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【帰還篇完結】黒い月と銀の月  作者: 河井晋助
第1章 天使(エンジェル)
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1-6

誤字脱字、直しつつ始めて行きます。

どうか、お付き合いのほど、よろしくお願いいたします。

モス帝国 帝都ロンデニオン

 帝都の名を冠したロンデニオン城。その一角の広いとは言えないが、華美ではなく、贅をこらした執務室に置かれた机で、男が書類に目を通していた。

 この執務室の主であろう男が口を開いた。

「麦、野菜の値が昨年対比で上がっているな」

「エリオット殿下に申し上げます。天候不順と天災に加えまして、例年にない気温の変化、これらによりまして、平年と比べまして半分以下の収穫しか得られておりません」

「予測通りではあるな……」

 見ていた書類を机の上に投げ出し、エリオットは机を挟んで立つ男、あまり地位も高くなく、名も知れぬ財務官僚をにらんだ。

 何のための官僚か。

 天災は言わんや、天候不順も気温の異常も、すでに分かっていたことではないか。収穫量の減少など見越しておくべきだろう。

「父上、いや帝王陛下と皇太子殿下は何か策をお持ちか?」

「いいえ、殿下の指示に従えとのことです」

 かろうじて、舌打ちをこらえるが、表情をゆがめることは止められないエリオット。

 国の柱たる帝王、次代を担う皇太子も、政務にはことごとく興味を示さない。理由、簡単な話である。このエリオットが優秀であったからだ。

 権力には興味を示さず、何故か政務と軍務には熱心に関わってくるエリオット。

 己達のメンツも潰さず、表面上は服従の姿勢をとるエリオットに、台頭してきた時には警戒をしていたものの、献策し実行するものが、すべて良い結果を生み、国は豊かとなり、繁栄を謳歌する様を見て、今ではほとんどの国政を任せていた。

 さすがにエリオットも許可が必要だと思われる案件は、帝王と皇太子二人の前で報告を行う。その場で二人は思いつきであろう案などを述べたりするのだが、表面上従い、笑みを浮かべるエリオットは右から左へと聞き流し、策に極力影響のないよう、上辺だけをとりつくろい、策のなかの片隅に取り入れるだけだ。

 事実上の国主といっても良いが、エリオットは表舞台に立つ気はなかった。今の帝国では、そのほうが国政を操る上で都合が良いからだ。

 血筋、それが理由。

 古い歴史を誇る帝国では、表に立つ帝王や皇太子に貴種の血を求める。それ以外の血が混ざった場合は、平民貴族ともに騒ぎ、過去には乱のもとにすらなった。

 エリオットを生んでくれた母親は平民で、帝王の愛妾にすぎない。彼は父親の血筋から第二王子として教育を与えられて育ったが、タイミングをみて、王族からは離れ、大公家を立てることになるだろう。いくつもの婚姻が繰り返され、長い時代の先には、新たな大公家も貴種と見なされるかもしれないが、それが果たされるのはいつの時代であろうか。

 さらには、口の悪い宮廷雀などは、本当の種は誰なんだろうかと陰でのたまう始末。それを耳にするたび、帝王すべてについての評価が低いエリオットが、唯一高評価をつけている母への深い愛情と思いやり、それに添い応えて支え、決して表には出ない母の貞節を思い出すのだ。

 母が平民出身でさえなければ。

 正妃は無理でも、何番目かの側妃に迎え入れられていたものの。だが、エリオットにとっては悔しいものではない。ただ、ただ、日陰に生きる母の安寧を願い、帝国を守り繁栄させる。

 そして、もう一つ。

 成人前の学び舎での友との語らい、約束。

 権力や欲ではなく、ただ自国の民の幸福を守る。そのために、他国と戦い蹂躙することになったとしても、生まれた国そして民を守り慈しむと。

 自らの、生まれという責任を果たすと。

 今になって報告されてきた、エリオットにとっては今更だが、食料価格の高騰については、小麦等の基幹作物の国家備蓄や軍の兵糧を使っての市場への介入、僅かに食料の値が上がっただけで困窮してしまう貧困層への配給などは、指示がなくとも、官僚達が判断して実施するであろう。

財団(ファウンデーション)は、どんな様子だ」

 国家として決断すべきは、対外的なもの。

 まずは注意すべきもの。財団(ファウンデーション)とは名乗っているが、実態は商人達が、議会運営をはじめとして三権を有する、それなりの大きさの領地を経営する国家である。

「自国の産物を外に出さず、帝国周辺の国、近隣諸国の余剰は高値で買い集めている様子でございます」

「いつからだ」

 官僚が言いよどみ、ハンカチを取り出して額の汗を拭う。

「殿下の注意をいただきました時からでございます。ですから、今から一年ほど前になりましょうか」

 答えぬ訳にはいかなかった。官僚自らと、属する省の無能を示す言葉を苦しげにしぼりだした。

 注意は与えられていたのだ。省として手つかずにしていたのにも、何らかの理由があるのだろう。

 だがしかし、鋭い言葉での叱責を覚悟して、額を拭い続ける官僚。本来ここに来るべきはずの上役を呪いつつ。

「……ふん、ミュールか。はしこいことだ」

財団(ファウンデーション)で陣頭に立つのはミュール・リリス殿かと思われます」

 帝国において、食料の自給率は悪くはない。いや、平素であれば輸出が出来るだけの収穫量を誇っている。だからこその官僚達による失策と言える。しかし、予兆はあったのだ。

 現状のままに、財団(ファウンデーション)に好き勝手させる訳にはいかない。帝国の外交策を定めなければならないと、譲歩と恫喝、すべての手段を念頭にして、エリオットは考えに沈む。

