3-21
引き続き、
第3章を投稿いたします。
よろしくお願いいたします。
一方、精霊馬に乗り、街道を国境へと戻っていたツキだが、あるところで立ち止まっていた。
前方には人狐達が街道を塞いでいた。一度見た光景が繰り返されている。
強行突破のために、周囲をうかがうツキ。森の中にも濃厚な気配があり、後方にも人狐が展開を始めていた。前とは違って、今度の人狐には殺気が感じられた。
自分が無手であることは不利だが、生半可なものは佩こうとは思わないツキ。じっと隙をうがっていたツキの前に、人狐の族長ミッチェルが前に進み出た。
「まだ街道を閉鎖しているのですか」
「いいや、閉鎖などはあなたたちが通った後、解除したよ」
「それでは、この様子は私に用があると?」
「しかり、だな。理解が早くて助かる」
ミッチェルは人の良い笑顔を浮かべるが、ツキは警戒の度合いを一段上げた。人狐達は一見一枚の壁で道を阻んでいるように見えるが、それは見せかけだけで、ツキの動き次第では、幾重もの壁が出来上がるように配置されていた。
よほどツキを警戒しているようだ。
「さて、乱暴はしたくない。一緒に来て貰おう」
「嫌だと言ったら?」
「あなたの良い人が悲しむことになる。たとえ、あなたが生きていてもな」
その言葉には人狐の強い意志が込められていることに、ツキは気づく。ここでツキを逃がすことがあっても、決してツキは五体満足ではないだろう。四肢をもがれようが、ツキは命さえあれば良いのだが、それではアキラが悲しむ。
ならば、ここは大人しくしておくことにする。ただし、情報は得ておかなくてはならない。そのために、ツキは時間稼ぎのように口を開いた。
「街道を閉鎖したのは人狼のため。では、私を捉えるのは、誰のため?」
「応えるかと思ったか?」
「いいえ、応えてくれたらいいなと思っただけです」
喉の奥で笑い声を上げたミッチェル。
「頭の良い女だ。まあ、いろいろと自分で考えてくれ」
どうやら、一片の情報も出さない様子にツキはため息をつく。ツキは頭を働かせ、人狐も水晶とは無縁ではないようだと考える。恐らく、謎の賢者とやらは、人虎ばかりでなく、人狐にまで情報を流したようだ。いや、賢い種である人狐のこと、人狼からの要請に何かを感づき、独自で調べ上げたのかもしれない。
とにかく、ツキの身柄を確保しようとしていることで、ここに人狐までが水晶の争奪戦に名乗りを上げたことになるのだろう。
ここは従っておくことにしたツキは、ため息をつく。どうやらアキラ達には苦労をかけるようだ。自分は死を与える者で、与えられぬ身。ここを逃れたとしても、ただそれだけ。ならば、人狐と行動を共にしておいた方が、後々に役立つであろうと判断したツキ。
「で、どちらに行けば?」
そのツキの言葉に、ミッチェルは僅かに目を見開く。感情が見えない男だが、この時ばかりは驚いた事が分かった。
「ついてこい」
そんなミッチェルを追いつつ、ツキは自分の失策に気づいた。
どうやら警戒させすぎたようだと。
都市とまで行かずとも、水晶は人虎の支配する領域に入ってしまっていた。だが、もう目前までに距離は詰めていた。
ライラは間違いなく、フォイルは他の人虎と合流しているはずだと言う。現に、先を進む速度が落ちているのは、手勢が増えてある程度安心出来る環境にあるのだろう。
だが、その程度のことはと、リーネを背負ったアキラはさらに速度を上げる。追うライラが舌を巻くほどに。
やがて、フォイルの周囲を固めているらしき人狼の背が見えてきた。その背の先には、フォイルがいるはずだ。繋がったラインも、水晶はすぐそこにあると教えてくれる。
背負っていたリーネを地面に下ろし、耳に口を寄せる。
「俺の後ろからついて来てくれ。俺とリーネへの防御結界と身体加速、俺が魔力を剥がすから、それを確認した奴への電撃。意識を刈って欲しい。大丈夫か」
