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誤字脱字、直しつつ始めて行きます。
どうか、お付き合いのほど、よろしくお願いいたします。
蒼龍の守護地 ログハウス
ここに来て習慣となった、一人での型稽古を終え、朝食を済ませたちょっとした時間。長く伸ばされた軒先の下、ウッドデッキに置かれた椅子に座ったアキラは、鞘から抜いた刀身をじっと眺めていた。
懐紙の代わりに、森に行った際に採ってきた葉を唇で咥えている。
息を刀身に当てて錆びないようにする処置だが、ツキが初めてその姿を見たときに、そんな必要はないとアキラに教えていた。
鞘に納めれば、精霊が浮いた錆びくらいは取ってくれると。
しかし、普段の癖とためらいから、無意味と分かっていてもアキラは止められずにいた。アキラにとって常識外れの鞘があったとしても、習慣は簡単には止められない。
背後の気配に素早く刀を鞘に納める。抜き身のままで、事故があっては大変だ。
案の定、自分では気配を絶ったつもりでいるリーネが、背に抱きついてきた。
鞘ごと膝の上に刀を置き、アキラは咥えた葉を取り除く。
「危ないぞ、リーネ」
「ううん、大丈夫だよ」
何を根拠にと、アキラは首を横に振るが、お構いなしにリーネは首筋に腕を回して、さらに体を密着させてくる。柔らかいものが肩に押しつけられ、髪からの良い匂いがアキラの鼻腔をくすぐる。
頭がクラクラとするのをこらえ、アキラはリーネの腕に手を添えようとしたが、寸前で止めた。
ぐりぐりと、猫のように後頭部へ額をこすりつけるリーネに、なんでここまで警戒感というか、遠慮というものがないのかと、アキラは内心で首を傾げる。かといって、止めてくれとは言い出せないのだが。
「ブルーとツキが、街へ買い出しに行こうって」
「街へ……」
「そうだよ、時々リーネ達もブルーと一緒に行くんだよ」
どうやらツキとリーネは、この地に引きこもっているばかりではないようだ。
おそらく、買い出しは口実ではあったろうが、人との接触を行い、精神の安定を図っているのだろう。しかし、それはアキラにとっても好都合だ。
初めての異世界の街。
今までは近辺の様子を見たり聞いたりするばかりで、街の情景をたずねた事はなかった。
心躍らぬとは言えない。
「どうやって街まで行くんだ?」
「ブルーの背中に乗って!」
真の姿に戻った、威厳にあふれて堂々たる体格。普段からは想像も出来ない姿。そんなブルーの背に、アキラはツキとリーネと共に乗っていた。国内の地方路線に就航している、小型旅客機ほどの大きさ。跨がるではなく、まさしく乗っていた。
地に視線を落とすと、その流れていく風景から、かなりの速度だとうかがわれる。なのに、風で飛ばされることもなく、機動のときに振り落とされることもない。乗り込む際に、不安な表情を浮かべるアキラに、リーネが嬉しそうに「大丈夫!」と、ブルーに任せておけばと言った。
どうやらブルーが何らかの魔術を行使して、背中の搭乗者を守っているようだ。
もしかすると、自らをフィールドで覆い、大気から全身を守って空力の助けとしたり、気圧の変化を抑えているのかもしれない。
異世界の不思議に感嘆しつつ、アキラは風景を楽しんでいた。
「もうすぐ、守護地を抜けます」
境界の外へ出てからは、人の目を避けるため、高度を上げるのだと、ツキが伝えてきた。
境界には、何かあるのかと、ツキの言葉にアキラが身を乗り出して、改めて地面に視線を落とす。
「鳥居?みたいなのが……」
「あれは『ここから守護地ですよー』っていう目印」
背中に体を押しつけ、アキラの肩口からのぞき込んだリーネが教える。
外からの道は、鳥居もどきの目印で途切れる事なく、そのまま続いていた。つまりは道が道として、守護地の中でも機能しているということだ。
やはり、守護地内の道は精霊が整備しているのだろうかと、疑問に思う。
「守護地には人は入れないんだろ」
アキラの質問にリーネはぷるぷると首を左右にふる。長い髪が、アキラの顔に当たるが、気にした様子もない。いや、当たっているアキラは逆に気持ちよさげだ。
ほんわかしている二人に、ツキが言葉を向ける。
「厳密に言えば、ブルーは立ち入りを禁じてはいません」
住み着くこと、狩りや採取を行わないこと。つまり、守護地に手を加える事がなければ、問題ないと。ただ、大多数の人々にとっては禁足地であるのが守護地に対するイメージなのだと。
精霊とドラゴンが守る、人を寄せ付けない地。
「ただし、ブルーがもっとも嫌うのが、軍隊が入り込む事です」
「軍として、大勢が行動すれば、軍事行動だとわかるが、少人数だとどうなんだ」
「一人や二人程度だと、軍人でも見過ごしているみたいです」
軍隊としての活動を許せば、多人数での行動となり、必ず守護地は荒れ、相手があれば戦闘も発生する。それは決してブルーだけではなく、三体のドラゴン達すべてが許さないのだと。
「ドラゴンの英智を知ろうと、賢者と呼ばれる人々が、禁を犯してでも訪れることもあります」
ひっきりなしに、禁を犯して?人々が訪問してくるドラゴンもいれば、ブルーのように誰も訪れてこない場合もあるのだと。
守護地内は、国家が道を管理したり、獣を間引いたりしている訳ではないので、歩くだけでも命がけだと。何もしなければ、間違いなくドラゴンにたどり着く前に、命を落とす。
