3-17
引き続き、
第3章を投稿いたします。
よろしくお願いいたします。
街道は森の中へと入っていた。街道の規模は変わっていないが、両脇にはうっそうとした木々が生えている。
街道が広いため、森を抜けている感覚は薄いが、やはり圧迫感がある。
「不味いな、国境を越えたぞ」
追いかける水晶は、僅かに止まっただけで、あっさりと国境の検問は通過したようだ。
距離はかなり詰めたものの、検問で時間を取られると、また距離が開いてしまう。
焦るな、とアキラは自分に言い聞かせていると、森が途切れた。
目前に再び草原が広がる。
遠くには国境の砦と、アヌビアス族長協同国の地があった。
突然周囲が開けたため、すこし感覚がおかしくなるが、鐙を踏みしめて耐える。
国境に近づくにつれて、街道を歩く人が増えていく。襲歩から駈歩にしてスピードを落とし、検問へと近づいて行くと、ゲートの前で大きく手を振る男を見つけた。
男は近寄ってきたアキラ達に、国境に駐留しているローダン商会の者で、会頭であるローダンより伝書鳥で連絡を受けたことを伝えた。
すでに出国の手続きは終えており、アヌビアス族長協同国側の入国も、ローダン商会に席をおいている書類を示せば、すぐに通れるように手配済みだと。
男の言うとおり、精霊馬から降りることもなく、ただゲートを潜って協同国に入る事ができた。
アキラはローダンに感謝しつつ、再び速度を上げていく。
この様子だと、もうすぐ水晶に追いつける。そうアキラが考え、監視の目が行き届くように作られた草原から森に入り、しばらくしたところで気づいた。
周囲に人がいないことに。
その答えが、前方に立ち塞がる獣人達であることに気づいた。
ばらばらと、道を塞いでいく屈強な獣人達に、アキラ達はあわてて精霊馬の速度を落とす。
「道を空けてくれ!先を急いでいるんだ!」
だが、そんなアキラの言葉にも動こうとしない。見れば耳の形から狐の獣人、人狐である事が分かった。
人狐の中から、一人が前に出てくる。背は低く、痩せぎすであったが妙に存在感があった。
「私は人狐の族長を務めているミッチェル・テイルという。しばらく街道は閉鎖させてもらう」
「俺たちは道を急ぐ!通してくれ!」
「我らとて、諍いは好まん。しばし、おとなしくしていただこう」
そのミッチェルの言葉に、街道を閉鎖している人狐達が構えをとる。武器を構えていないが、明らかに無手の格闘術に長けた者たちであることが分かった。
「何故だ、なぜこんなことをする!」
「人狼には恩ある故、我らの恩返しに少しだけ時間をもらえるか?」
ぎりっと、ミッチェルの言葉にアキラの歯が鳴る。
リーネが手綱を握るアキラの手に、自分の手を重ね、ツキは精霊馬を寄せてきた。二人は同じように首を縦に振っている。この場はこの人狐達に従おうと。
喉を振り絞るがごとく、アキラは言葉を返す。
「分かった……」
精霊馬達を屈強な獣人達が取り囲む中、アキラ達は降り立った。乱暴を働く様子はないが、こちらが暴力に訴えかければ、容赦はしてこないだろう。
アキラとツキの持つ、手綱が奪われ、森の中へと入るように促される。
周囲を固められて森の中を進む。
獣人は専業の兵士や騎士は持たないという。必要ないからだというが、獣人が平和な民であることではなく、成人した男女すべてが兵であるからだ。
一般に招集された兵は弱く士気も低いと言われているが、獣人には当てはまらない。戦いが始まり、軍が派遣されるとなると、兵が集められるが、それだけで人の専業兵士並みの働きが出来てしまうのが獣人なのだ。戦闘のための生命体と言っても過言ではないだろう。
そして、今ここでアキラ達を囲んでいるのは、その獣人達の中でも精鋭と呼ばれる者達に違いなかった。落ち着いた物腰に、周囲への警戒を怠らない様子。
森の中を歩きながら、アキラは懸命に獣人達を見ていた。
幸い、武装解除はされていない。人狐は彼らの言うとおり、一時だけ街道を封鎖出来ればいいのだろう。
しかし、このままでは水晶との距離が増すばかりだ。
背後から追ってくる族長のミッチェルをアキラは振り返る。
「街道を閉鎖するのは、人狼に頼まれたからか?」
