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本日から、
第4章の投稿を始めます。
どうか、よろしくお願いいたします。
アヌビアス族長協同国 エズラ街道沿い 森
日も明け切らぬ時間、アキラは目を覚ました。昨晩は良く眠れなかったのか、アキラの表情は少し暗い。誰でも使える魔術で水を出して、顔と手を丁寧に洗っても表情は冴えない。
ごそごそと動き回るアキラに気づいたのか、ぼーとした表情のリーネが上半身を起こす。アキラやリーネよりも、すでに先に起きていたのか、枕にされていたブルーが、やれやれとばかりに立ち上がる。水晶が気になるのか、さかんに背中へ視線を送っていた。
焦点の定まらない目で、リーネはアキラを見ており、上半身がふらふらと左右に揺れている。
手を布で拭いながら、リーネの様子をうかがうアキラ。
「眠れたか?」
「……ツキが、夢でゆっくりでいいよって……」
「ツキらしいな……」
夢の中でまで、心配をかけないように気遣うとはツキらしいと言えばツキらしい。
アキラは少し微笑んだ。その表情を見て、ようやく頭がはっきりしてきたのか、両手を天に伸ばして、リーネが大きく伸びをする。
あまり女の子の朝の支度を見ているものでもないかと、アキラは人狼達の群れに向かう。
その向かってくるアキラを見つけて、群れからライラとザロが出てきた。
ライラがアキラに軽く手を上げて挨拶をしてくるので、アキラも手を上げてそれに返した。
「早いな」
「日の出前には起きるようにしている。手はずはどうだ?」
ライラ達は夜遅くまで、人狐の町まで行くための手はずを整えていたはずだ。ライラに代わってザロがそれに応えた。
「応援が来るまでは、俺たちがここに留まる」
ザロは使うなと命じてあったはずだと、アキラは視線でどういうことだとライラにたずねる。
左右に頭を振ったライラが応える。
「今のまま応援を待っていると二日以上かかる事になる。時が惜しいだろうから、金でザロを雇った」
「信用出来るのか?」
「信用するしかないだろう」
アキラの問いに、苦渋の決断だとライラは応える。
視線をザロに向けるアキラ。
何も言わずに立つザロ。黙ってアキラの視線を受け止めている。
ここで裏切られたとしても、アキラ達が不利になる要素はない。ザロにとっても、ライラから得られる報酬は、現状での赤字を埋めるのに十分な金額のはずだ。現に、何ら媚びもせずに黙って立っているのがその証拠だとも言えた。
「ウルには気をつけろ」
アキラの言葉に黙って頷くザロ。
ならばとばかりに、さっそく人狐の町へ向かって出発することになる。
ザロと忌々しげなウルに見送られて、アキラ達は森の中へと入っていった。
人狐の町は、森を抜けた草原地帯にあり、人虎同様に都市としてはあまり発展はしていないとライラが歩きながら説明を行う。もともと、人狐は群れる性質ではないため、必要最小限の規模でしか都市化しなかったのだと。
ただし、人狼が狩りの技術、人虎が強さを尊重するように、人狐は知性をとても大事にするのだと。その知性も、良きにつけ悪しきにつけ、それは区別されずに評価される。単純に頭が良いだけではなく、ずる賢いのも高い評価を受けるのが人狐の特徴なのだ。
「それだったら、人狐に利する点があれば、話し合いも可能か?」
「そうです。ただし、その性格上、交渉時にはとても注意が必要になりますが」
スノウが言うには、交渉となると人狐の右に出る種はいないとのことであった。事実、協同国の外交は人狐が独占している。内政まで牛耳っていないのは、他の種に対して武に劣るからだけだと。
「そうすると、人狐は水晶を手に入れて、何を得る?賢者からの報酬か?」
その言葉に、スノウは首を左右に振る。たかが金銭で人狐が動くはずもない、ましてや名誉や地位でもないと。
