3-22
引き続き、
第3章を投稿いたします。
よろしくお願いいたします。
見慣れぬ構えなのか、フォイルが少しだけ首を捻る仕草をする。それがフォイルの間違いだった。
首を捻ったフォイルに、アキラは呼吸を合わす間が出来た。
呼気、右手と左手の力加減を調整。剣道ではないので、柄頭だけではなく、両腕で振れるようにバランスを取る。
そして、吸気。
フォイルにはアキラの姿がぶれたように見えた。そして、次の瞬間には首筋に衝撃を感じ、吹き飛ぶように地面に倒されていた。防御はもちろん、魔力を硬化する暇もなかった。地に伏したフォイルの目前には、切っ先を突きつけるアキラがいた。
後方で、アキラがフォイルを吹き飛ばす様を見ていたライラが、一歩前に足を踏み出した。
「あの男は今何をした」
知らず口を出た言葉だ。誰に向けて言ったものでもないが、それにスノウが応えを返す。
「私には見えませんでした」
「私もだ……」
そのライラの返答に、スノウは驚きの表情を浮かべる。格闘においてはライラは間違いなく、人と獣人の中では最高峰に位置する一人だ。それを知るスノウはライラの言葉を信じられなかった。
「身体加速の魔術が発動していましたから、そのためでは?」
「それだけでは説明出来ん。恐らく、身体加速は速度のために用いたのではなく、身体が破壊されるのを防ぐためだ」
アキラが身体加速をリーネにかけさせたのは、リーネは文字通り速度を得るためだったが、自分には自身が発する速度によって、自身が破壊されぬようにするためだったとライラは解釈した。
ライラとスノウが会話をしている時には、リーネが電撃でフォイルの意識を奪っていた。そして、ブルーは水晶を確保するために、その上に跨がっている。
「一旦街道まで戻るぞ」
ブルーが守る水晶を持ち上げ、ライラに先に立って歩くように、アキラは命じた。反論もなく、ライラはスノウと共に街道へと向けて歩き始めた。
水晶を取り戻したため、フォイルの位置がつかめないので、アキラはリーネに探知の魔術を発動するように頼む。
追う立場から逃げる立場へと変わったため、速度よりも周囲への警戒を優先しつつ、森の中を進む。
昏倒させられた人虎達は、目が覚めないのか、追撃はなかった。
やがて、木々の距離が密な森から、間伐されて木々がまばらな森へと出た。
街道で待ち構えていた獣人達がざわめく。アキラの腕の中にある水晶を見て、自分たちの族長が敗れたことを知った人虎達の狼狽が大きい。
街道へとアキラ達が戻ると、獣人の一団から、ウルが飛び出してきた。
「それは人狼の物だ!」
飛び出した勢いのまま、ウルはアキラに掴みかかろうとするが、それはライラによって阻まれた。
「みっともないまねは止めろ」
「しかし、姫様あれがなくては、獣人は飢餓に苦しむことに!」
そう叫ぶウルを冷ややかに見ているザロを、アキラは目にしていた。恐らく、ザロはすでに今回の件からは降りたのであろう。どれだけの赤字で収めるかを考え始めているのだ。
しかし、ウルは違ったようだ。今の叫びは本当に獣人を思ってものか、それとも自分への報酬のためか。
騒ぐウルを宥めているライラに、アキラは声をかけた。
「その愚か者を下がらせろ。話しも出来ない」
先に大太刀の柄を握ったときの不安もあり、早くツキを追いたいアキラの声には苛立ちが混じっていた。案の定、それを聞いたウルが更に騒ぎ立てる。
「俺は筆頭族長に連なるものだぞ!無礼を言うな!」
「お前が何者かは知らん。俺は人狼ではないし、協同国の国民でもなく、それどころかどの共同体にも属していない。なぜ俺が獣人の長とそれに連なる者を敬わねばならん?」
そのアキラに言い返す術のないウルは、憎しみの籠もった目で見続けるのみであった。その視線を真っ向から受けていたアキラだが、水晶について話しをすべく、スノウへと歩み寄った。
