線を送れば、繋がれた精霊馬達が見えた。そちらも退屈そうで草を食むこともなく、ただ尻尾を振っていた。

「お互い暇ですね」

 届くわけもないが、そう呟くしかなかった。

 だが、そんな時にドアがノックされた。

 これは時間が潰せるかと、椅子の上で姿勢を正し、少しばかりの期待を込めて入るようにツキは言葉を返す。

 ドアを開けて入ってきたのは、人狐の族長であるミッチェルであった。後ろに一人若い人狐を伴っているが、それは警護と言うよりも同伴者のようで、族長としての警護も付けずに入室してきたのは、ツキを侮っているか、部屋の外にでも用意しているのか。

 若い人狐をドアの脇に立たせ、ツキの前に座ったミッチェルが、しばらくツキの顔を見つめていたが、見られているツキはどこ吹く風とばかりにカップを傾けていた。

「過不足はないか?」

 何の前置きもなく話し始めたミッチェルだが、どうやら人狐はどこまでもツキを丁重に扱うようだ。ならばとばかりに、ツキは注文をつける。

「退屈です。話し相手にメイドの一人でも寄越しなさい」

 その言葉には、ミッチェルも困ったような、呆れたような表情を浮かべる。

「本当に肝の据わった女だな」

「解放しなさいと言わないだけ協力的、いえ違いますね、従順だと思わないですか?」

 肝が据わっているならば、その程度は言うのではと、ツキは微笑んでみせた。

「とりあえずは、丁寧に扱っていただいた方がよろしいですよ、私を」

「ほう、それだけの価値があると?」

 人質が自分の値打ちを語って聞かせる。通常ではあり得ない話しだ。戦いなどで捕虜となった場合、身代金か捕虜交換で開放される場合が多いが、その時には自分の地位を低くみせ、幾らかでも金額を安くしようとするものだ。大抵、その金は後日自分が払う場合が多いのだから。

 自分の値打ちを語るツキに、興味深げな表情を浮かべるミッチェルに、カップをソーサーに戻したツキが語る。

「種として滅びたくはないでしょう?」

 その言葉の意味が、一瞬理解出来なかったミッチェルの表情がおかしかったのか、ツキがクスリと笑う。

「……正気か?」

「真面目に言っているのですよ。私は人狐という種を心配しています」

「馬鹿なことを。それだけの種の破壊(ジェノサイド)などはドラゴンクラスの……」

 言っていて、ミッチェルの額から一筋の汗が流れ落ちた。肩が小刻みに震え、目が見開いていく。

「まさか、あの人の若者がドラゴンだというのか?」

 この世界に三体だけ存在するドラゴンは、人の男性の形を取ることを好むというのが一般的な伝承で、時には巫女姫という代弁者を側に置くことも有名な話しだ。ツキは自分が巫女姫であるとは言っていない。しかし、同行していたアキラには、いささか普通とは違った印象を受けていたミッチェルだ。

「……どうなんだ?」

「それはない」

 ミッチェルの質問に、斬って落とすように答えるツキ。にっこりと笑って改めてカップに手を伸ばした。

 あっけなくも否定したツキを、唖然とした表情で見るミッチェル。嘘をついているというよりも、ツキの答えは納得がいくというもの。

 では、どんな存在が人狐を滅ぼし得るのか?

 ミッチェルは一つの答えにたどり着き、更なる恐怖を覚える。聞きたくはない。尋ねたくはない。だが、確認しなくてはいけない。

「ドラゴン以上の存在だと言うのか…………」

 いまや、顔面中を汗まみれにしたミッチェルが、振り絞るような声で尋ねる。そして、また目前の女はあっさりと違うと答えるだろうと願う。

 ツキはカップを持ち上げ、更に笑みを深めて肩をすくめて見せた。

「なっ…………!」

 絶句するミッチェル。このツキの仕草はどう判断すればいいのか。否定か肯定か?何らかのはったりか?

「あら、お茶がなくなってしまいました」

 空になったカップに注ごうと、ポットを持ち上げたツキが告げた。

 ポットに茶が入っていないことなど、前に注いだときには分かっていたことだろう。つまりは、話しは終わりだと婉曲に伝えているのだ。

 こうなっては、ツキの口からは答えを引き出すことは出来ないだろう。諦めたようにミッチェルは立ち上がった。

「メイドを一人寄越す」

「では、コックは無理でしょうからキッチンメイドかスティルルームメイドをお願いします。この機会にレシピを増やしておきたいので」

「……考慮する」

「あと、馬達は馬房へ。繋いでいると暴れ出しますよ」

「それはすぐにやらせよう」

 忌々しげにミッチェルは応えると、足早に部屋を後にした。若い人狐がツキに憎々しげに視線を送ってからそれに続く。それを見送ったツキが呟いた。

「二束三文の値付けになってしまったけど、仕方ないわね。『御身』に叱られるかしら」

 あまり高い値付けにすると、困るのはアキラなのだからと。仕方ない仕方ないと、ツキは手近に置いてあったプレートを引き寄せると、ティーセットを自ら片付け始めるのだった。


黒馬:「暇だよな」

葦毛:「……ああ」

黒毛:「よし、タイマンだー!」

葦毛:「オセロで良いか」

黒毛:「…………」

大好きです。


次回、明日中の投稿になります。

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