「…………安全か?人狐の種に対して脅しがかけられているのか」
「可能性はあります。人狐が交渉では負ける事はないでしょうが、物理的な脅しには屈せざるを得ません」
単にツキを取り戻して終わりという訳ではなさそうだと、アキラは考え込む。
「細かいことは、ツキを取り戻してから考えろ。まったく難しく考えすぎだ」
ブルーの言葉にそうだなと頷くアキラだが、ライラとスノウの姉妹が恐る恐るブルーに視線を向ける。
「犬がしゃべった」
ため息をつくアキラがいつもの説明を始める。それを聞いたライラとスノウはブルーに対して膝を突き、いや、そのまま土下座しそうな勢いであった。リーネが巫女姫である事は知っていたので、理解は早かったが、ドラゴン自身を前にして畏まらざるを得ないのだろう。
「で、なんで正体ばらしたんだ?」
「いや、そろそろ良いかと」
そろそろってなんだよ、簡単な理由だなとアキラは笑い、ブルーは理由ってのはそんなものだろうと返す。そのあまりに親しげなブルー、つまりスカイドラゴンとアキラの会話に目を丸くするライラとスノウ。
アキラとリーネには、ブルーがにこにこと笑っているように見えるのだが、所詮は犬の表情であり、人狼姉妹には何も伝わっている様子はない。
「人狼の姉妹よ、一つ頼みがある。聞き入れてくれるか?」
よりにもよって、スカイドラゴンからの頼みである。断りようもなく、人狼の姉妹はすごい勢いで首を縦に振る。
そんな二人に、にやりと笑うブルーだが、それが分かったのはアキラとリーネだけだ。
「これからは、俺がドラゴンである事は忘れてくれ。敬称もつけるな、言葉も砕けて使ってくれ」
いや、ドラゴンはドラゴンだろうと、ライラとスノウは疑問符を浮かべる。
「つまりは、犬扱いしろってこと」
「わんわんはわんわんだよ」
「犬扱いするな!」
アキラとリーネは説明を加えたつもりであったが、それは余計に混乱させる事になったようだ。
つまりは、無用な混乱は避けたいのだと、拗ねたブルーに代わってアキラが改めて説明することで、なんとか人狼姉妹は事情を飲み込む事が出来たようだ。しばらくすれば慣れるだろうと、アキラはとりあえずは水晶の運搬係だとでも思ってくれと付け加えるのだった。
それに対して、スノウが思いついたように質問をする。
「私が水晶を背負いますと、体調がとても悪くなったのですが、ブルーは大丈夫なのですか?」
「ちょっと、背中がぞわぞわするけど大丈夫」
「俺も触ったけど、波動を感じた位かな」
ブルーとアキラの答えに、スノウは首を捻る。ドラゴンであるブルーがその程度の影響しか受けないのは理解が出来るが、人であるアキラの場合には疑問を感じずにはいられない。
「言い忘れてたけど、こいつ生命体らしいから」
ぽんぽんとブルーの背にある水晶を叩くアキラ。
次々と明かされていく秘密に、すでに人狼姉妹の顔からは表情が抜け落ちていた。
「姉さん、私はしばらくは何を見て、何を聞いても驚きません」
「私もだ。少々の事では驚かん」
その二人の会話を聞いたアキラは、この上に自身の異世界転移の件を話したらどうなるのだろうかと思ったが、話す必要もないので黙っておくことにした。リーネはリーネで、笑って口を開く。
「だいじょーぶ、大丈夫だよ。慣れるから」
その通りだなと、アキラとブルーは大きく頷くのだった。それにはライラとスノウもため息をついて応えるしかなかった
結局、どうやらスノウの体調が悪くなったのは、水晶が何かをしでかしたのであろうと話しはまとまり、一行は人狐の町に向かって歩みを進めるのであった。
社畜男:「所詮、犬だよな」
幼女もどき:「わんわんのくせに……」
わんわん:「あー、そうだよ。犬だよ!犬で悪かったな!」
社畜男:「開き直ったな」
幼女もどき:「今更だよ」
わんわん:「……すげー、腹立つ」
もうちょっとプライド持てよな。犬の……。
次回、明日中の投稿になります。