「先にも言ったが、我ら人狐は人狼に恩があるでな」
「人狼は何故そのような事をあなたたち頼む?」
ミッチェルは首を左右に振る。
アキラは今の会話で、人狐は水晶のことは知らずに、ただ人狼に従っているだけなのかと考える。
その時、前方の視界が開けた。
目の前には畑が広がっている。ただし、そこには実りはなかった。
「……畑が荒れている」
「そうだ、すぐに我らが飢えることはないが、どこまで備蓄が続くか」
アキラのつぶやきを聞いたのか、追いついて横に並んだミッチェルが応えた。
他国からの輸入と言いかけたアキラは、帝国も深刻な不作に見舞われており、財団は将来に訪れるかもしれない災いに備えていることを思い出し、何も言えなくなった。
「サイン様がいらっしゃれば、このようなことも無かった」
「今は協同国から離れていると聞いたが」
ミッチェルは頷いて、アキラに言葉を返す。
「大精霊に見限られたと思っていたが、人狼の筆頭族長は違うという。そして、人狼には策があると」
詳しくは知らぬがと。
恐らくは、人狼は水晶を使って、この災害を止めようとしている。それがどんな方法であるかは分からないが、関係しているのは確かだとアキラは考える。
もしアキラの考えが正しければ、協同国ばかりでなく、帝国までも水晶一つで助かる事になる。まだ、飢餓には至っていないが、徐々に作物の値段は上がってきており、民衆の懐を痛めつけ始めている。
アキラが諦めれば、多くの民衆の苦しみを消せるかもしれないのだ。だがそれは、レインを見捨てるということ。しかし、レインと多数の人々とどちらが大事なのか。間違いなく大と小のどちらを捨てるかの問題だ。
あの夜、たき火の前で言っていたのだ。
『……いつか、一振りの刀の話しをしたいです』
それを聞いてやると約束したではないか。
腰の大太刀の鞘を、アキラは強く握りしめる。
引き返そう。無かったことにするのだ。アキラは奥歯が割れるほどに噛み締める。
そのとき、風が吹いた。銀糸がアキラの頬を撫でる。
いつの間にか、ツキが横に立っていた。
ツキはじっとアキラの顔を見つめている。何も言わない。ただ、ただ視線を向けてくるだけだ。
「……レインは許してくれるだろうか」
「さぁ、どうでしょうか。私には分かりません。ただ、どちらかを救うのではなく、どちらも救うのが、私は正しいとは思います」
その言葉の意味を考えるアキラ。
ツキの手の平が、視線はそのままでアキラの頬をそっと撫でる。
「高みに登りなさい、きっと見えてくるものがある。高く高く手を伸ばしなさい、きっとつかめるものがある」
横にやって来たリーネが、無言でアキラの手を握った。
ブルーが前脚でアキラのすねを叩く。
そして微笑むツキ。
アキラは強くまぶたを閉じる。そして、大声を上げた。
「人狐の族長!俺たちは先に進むぞ!」
斬って捨ててでも、ここを通ると言わんばかりに、アキラは大太刀の柄を握る。
それを見たミッチェルは、しばらくじっとアキラを見つめているが、やがて一つため息をついた。
「義理は果たした。戦えば、お互い傷つこう」
行けとばかりに、人狐達は左右に別れて道を作る。精霊馬の手綱も戻された。
「良いのか」
「頼まれていたのは、街道の封鎖だけだ。封鎖破りと戦い、我らの仲間を失うほどの恩は受けていない」
分かったと、アキラ達は精霊馬に乗り、その場を後にするのだった。
森を抜け、街道に戻ったアキラ達は、人狐が閉鎖したおかげで人のいない街道を全力で駆ける事が出来る。
先よりは距離は離されていたが、今の街道の状況が続けば、無駄にした時間を取り戻すのはすぐだ。
「スプライト!スピリット!お前達の本気を見せてくれ!」
砂塵を巻き上げ、精霊馬が本当の全力で駆け始めた。鞍上のアキラ達が落ちてしまわぬように、精霊達が結界を張る。空気を裂き、地を割り、矢の如き駆ける。
本気を見ていろとばかりに。
幼女もどき:「大逃げと、追い込みとどっちが好き?」
社畜男:「スタートの時、ゲート内で立ち上がるのが好き」
葦毛:「にやり」
わんわん:「??」
昔から大好きです。
次回、明日中の投稿になります。