3-23
引き続き、
第3章を投稿いたします。
よろしくお願いいたします。
交渉が中断した以上、アキラとスノウは話すこともなく、伝令から報告を受けているライラを見ていた。
すると、ライラの視線がアキラに向けられると、先の獣人が慌ててアキラに向かって駆けてくる。
「ライラ様が、伝令の報告を一緒に聞いて欲しいとのお願いです」
その言葉に、アキラはリーネとブルーに顔を向け、一緒に聞こうと誘う。
二人と一頭でライラのもとへと向かう。そのライラは険しい表情だ。
「先の報告を繰り返せ」
ライラが命じると、伝令の人狐が話し始めた。
「我らの族長からの言葉、女は預かった。返して欲しくば石を渡せ。我が町で待つ」
「期限は?」
「日が十沈みしまで。それまでは女は大事にいたしましょう」
つまり、その後は命の保証はないと言うことかと、そう考えたアキラは大太刀を抜き放っていた。それをリーネが腕を掴んで止めた。ライラに抜き手を見せなかったアキラ、そのアキラの腕を掴んで止めたリーネ。どこまで化け物なんだと、ライラは顔を青ざめさせる。
「生かして返しましょう」
リーネの諭すような言葉に、刀を収めるアキラ。だが、その唇からは血が流れていた。刀を納めて空いた手は握りしめられ、手の平からも血が流れている。
指でリーネはアキラの唇から流れる血を拭った。その指で、リーネは自分の唇を赤く染めた。
「言葉を持ち帰れ。その女ツキノナミダに毛ほどの傷をつけてみよ。その時は約束する。この男アキラと私リーネの二人で人狐を滅ぼすと」
そのリーネの言葉に、嘘はないと理解したのはライラだけだ。間違いなく、その時は人狐という種は滅びると。
近々うかがうとリーネが告げると、理解出来ない恐怖にかられて、人狐の伝令は転がるように去って行った。
それを見送るアキラの手を、リーネが胸に寄せて抱く。ブルーが慰めるように、アキラの足にすり寄った。
アキラは黙って人狐を見送っていたが、その姿が見えなくなるとスノウに向き直る。
「話しはツキが戻るまで中断だ」
そして人狐の町の位置を教えろと伝える。言葉を紡ぐのに苦労するように、ゆっくりとした喋り。スノウはそれに頷くが、その間に割って入ったのがウルだ。
「人狐との交渉を任せて貰いたい。伝手がある」
ウルへと踏み込んだアキラは、大太刀が抜けないことに気づいた、柄頭をリーネが手の平で止めていた。斬らせろと言わんばかりのアキラの視線に、ゆっくりと首を横に振るリーネ。そして、ウルに向き直る。
「人狼の襲撃、人虎の襲撃、そして人狐の誘拐。絵を描いたのはあなたね」
アキラとリーネは謎の賢者、あるいはその代理人はウルではないかと考えていた。そして、今回の騒動の大本は、三本足でログハウスを破壊させたものではないか。つまり、災いが納められるのも方便であり、真の狙いは水晶の入手であると。
「人狼を使ったのは、奉納させれば、それを奪うのは簡単。そして万が一を考えて、人虎と人狐を予備にした。そして狼狽え、愚かな振りをして機会をうかがっていた」
「何を根拠にして。不当だ!」
「ええ、証拠はない。ただし私たちはローダンを信じている。間抜けや馬鹿を次期支店長候補にはしないと。あなたへの報酬は何?金銭ではないのでしょう。これほどのことをしたのだから」
じっとりとウルの顔に汗がにじみ始めた。物的な証拠はなく、状況だけを積み重ねた答えだが、確信をついていたようだ。
このままでは不味いと思ったのか、ウルが身を翻すが、そこにはライラが立ちはだかっていた。
「身の潔白を証明してみせよ」
その言葉に、逃れられぬと悟ったのか、ウルはがくりと膝を地に突いた。
「石を奉納しても、災いは止められない。賢者は石が欲しいだけだ」
