3-14
引き続き、
第3章を投稿いたします。
よろしくお願いいたします。
財団 商都リアルト ローダン商会倉庫
カフェでリーネとツキが甘味に舌鼓を打っていたころ、ペノンズはローダン商会の倉庫の中で、せっせと検査を行っていた。
持ち込んだ簡易の測定器と部材、現地調達した部材で即席の治具を作って、それに並べられたコードの束を繋いでいく。
コードを繋ぐと、精霊に呼びかけ、魔術を施してコードの性能を測定して値を記録していく。
鍛冶師とは、単に槌で鉄を叩く者から、槌を振るいつつ魔術行使で鉄を叩く者までいる。ペノンズは間違いなく後者の方であり、王国のみならず帝国でも上位に位置する鍛冶を行う技術者であり、特化した魔術師であった。さらには精霊工学士でもあった。
「良品がとれんのう」
今しがた測定が終わったものを、不合格の箱に収めながら、ペノンズはぼやいていた。不合格品といっても、ペノンズにとっては不合格であり、通常の製品としては十分に流通させて問題ないもので、粗末な扱いをするわけにはいかなかった。
未検査品の中から新たな品物を取り出し、目を凝らしてコードの断面を観察する。この時も拡大の魔術を行使しており、表面の状態を検査しているのだ。これに合格して、ようやく治具に接続となる。
次の測定の準備が整った時に、背後から声がかけられた。ローダン商会からペノンズにつけられたウルであった。
「ペノンズさん、そろそろ休憩でもいかがですか。朝からずっと検査のしっぱなしですよ」
ペノンズが振り返ると、プレートにポットとカップ、それに皿に乗せられた焼き菓子を持ち立っていた。
「おう、ちょっと待ってくれ。こいつを終わらせて一区切りじゃ」
そう言って、魔術を発動させ、値を記録する。その様子をウルがじっと眺めていた。 ペノンズは検査が終わった品物を箱に収め、手袋を脱ぎながら立ち上がった。
「なんじゃ、検査が珍しいか」
「検査そのものは幾度か立ち会ったことがあるので、それほど珍しくはないですが、ペノンズさんは鍛冶師とうかがっていたのに、とても器用に魔術を使われますね」
「ふん、魔方陣も出ぬ、半端者じゃて」
そう言って、ペノンズはウルからカップを受け取った。
立って休憩もなんだからと、ウルとペノンズは手近に用意されていたテーブルに着いた。
「やはり、良品がとれん。一度工房の現場を見たい」
人様の工房のやり方に口を挟むのはしたくないのだがとペノンズはぼやく。
「気にしない方が良いですよ。工房の親方達は皆、ペノンズさんの名前を聞いて、ぜひにということですから」
「買い被られとるのー」
照れるでもなく、ただの感想のようにつぶやいたペノンズはカップに口をつける。そんな姿に、ウルがいつでも工房へは顔を出せるようにしてあると告げ、ペノンズはそれにはアキラが同行する旨を伝えた。
「しかし、あの透明な石はなんですか?」
治具に組み込まれた水晶を見ながら、ウルがたずねてくるが、ペノンズは渋い表情を浮かべる。
「詮索はせんことじゃ。それがお前のためじゃぞ」
身を慮ったペノンズの言葉に、ウルは生返事をするのだった。
ペノンズとウルが休憩中の時、倉庫の外、細い路地にいくつかの人影がうずくまっていた。すべての人影は紺のマントにフードを被っている。
言葉も交わさず、手の動きだけで意志を伝え合う。
一つの人影、集団の中では一際小さなもののマントから、白い手が現れた。
しばしの集中の後に魔方陣が浮かび上がり、何かの気配が倉庫全体を覆う。
魔方陣を浮かべている者が、フードの中で頷き、それを見たもう一つの人影が、小さく手を振った。
すべての影が動き出した。
硬質な音を立てて、ソーサーにカップが置かれた。