「ええ、任せて」
レインさえあればとアキラは思うが、今は無い物ねだりをしている暇はない。リーネと精霊達に負荷をかけることになるが、ここは頼らざるを得ない。
そのアキラ達の会話を漏れ聞いたのか、ライラとスノウが顔を青ざめさせる。アキラとリーネへ各々への防御結界と身体加速、それと敵への電撃。これだけで五つの魔術同時発動になる。
「ライラとスノウはここで待機だ」
「……分かった」
応えるライラはまさかといった表情を浮かべている。
ライラを警戒しているブルーと視線を合わせた後、アキラは前を向き、大太刀の鞘を持って柄を握る。
その時、鞘の中で白刃が静かに震えるのが感じられた。
その手に伝わる感触に、アキラは眉を潜める。
「リーネ、何か感じるか?」
「うん、ちょっとツキが心配」
「そうか……」
だが、ここで引き返すことは出来ない。
一瞬、アキラはまぶたを閉じた。
「リーネ、今だけを考えよう」
「分かった」
そう言って、リーネが大きく両手を挙げて、そのまま下ろしていく。その手の動きを追うように、六つの魔方陣が描き出された。防御結界を二重に張ったために、想定より二つ魔方陣が多い。呼びかけに応じた精霊が集中しすぎ、お互いの干渉によってリーネの手の平が光を覆い始めた。
そのリーネの姿を見たライラとスノウが愕然とし、膝を地につける。
「これが竜の巫女姫……。尋常ではないぞ」
「まさしく、ドラゴンの代弁者……」
ライラは今こそ知った。自分が見誤っていたことを。恐らく、リーネは平凡を装うことが出来るのだ。実戦をよく知っている。しかも駆け引きまでも。ならば、アキラはどうか?その答えが今解る。
「行くぞ」
地を抉るようにして蹴ったアキラの身体が、前方へと駆け出す。それに僅かに遅れて、ワンピースの裾を翻してリーネが続く。もう隠れている必要はない。真っ直ぐ敵を斬るだけだ。
人虎達は、後方で起こった爆発音に振り返る。敵襲とばかりに身構えようとする。
アキラはぶつかる枝が閃切れる音も、地を足底が叩く爆発音も気にかけずに駆ける。そして、振り返った人虎達がまだ半身だけが後ろを向いている状態で、次々と刀を振るっていく。
刀の一閃ごとに、人虎の魔力が剥がれ、そこにすかさずリーネが電撃を放つ。うめき声すら上げることは出来ず、人虎達が地に伏していった。
それはまるで作業であった。アキラが魔力を剥がす、リーネが電撃を放つ、人虎が地面に倒れる。工程が決まっているかのように、順次こなしていく。
フォイルを中心にして、ぐるっと一回転して、リーネが待つ、人虎達へと突入したところへ戻ったアキラ。すぐさま、身体を捻って地を足底が抉る。
飛ぶように、フォイルとの間合いを詰め、抜き払っていた刀を担ぎ上段から袈裟に斬りつけた。
配下達が倒れ伏す間に、フォイルは地に水晶を下ろして、構えを取っていた。肩口めがけて振り下ろされてくる白刃を、フォイルは拳で迎えうった。
鋼に斬りつけたかのような金属音が、周囲に鳴り響く。
フォイルとて拳聖。
今の迎撃に力押しは無駄とばかりに、アキラはすぐさま後ろへと飛んで間合いを取った。すぐさま刀を青眼に構える。中段に構えるときに、正眼ではないのはアキラの癖だ。剣を教えた祖父が直そうとはしなかったため、そのまま癖として残っていたが、そもそも、アキラは中段に構える事が少ない剣士である。
「どうやら、ちょっとは使えるようだな」
「そうだな、ちょっとだけ人よりも上手く棒振りが出来るかもな」
フォイルがにやりと笑い、追撃の姿勢を解いて全身に力を滾らせる。
青眼でフォイルの追撃を牽制したアキラは、刀を肩の上に担いだ。
幼女もどき:「ダーリンのために、頑張るだっちゃ」
社畜男:「いや、そういうのは、いいから」
その通りです。
次回、明日中の投稿になります。