強行軍に体力のないスノウは疲れていたが、アキラの姿をみとめて背筋を伸ばす。アキラは開口一番。
「何事もなく、ここへ戻れたこと。約束を守っていただき感謝する」
「当然です。では、今後について話しをさせていただけますか」
「もちろんだ」
ただしと、ウルを指差したアキラは、あの男を下げろと要求した。
スノウは当然とばかりに、人狼の一団から一人呼び寄せると、ウルを連れて下がるように命じた。しかし、抑えていたライラからその男に手が移った瞬間、取られていた腕を振りほどき、アキラへと飛びかかった。
だが、それはアキラの大太刀に阻まれることになった。
刃をウルの首筋に当てるアキラ。
「すでに魔力は剥がしてある。動けば首を斬る」
じっとりとウルの顔が汗ばんでいた。何故かウルの身体からは魔力が剥がされていた。ウルの目にはアキラは大太刀を抜き払っただけのようにしか見えなかった。
「鞘から抜き放ち、二度、いや三度か斬りつけていた」
かろうじて見えていたのはライラのみ。そんな彼女も額から一筋の汗を垂らしていた。あれは自分でも避けようがないと。
人狼に連れて行かれるウルを見送り、そこでようやくアキラは大太刀を鞘に納めた。
「申し訳ございません。身内が度々無礼をいたしまして」
「いや、一つ答えを得たかもしれない」
アキラの返答にスノウが小首を傾げる。しかし、今は水晶をどうするかを話し合わねば。
スノウは改めて、水晶を民のために譲り受けたいとアキラに希う。だが、アキラの答えは一つ。ゆっくりと首を横に振る。
「欲しいと言うことは、もう俺たちには戻ってこないんだろう」
「ゴサイン様に奉納いたしましたら、あとはゴサイン様の意思次第です」
「戻るかどうかは不確定ということか。ならば提案だ。俺たちも水晶は必要だが、いつまでもということではない。俺たちの後では駄目か?」
いつとは約束できないがとアキラは付け加える。
スノウはそれがアキラの誠意であり、最大の譲歩である事がわかった。ライラを振り返ったスノウは、二人で視線を交わし合う。しばしの沈黙の後にライラはゆっくりと首を左右に振る。
「しかし、姉さん……」
「民の苦しみをこのままにしてはおけん」
「しかし、時間さえかければ、確実に譲ってもらえるのですよ。このまま物別れに終わるよりも、遙かにマシかと」
姉妹で意見が対立する。それを聞いていたアキラは、一つ嘘をついていることに忸怩たる思いでいた。レインを戻した後、水晶が使える状態にあるのかは解っていないのだ。だが、それを言えば、アキラ達とライラ達は争わざるを得ない。ならば、不確定であっても可能性で話しを進めるしかなかった。
そこへ一人の獣人がウルを引き連れて、申し訳なさげな雰囲気を漂わせて近づいてきた。ウルが得意げな表情を浮かべているのに、ライラが眉を潜ませる。
その獣人の男は、人狐からの伝令が来たことを報告に来たのだ。それを聞いたライラばかりでなく、アキラも何故という表情を浮かべていた。
いま、その報告が必要かと。この大事な話に割って入るほどかと。
しかし、その報告を行った者は十分に理解しており、必要だからこそ伝えにやって来たのだろう。そう判断し、ライラがアキラに中座の断りを入れて人狐の伝令の元へと向かう。ウルがそれを追いながら、下卑た笑みをアキラ達に向けてきた。
「スノウ、話し合いは中断だ」
「……解りました」
社畜男:「馬鹿め」
わんわん:「馬鹿め」
幼女もどき:「馬鹿め」
族長の遠縁:「お前らに言われると。むっちゃ腹立つな、おい!」
狼姉:「……馬鹿め」
狼妹:「馬鹿め!」
もうちょっと言葉は丁寧に。
特に人狼姉妹。
幼女もどき:「おい!」
次回、明日中の投稿になります。