「何やら起こったぞ」
そのペノンズの言葉に、ウルが耳を動かしながら、周囲を見回す。
「何も感じませんが」
「精霊が何かをしとる。呼びかけ方が上手い、わしも何かとしか分からんわい」
用心のために、警備の魔術師を呼ぶようにとペノンズはウルに言うが、それに首を左右に振って答えるウル。
「今日はたまたまですが、支店で大きな取引がありまして、そちらに魔術師全員が行ってるんですよ」
「それは誰の指示じゃ」
「支店長です」
あごひげを一つ撫でたペノンズは立ち上がり、検査をしていた現場へと戻ると近くにおいてあった、愛用の槌を手に取った。
倉庫の外、先ほどの細い路地には、二つの人影が残るだけだった。一つは白い手をマントから突き出して、魔方陣を維持している。もう一つの人影は周囲を見回している。
僅かの間、沈黙が流れる。
やがて、タイミングを計り終えたのか、周囲を見回していた人影が、白い手の人影に頷きかける。
二つ目の白い手がマントから突き出されると、二つ目の魔方陣が浮かび上がった。その瞬間、倉庫の中は闇に包まれた。
最初の魔方陣は隠蔽の結界を生み出していた。ただし、恩恵があるのは白い手の人影の回りにいた者だけで、倉庫の中にいた者は認識出来ない。
そして二つ目の魔方陣は、闇を倉庫に生み出す。これは一つ目とは逆に、倉庫内部にいる者に影響を与えて視界を闇に塗りつぶしてしまう。
倉庫の中が、にわかに騒がしくなる。ただ、それほど人はいないために、大きな騒ぎではない。
窓から、ドアから、マント姿の者達がどんどん中へと入っていく。そして、目につく者を片端から魔力を剥ぎ、更に首筋を薙いで昏倒させていく。
静かに手早く行われていった。
闇に覆われたとき、ペノンズはすかさず対抗して精霊に呼びかけるが、なかなか通じない。精霊が他の魔術師の呼びかけに応えているため、ペノンズの呼びかけに応える精霊が少ないのだ。
周囲を見回したり、動いても無駄だと知るペノンズは、急な襲撃に備えて槌を構え、精霊に呼びかけ続けた。回りからは作業者のための事務室や、警備室あたりから、くぐもった声や衣擦れの音が微かに聞こえてくる。
昼日中の襲撃。ペノンズはやられたと思っていた。注意はしていたつもりだが、日のある内は大丈夫だと少々油断していた事は否めない。
明るい昼間の襲撃は無謀かというと、実はそうでもない。逆に夜間に襲いかかる方が、される側も警戒しているため、難易度が上がる。
アキラのいた元の世界でも、ナイトビジョン等の暗視装置が普及するにつれ、夜襲の有効性は駆逐されていく運命にあった。敵方の油断が期待できる昼間襲撃にも有効性が見込めるようになったのだ。特に、闇を作り出せる魔術が存在すれば、なおのことだ。
不意にペノンズの視界が開けた。ようやく精霊が呼びかけに応えたのだ。ただし、上手く隠れているのか、まだ魔術の影響にあるのか、侵入者の人影を捉える事が出来ない。ペノンズは隠蔽の魔術までは気づけなかった。
そんな時、ペノンズが急に槌を振り回した。
闇雲に振り回したわけではない。感じた気配に反応したのだが、何の手応えもなかった。ただ、小さな舌打ちだけが聞こえてきた。
ペノンズはすぐに水晶の上に覆い被さる。だが、それも一瞬で、衝撃に魔力が剥がれたことを知った。そして、後頭部への打撃。
気を失う寸前、ペノンズは見た。
水晶を持ち上げたマント姿を。
隠蔽の許容量を超えたのか、水晶を持った瞬間にそれは姿を現した。そしてフードの中が覗き見えたのだ。
獣人だった。
今回は突っ込みどころを見つけることが出来ませんでした。
精進いたします。
次回、明日中の投稿になります。