「ドラゴンの性格によるとしか、言いようがないのですが」
「そうだろうな」
助けてやるドラゴンもいるのだろう。
そういうことは面倒だと思うタイプだなと、アキラは頷く。
境界をもっとよく見ようと目をこらすアキラだが、上昇を始めたブルーのおかげで、細部まで鳥居のような目印を見ることはできなかった。
ただ、目印の横に何かの建造物らしきものが目の端を横切っただけで、それについてたずねる暇もなく、景色は遠ざかっていった。
「帰りに寄っていけば?」
「そうだな」
興味を持った様子に、リーネが慰めの言葉を掛け、アキラも街に着いたら、ブルーとツキに頼んでみるかと考えていた。
最初は街に降り立つのかと思っていたが、それをすれば大騒ぎになるのも当然と、ならば、どこにとたずねた結果がここだった。
空の上から街が見えるか見えないかの地。
ブルーが降り立ったのは、森の中。羽を広げたブルーが余裕を持って降り立てる、十分な空間が開かれており、その片隅には小屋が建てられていた。
この地と小屋は結界に覆われており、ブルーが懇意にしている、信用に足る商人しか入る事ができない。町中で商談し、ここへ運ばせ、小屋にある程度蓄えてから、改めて守護地に持ち帰るのだと。
いわば守護地の飛び地とでも言える。
どれほどの距離を飛んだのかアキラには知るよしもなかったが、飛んでいた時間は僅かであった。まだ朝と言えるような時間だ。
「ここから街まで歩く。昼までには着くだろう」
「街でお昼から買い出しをして、一泊することになります」
予定を告げるブルーにツキが補足する。どうやら、ブルーが単独で来た場合には、街に泊まることなく、小屋に戻って寝ているとのことだ。さすがに体力的にアキラやツキ、リーネには無理なため、街で泊まることになるのだと。
前に街へ出た時に買い付けておいたものが、きちんと小屋に納められている事を確認した後、一行は街へと歩き始めた。
道中、ツキから街で注意する事をアキラは教えられた。
驚いたことに、向かっている街は王都であり、貴族も多いから注意する事や、逆に素行の悪い者も多いので、それには毅然とした態度でいること。
元いた世界ではあったが、様々な土地に出かけていたアキラにとっては慣れたものだ。ただ一点を除いて。
いわく、黒色は好まれる色ではない。
「だから、アキラさんやリーネの髪や目の色を、好ましく思わない人が多いです」
よほどの事がない限り、絡んでくることはないかと思うが、ツキは注意するようにと言う。さらには、リーネに絶対に翼は出すなと、何度も繰り返していた。
「もうっ、大丈夫だってばー」
「あなたは、油断すると、いえ、気を抜くと、すぐに翼が出てくるのですから」
リーネはツキの繰り返される注意に反発しているが、それだけの心配事なのだろう。
ふと、気づいたアキラ。
「翼を見られても、精霊と間違われるだけなんじゃ」
「……精霊の翼に黒はありません」
人の形となって現れる精霊の翼に、黒色は決して存在しないとツキは断言する。
精霊の翼は、光が形をなしたものや、淡い色をしている事が多い。ごく希にだが、濃い色では、茶系統のアースカラーが見られるだけなのだと。
そして、特に黒色の翼そのものが、忌み色になった原因だと言うのだ。
「過去に何度か現れたのですが、人の世を滅ぼそうとした者が黒色の翼であったのです」
破壊者、そんな呼ばれ方をしていたそうだ。
人の世は滅びていない。では、破壊者が倒されたのかというと、それもはっきりとはしないのだと。どの場合や時でも、世界を蹂躙するだけしておいて、ある日突然姿を消す。
人知れずに勇者が討伐しただの、大精霊が封じただのと言われているが、終焉の記録も伝承も残っていない。中には異端の考えとされているが、星の精霊が遣わす試練なのだと唱える者達や、過激なものでは間引きだと言う者もいた。
魔力のシールドのおかげで、死ににくいとはいっても、激しい戦いともなれば、魔力が剥がれたものが戦地のただ中で逃げ遅れて、命を落とす事も多い。
百年単位の間隔で訪れる、天災のようなものなのだと。
「もちろん、リーネは破壊者ではないですけど」
「それは俺が保証する」
ツキの言葉に、前を歩いていたブルーが口をはさんだ。
むーっとした表情の、リーネ。
「そんなこと、リーネしないもん」
「そうだな、リーネは優しいからな」
アキラのフォローに、ぱっと表情を明るくしたリーネは、アキラの腕に飛びつき、胸に抱きしめた。
微妙に歩きにくくなったアキラだが、リーネの機嫌が直るのならばと、好きなようにさせていた。
小高い丘を登り切り、先頭に立っていたブルーが真っ先に声を上げた。
「見えたぞ。ブセファランドラ王国の王都パリスだ」
ブルーの言葉に、足を速めて追いついたアキラの目にも、堂々たる壁が見えた。
まだ距離があったため、王都の全景をすべて目にする事ができる。
「でかいな、想像以上だ」
壁で覆われた街。城塞都市と聞かされていたが、アキラの目にも都市がすっぽり壁の中に収まっているように見えていた。
何らかの重機、あるいは魔術の力を借りたのか、どれほどの労力が注がれているのだろうか。
「おなか減ったよー、早く行こう!」
リーネに腕を引かれたアキラ、そんな二人を見つめるツキは、先を行くブルーを追うのだった。
次は、明日か明後日になりそうです。