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引き続き、
第3章を投稿いたします。
よろしくお願いいたします。
マントを纏い、フードを被って馬を駆ける異様な一団が街道にあった。出くわす人々が驚いたり、奇異の目を向けるのも構わず、先を急いでいる。
街道は森の中を通っている。とはいっても密な森ではない。盗賊が隠れる余地を出来るだけ無くすために、国が間伐を実施しているのだ。だから、街道から離れるにつれて、森は深く暗くなっている。
ふいに駆ける一団の視界から人がいなくなった。街道上、そして森の視界の届く範囲。たまたまであろうか。
一団の中の一人が慌てたように、手で速度を上げろと皆に合図を送る。それに従い、皆が鞭を馬に当てようとしたとき、森の深くから轟音を上げて槍が飛び出し、一団の前の街道に突き刺さった。一本が二本、三本、そして十本になるのに時間はかからなかった。
馬は前脚を上げて竿立ちになる。驚き暴れる馬達を宥めている間に、森の深くから飛び出してきた者達が、一団を包囲する。その中の一際大きく、たくましい男、獣人が前に一歩踏み出す。耳と尻尾の特徴から虎の獣人だ。にやりと頬の傷を歪ませる。
マントを纏った一団の中の一人が、馬を進めて前に出る。
「俺たちは急いでいる!通してくれ!」
「お前、知ってるぜ。旅商人兼盗賊の頭のザロだ」
獣人の男に、正体を明かされたザロが怯んだように一歩馬を下がらせるが、気を強く持ち直して言葉を返す。
「目的はなんだ、金か!」
「族長の俺に、金か?だと。笑わせんな」、そしてくわっと目を見開き、「木っ端は黙って下がってろ!」
空気を震わす一喝に、馬達ばかりか馬上の者達が怯える。その中で、気丈にも震えることもなく、乗る馬までもがふてぶてしく落ち着いているのが二組いた。そのうちの一人が前に出て、言い募ろうとするザロを腕で制して自分のフードをとった。
「久しぶりだな、人虎の族長フォイルよ」
「まったく久しぶりだ。前に会ったのは、俺がお前を嫁に貰いに行った時以来か。今でもあれは有効だぜ。いつでも嫁に来な、人狼の姫ライラ!」
ライラの顔に、嫌悪が走る。
「貴様は戯れ言ばかりだ。そこを退け」
「そうもいかねーんだよ!」
叫んだフォイルの拳が街道を叩く。その衝撃が地割れを生み、地が波打つ。
「スノウを後ろに下げて守れ!」
鞍を蹴って飛んだライラが叫ぶ。それに従い、姉と同様に怯えの見えないスノウを中心にして馬達が集まる。
降下する勢いを殺さず、ライラはフォイルに突っ込んでいく。宙にあっては向きを変える事が出来ない。相手のフォイルにとっては良い的になるはずだが、ライラに警戒の色は見えない。ただ、真っ直ぐにフォイルへたたき込む拳を振り上げる。
狙いを定めるフォイル。目が窄まり、一点を狙って拳を突き上げた。
拳と拳がぶつかり合う。フォイルはライラの顔を打ち抜くために拳を突き上げたが、それをライラは自らの拳をぶつけることで制したのだ。
拳二つが生み出した衝撃と音が周囲にまき散らされる。その中、ライラはぶつかった拳を利用して、再び宙を舞い捻りを加えた一回転をして地に立った。
拳に拳でお互いに打撃を与えたことによって、覆っていた魔力がいくらか剥がれる、とはならない。人は魔力を治癒に使う魔術を作り上げたが、獣人はそれに加えて魔力を硬化する術を身につけていた。これが人には取得が難しい。人は武器を使う者が多く、無手で戦う者は少ない。逆に獣人は武器を使わないわけではないが、無手を好むのもこれが原因だ。
構えることなく自然体のライラに対して、両の拳を前に構えるフォイル。
「狩りの上手い者が族長になるのが人狼、もっともずる賢い者が族長になるのが人狐、そして最強の種の中でさらに最強が族長になるのが人虎。その俺様の拳を何のダメージもなく受ける、相変わらずじゃねーか。生まれながらの拳聖!」
「貴様こそ、相変わらず口上が長い。極めし拳聖よ」
両者ともに拳聖と認められた者。だが、それは両極端と言えた。フォイルは師につき、鍛えに鍛えて強くなった拳聖。しかし、ライラは師についたことはない。それも物心がついて、初めて師につくというとき、戯れに拳を交わした師を瞬殺したのだ。
