3-19
引き続き、
第3章を投稿いたします。
よろしくお願いいたします。
ウルの腕の中には、水晶を抱えたスノウがいた。首にはウルの腕が巻かれており、ギリギリと絞られている。苦しげな表情を浮かべているが、決して水晶を離そうとはしない。
「お前、血迷ったか!」
「ば、馬鹿野郎!姫様がいかに強かろうと、人虎がこれだけいるんだ。お、俺は殺されちまう」
明らかにウルは狼狽えていた。ゆっくりと馬を動かして、人狼の包囲の中から外へと向かっていく。人虎達が今度はウルと人狼の間に立ちはだかった。
「貴様、すぐに妹を離せ」
フォイルの手首を掴んだまま、ライラがウルへと声をかける。
「大事な人質だ。そ、そんなに簡単に離せるか。お、俺だって、魔力を剥がして首を折ることくらいは、で、出来るぞ!」
ライラが側のフォイルに視線を送る。
「貴様はあの石を何に使う。民を救うためか?」
その言葉で、フォイルはライラが水晶を民のために使うのならば渡すことを理解した。
ここで頷く事は簡単だが、フォイルはそれが一つの罠でもあることを知っていた。フォイルはゴサインの居る場所を知らないのだ。そして、フォイルには一つの野望があった。この機会を利用して筆頭族長になることだ。
「ああ、もちろんだ。ただし、俺は使い方を知らん。だから石とお前の妹を貰っていく」
「その後、私の妹はどうなる」
「……今回の一件が終わってから考える。何かの約束はできん」
恐らく、フォイルはすべてが終わればスノウを手駒の一つとして使うだろう。そして、このフォイルの言葉をどこまで信じて良いものか。
まぶたを閉じて、ライラは考える。
パキリとライラの口の中で音がしたのを、側にいたフォイルが聞いた。見ればライラの唇の端から血が流れている。
あまりの力で噛み締めたので、奥歯が割れた音だった。
「スノウ、不出来な姉で済まない」
「いいえ、姉さんはいつも良くしてくれました」
スノウは公式の場ではライラを姉上と呼ぶ。それを今は姉さんと呼んだ。もし、フォイルが手首の魔力を硬化していなければ砕けていただろう。それほどの力が加わっていた。
「スノウ、民のために死んでくれ」
「はい、姉さん。おさらばです」
にっこりと笑うスノウ。
ライラの決断に、人虎と人狼が一斉に動いた。人狼は蹄で人虎を踏み潰そうとするが、馬に拳や蹴りをたたき込む人虎達。馬のいななきが響き、振り落とされた人狼のうめき声が聞こえる。
「考え直せ!」
フォイルの叫びにもかかわらず、腰を落としたライラがフォイルを地面に投げつけた。両腕は握ったまま、更に投げ飛ばそうとする。
そこへ二つの弾丸、いや砲弾が飛び込んできた。人虎も人狼もなぎ倒し、砂煙が舞う。
「何が起こった?」
ライラが砂煙の中を見極めようと目を細める。
すると、砂煙の中から二つの影が現れる。
一体は黒い、一体は灰色の馬だ。
「それはお前達のもんじゃない、俺たちのものだ!」
右手に手綱、その腕にはリーネがしがみついている。そして、左手にはスノウの姿があるのは砂煙の中でアキラが奪っていたからだ。それにすっと身を寄せるのはスピリットに跨がったツキと、馬首に伏せているブルー。
スノウの腕には水晶がない。それは今はウルの腕の中にあった。
一瞬の隙を逃さず、フォイルはライラの手から逃れて、ウルへと走る。
「アキラさん、格好つけてる場合じゃないですよ!」
ウルから水晶を奪ったフォイルを見たアキラが、慌ててスノウをリーネに渡して、精霊馬スプライトから飛び降りる。