「どうやら、お困りのようね」

 突然の言葉。

 現れた、薄衣をまとった女の背には、光沢を帯び、虹色に変化する、光輪のごとき薄い翼がゆっくりと動いている。

「シル様、あまり勝手に入ってこられては困るのだが」

 一応文句を言うエリオットだが、それをとがめることも止めることも出来ないことは承知している。彼女こそ、帝国に住まう、シルあるいはシルフと呼ばれる風の大精霊シルフィードだからだ。

 帝国あげてその身を崇め、奉っているシルフィードが何の予兆もなしに、執務室に姿を現した。

 どこにでも現れ、どこへ入ったとしても咎められる事はない。

 さらには、たとえシルが帝国の臣民達の前で、帝王の頭を張り飛ばしたとしても、驚きはしても咎められることなく許されるのだ。もちろん、空気を読んでいるのか、今までそんなことはなかったが。ただ、エリオットは自分の生きている時代に、やらかすのではないだろうかと思っているが。

 いきなりの出現にも慣れているのか、エリオットは落ち着いたものだ。

 ただ、ぞんざいに座ったままでは官僚の手前、不味いと思ったのか、礼法に乗っ取り、椅子から立ち上がったエリオットは恭しく頭を下げ、手で合図を送り、膝を素早くついて平頭する官僚を外へと追い払う。

 この場からだけだが、叱責を逃れる事ができ、這々の体で官僚は部屋から飛び出していった。

 それを見送ってエリオットとシル。

「シル様なんて呼ぶのは止めなよ。あんたんとこの親父と兄貴は呼び捨てだよ」

 町中に住まう、どこぞの家族のように言っているが、それは帝王と皇太子を差してのこと。しかし、シルが続けて言うには王族、特に帝王が大精霊に対して、なれなれしく呼び捨てを始めると、帝王の御代の終わりが近づいている証拠で、それは自分の経験則なのだと。

 頭痛がするのか、こめかみをぐりぐり揉みほぐしながらエリオットが言葉を返す。

「それ、絶対に他では言わないでくれ」

「分かってるよ。場所くらい弁えているさ。たださー、あのスケベ皇太子はどうにかした方がいいよ」

 ここぞとばかりに、シルが言い立てる。

 どうやら皇太子から夕食に誘われて、普段であっては即座に断るのだが、そのタイミングにおいて上機嫌であったため、シルは了解して同席したのだと。

 そして、やはりというか、その席で事もあろうか、色目を使われ、こっそりとではあったが閨に誘われたのだという。

 エリオットは、頭を抱えたくなった。心のなかで「あの馬鹿皇太子が!」とつぶやき。

 確かに、街の踊り子か娼婦のごとき、肌を多くさらす、扇情的な衣装を身にまとっているが、エリオットはシルの身持ちの堅さをよく知っている。

「言ってやったよ。『掘ってほしいのかい?』ってね。あのスケベ、顔を青くして逃げていったよ」

 けらけらと笑うシル。

 本来は精霊に性別はない。ただ、星の精霊が人の形をとるときに、女性となることを好んだことから、その子達である精霊もならっているに過ぎない。

 なろうとさえ思えば、男にもなれるのだ。

 ただ、長く女性の形をとっているため、精神のありようも本質的に女性であることが多い。というか、ほとんどすべてだ。

 男になったシルと皇太子の、ベットの上での惨状が頭に浮かんでしまったのか、エリオットは両方のこめかみを揉み始めた。

「頷いていたら、どうするつもりだ」

「そん時は、そん時だよ」

 天を仰ぐエリオット。

 しかし突然、シルの戯れが一切混じらない言葉に、素早く彼女へ視線を向けた。

「ブルーが近々だよ」

「……スカイドラゴンが?」

 エリオットの机に近づいたシルが、行儀悪くも天板にゆったりと腰を下ろし、見せつけるようにして足を組んだ。目の前すぐで、露わになった太ももに、目もくれず、エリオットは口元に手を当てて考え始める。

 シルは前屈みになり、上からエリオットの目をのぞき込んだ。

「一応、盟約に含まれている。だから教えてやる。おまえ達にとっては初めてだろうが、始まる時と期間はいつも通り不明。歴史書でも開けなよ」

 歴史を動かす出来事、それが分かるのだと。精霊には、始まる時の予兆とその始まりを感じられるのだと。

「……状況、が変わるな」

「そう、事もあろうに、あの偉大なるドラゴンのリセットだ。何かが始まるさ」

 過去の歴史を学ぶことを良しとする。だからこそエリオットは事の重大さに気づいている。

 考え込むエリオットの前で、シルは一つうなずき、言葉にせずにつぶやいた。

(それだけでは、ないけれど)

 目の奥にあって隠されているシルのうっとりとした、うきうきとした、そわそわした表情に気づかずに、エリオットは考えを深めていく。

次は、今日の夜中か明日か明後日になりそうです。

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