ウルはローダンが会頭から失脚しうるだけの秘密を教えて貰うことを報酬に、今回の騒動を起こしたという。ローダンが会頭から失脚すれば、財団支店長のハートリーが会頭となり、空いた椅子がウルに転がり込むという算段だ。
「その結果、ツキが危険に身をさらされているのか」
アキラがギリギリと食いしばった歯の間から、絞り出すようにウルへと言葉を投げる。
ウルがライラにいきさつを話している間に、リーネがアキラの腕を牽いて、その場から離れていく。
「とりあえずは、助けに行こう」
「当然だ」
アキラの言葉に、声が聞こえぬ距離が開いていることを確認したブルーが話す。
「ローダンには伝えておいた。ゴサインと連絡がとれないのも気に掛かる」
連絡さえとれていれば、事はもっと簡単に済んでいたのにとブルーがぼやく。
「それも、今回の件と関係があるんだろう」
「なるほど、となれば奴の身も心配だ」
しばらく二人と一頭は考え込む。
しばしの無言の後、アキラが口を開いた。
「まずは人狐の町へ行ってツキを引き取ろう。あとはそれからだ」
それしかないかと、リーネとブルーがうなずく。
町の場所は人狼達に確認するとして、などと相談していると、ライラとスノウがアキラ達に近づいてきた。
二人はアキラ達の前で深々と頭を下げる。族長の一族と言えば、獣人の王族とも言える。その姫君二人が土下座せんばかりに頭を下げている。だが、その理由を知るアキラ達の目は冷ややかだ。
「虚言に踊らされて、まことに失礼した。この責任は私にある。好きに罰してくれ」
「ツキを助けて、それからだ」
「その件ですが、私と姉さんも同行させてください」
「役に立つとも思えん」
スノウの言葉に、吐き捨てるようにアキラが返した。かなり苛立っている様子に、宥めるようにリーネがアキラの背を撫でる。
アキラの言葉に唇を噛むライラ。侮っていた者が、実はとんでもない実力者であったことは、ライラにとっては初めての事だ。もちろん勝てないと思ったのも。
「武力ではそうだが、後方支援が必要だろう」
確かにとアキラは気を静めて考える。人狼の姫姉妹の言うことだ。手放しの信用を与えることは出来ないが、ある一定の範囲、例えば情報収集などでは役立つことであろう。
アキラはリーネとブルーを見るが、一人と一頭は大丈夫だと視線で語りかけていた。
「解った。ただし、ザロとその手下は使うな。ウルもだ。奴らの処分は後でするから、どこかで確保していてくれ」
アキラの言葉に解ったと返事をして、ライラは人狼と人虎達の一団へと歩いて行く。残ったスノウがもう一度頭を下げて、礼をアキラに言っていた。
人狐の町に出発するのは、明日の朝ということになった。ザロとその手下、そしてウル、人虎達を護送する者達や、ライラが提案した後方支援の部隊を呼び寄せるのに、伝書鳥を飛ばしたりでかなりの時間をとってしまった。
日が落ち始めた時刻になっても動く事が出来ず、疲労をとることからも、今晩は休んで明日の朝に出発する事にしたのだ。
食事は人狼から肉の差し入れがあり、ステーキにしてリーネとブルーで食べたが、アキラは何一つ味がしなかった。ただのゴムを食うような感触だった。
明日早くに出発しようと、早々に毛布にくるまる。ブルーを枕にしたリーネがくっついてきた。
「ツキ、ちゃんとご飯食べたかな?」
「ツキはしっかりしてるから、きちんと食べてるよ」
「寝る場所は清潔かな?」
「もちろんだ。キレイなところで寝かせていなかったら、人狐ぶっ殺す」
「そうだね、ぶっ殺そう」
スプライトとスピリットは不安がってないかなーと心配し、いざとなったら精霊に戻って逃げてるよとアキラが応えると、それで満足したのか、リーネの寝息が聞こえてきた。
アキラは毛布にくるまり、空を見上げる。
今日も、シルバーは銀色を降らせていた。
これにて第3章の投稿を終了いたします。
次回からは第4章の投稿になります。
次回、明日中の投稿になります。