立ち上がった人虎と人狼がアキラに向かってくるが、抜き払った大太刀で斬りつける。獣人達の群れの中を、縫うようにして進むが、魔力が剥がれるだけで、アキラの動きを邪魔しようと懐へと飛び込んでくる。
アキラは柄頭で獣人達の頭を打ったりして退かせるが、遅々として前に進まない。
やがてフォイルの姿は間伐した森を抜けて、奥へと入ってしまう。これでは精霊馬で追うことは無理だ。
「ラインは繋がっています。ここは一旦立て直しましょう」
改めて追えば良いというツキに、アキラは周囲に群がる人虎人狼に大太刀を向ける。
「一旦離れろ。そこのライラと話したい」
その言葉に、じりじりとだが、獣人達は下がっていく。それとは逆に、ライラがアキラに向かってくる。見れば、ライラの後方には人虎達が地面に倒れていた。ライラはフォイルを追いかけようとしたのだが、アキラ同様に命を捨てて群がって向かってくる人虎に阻まれたのだ。
近づくライラに、アキラはリーネからスノウを受け取り、投げるように手渡した。
「大事な妹だろう。どっかにしまっておけよ」
「その、大事な妹を、私は捨てた」
「姉さん……」
スノウがライラの腕の中で、彼女の胸にすがりついた。
どうやら面倒な話しになっているようだと、ため息を突くアキラだった。
人狼と人虎、獣人達はライラとスノウの指示により、一カ所に集められた。獣人の筆頭族長の娘である二人には、人虎でさえも従った。獣人達は落ち着いているが、ただウルだけは落ち着き無く、周囲をしきりとうかがっている。自分のしでかしたことで、どのような罰を与えられるのか、それを恐れているのだろう。
集まった獣人達の中から、ライラとスノウの姉妹、それに従うようにザロが前に出て、アキラ達と対峙する。
アキラの両脇には、リーネとツキが立って腕を掴んでいた。ブルーは足下で伏せている。
「なぜ水晶を俺たちから盗んだ」
「水晶とは、あの透明の石のことか?」
確かめるように尋ねてくるライラに、アキラは苛立ちを感じる。肯定の意味で、ゆっくりと首を縦に振るアキラ。言葉にすれば苛立ちをそのままぶつけてしまいそうだったからだ。
「ならば、盗んだのではなく、奪っただろう」
「言葉遊びは止めてくれ。何故だ」
「我が国の民のためだ」
ライラは続けて、ザロに前に出るように促し、ライラ達に話した内容を繰り返せと命じた。
「きっかけは、一人の賢者と出会ったことだ」
賢者は水晶の形状を詳しく教え、それをゴサインに奉納すれば、今の災害は収まると教え、さらには奉納を行うには筆頭族長の娘達の力が必要であり、彼女たちにこのことを伝えるようにと話した。
ザロの言葉にライラが付け加えるように口を開いた。
「正直に言っておこう。この男は商人であり、盗賊の頭目だ。だが、私はこの男の言葉を信じざるを得なかった。その理由は言えないが」
それを聞いて、アキラは考える。
まずは、賢者がなぜ水晶のことを知ったのか。ローダン商会から情報の漏洩があったのか。だが、財団支店とは違って、ローダンがいる本拠でそれは考えにくい。
水晶に関連する事として、まず、落下地点にいたサソリのようなレーザーを放ってきたもの、それに目的は水晶かアキラかは分からないが、ログハウスを破壊した三本足。そしてこの流れの次に謎の賢者を置いてみる。
アキラは流れが繋がった気がした。
社畜男:「それはお前達のもんじゃない、俺たちのものだ!」
幼女もどき:「……そんな場合なの?」
わんわん:「馬鹿だもん」
社畜男:「…………犬に馬鹿呼ばわりされる俺って?」
銀髪:「(馬鹿なのに)格好つけてる場合じゃないですよ!」
行間にはこんなドラマが。
次回、明日中の投稿になります。