その結果に周囲は騒然としたが、実は先例があった。獣人は何百年に一度か、生まれながらにして戦いの、特に格闘技の知識と身体の運用を知るものがいたのだ。遺伝子に刻み込まれたというか、ごく自然となにも考えずに戦える。しかも、他の追随を許さぬほどに強い。
だから、生まれながらの拳聖。
親はライラに魔術と戦術や戦略を学ばせたが、そちらは一向に身につかず、妹の方が人並み外れて優秀であった。
最強の武であるライラ。最良の魔術師にして指揮官のスノウ。親のサイモンを筆頭族長に押し上げる原動力となった。
自然体のライラに対して、腰を落として重心を下げたフォイルがすり足で右へ右へと回っていく。
他の人狼や人虎が二人の戦いに割って入ることはない。拳聖同士の戦いに割って入ったとて、邪魔になることはあっても利することなどない。故に、残った人虎達はスノウとそれを守る者達を取り囲んでいた。
スノウの腕には水晶があった。最初はブルーがしていたように、背にくくり付けようとしたのだが、布を通しての波動にスノウが反応して胃の中のものを吐いてしまった。他の者も試したが、それ以上に非道い結果で、昏倒する者までいた。
分厚く布を巻いて、腕に抱けばまだましだと分かってここまで来たのだが、それが徒となって、今はスノウの頭は朦朧としている。鞍上にあるのがやっというところで、よくも今まで一団の速度についてこれたものだと、その気力の強さに周囲が舌を巻くほどであった。
そんなスノウを守るのはザロの手下で、スノウと水晶は大事な金づるであるため、取り囲んでいる人虎に対しても蹄にかけるふりなど牽制を与えて、人虎を用意に踏み込ませていなかった。
スノウにまともな思考があれば、魔術を使ってや、指揮をしてこの包囲そのものを破る事は可能であったかもしれない。
そんなスノウの脇にはローダン商会の支店長補佐であったウルがいた。いかに戦いに長けた獣人であっても、生来の気質として、ウルは戦い向きではない。ただ、周囲の戦意に怯えて震えていた。そして、ふと見ればライラとフォイルが向き合っていた。
きっかけはライラの視線がフォイルから外れた事だった。じりじりと回り込んでいたフォイルが、ライラの視界から外れようとしたとき、何故かライラはスノウの方へと視線を向けたのだ。
見逃すフォイルではない。だが、罠ではと頭の片隅に浮かぶが、ままよとばかりに踏み込み間合いを詰める。大ぶりなどしない。踏み込んだ足を軸に、腰を中心にして上半身を回転させて、肩から真っ直ぐ拳を突き出す。踏み込んだ勢いと、上半身の回転、そして腕で放つのではなく、肩を起点にして打ち出したがため、すべての運動エネルギーと腕力が拳に乗っている。
行ける!
刹那の瞬間、フォイルはこの拳の一撃で、ライラの魔力が剥がれると判断して、拳が当たった瞬間に、上半身の回転を下半身へと伝えるべく、動作を始めた。それは二撃めの蹴りをいれるため。フォイルは普通は一カ所しか硬化出来ない魔力を、複数箇所で行える。フォイルを剣聖たらしめる由縁だ。
だが、フォイルは下半身への動きの転化を行うことなく、懸命に後ろへと飛びすさることになった。だが、それも出来ない。なぜなら、スノウに視線を向けたままのライラがフォイルの腕を掴んでいたからだ。
拳がライラの顔紙一重の位置で静止していた。
「馬鹿な!」
あり得ぬとフォイルが叫ぶ。拳を捌かれる、身体をずらして避ける、拳を受け止める、それらは十分に考えられる。だが、ライラの手はフォイルの手首をしっかりと握り込んでいる。つまり、そこに手首が来ることが分かっていたのだ。
動体視力や反射神経がどうのという問題ではない。いや、そもそも視線すら向けていないのだ。
フォイルは腕を捻って逃れようとするが、ぴくりとも動かない。ならばと蹴りを入れるが、あっさりと足で防がれる。
フォイルとて、自分が剣聖である自負がある。残った腕を振るってライラの顔へ拳を突き立てようとするが、これも手首を掴まれることに。
ライラはフォイルの両手首を握って投げようとするが、そこはさすがにフォイルも腰を捻ってそれを躱す。
「貴様、化け物か」
「そうだな、良く言われるから、そうなのかもしれん」
ぎりぎりと力を振り絞っているが、膠着している二人の耳に、小さな悲鳴が上がった。
社畜男:「あれ、俺の出番は?」
わんわん:「見捨てられたんだろ」
幼女もどき:「そうかもしんない」
いえ、そういうわけでは……
次回、明日中の投稿になります。




