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引き続き、
第3章を投稿いたします。
よろしくお願いいたします。
機能一辺倒の荷馬車の中にあって、その豪華さから浮いていた馬車からローダンが降り立った。すぐさま姉妹の元へと向かうと、深々と一礼し名乗りを上げる。姉妹が協同国の姫達である事は、見るなりすぐに解ったようだ。そのあたりの情報通ぶりもそうだが、いつもながらの、高い身分の相手でも臆する事がない様子にアキラは感心するが、それよりも驚いたのは姉妹の慌てぶりだ。
「あの大商会のローダン会頭自ら、このような場所に?」
スノウの言葉に、ローダンがにっこりと笑いかける。
「ええ、スカイドラゴンにはご贔屓いただいておりますので」
更には、この件はご内密に願いますとウインク一つ。
男装の麗人の、その可憐な仕草にスノウがやられる。白い頬が真っ赤に染まって挙動が怪しい。
そんなやりとりの間に、リーネに死骸を守護地から外に出すようにアキラは頼み、精霊馬へ向かって走り出したリーネの背を見送った。
ライラとの握手を終えて、ローダンがアキラに視線を向ける。
「坊や、ここで解体を始めるけど、最後まで監督するのでしょうね?」
それは商人として、売主として当然の行為だろうとばかりに。
「もちろんだ、姉さん。今、リーネが境界から引っ張り出すから」
その会話を聞いていた姉妹に、再び誤解が生じる。ローダンとアキラが姉弟であるのかと。これには対応が慣れ始めたアキラが、すぐに商売上の師匠と弟子の関係だと簡単に説明する。
しかし、ドラゴンが世話をする者であり、大商人ローダンの弟子であるアキラは何者かと、姉妹は疑惑を深めている様子。
まさか異世界転移してきたと言うわけにもいかず、いろいろと説明が難しくなるので、放置するアキラだった。
解体の段取り打ち合わせを終えたアキラは、姉妹達の状況を説明してから、ローダンと姉妹に提案を行う。
「妹姫の体調から、一度王都で休まれては?」
旅は続くのであろうが、解体を終えて引き上げるローダンに同行して、設備の整った王都の宿で、一度休まれてはどうかとアキラがローダンに相談し、いかがですかと姉妹にたずねる。
ローダンはもちろん快諾し、少し相談した後で姉妹もうなずく。
「お忍びになるだろうけど、姉さんどうする?」
「王子へ、それとなく伝えておくわ」
ぼかして伝えたつもりのアキラだったが、しっかりとローダンは理解して、手はずを整えると約束した。
さっそく立ち上がったテントへ、休ませるために姉妹達を送り出したローダンが、アキラに顔をしかめて見せた。
「またやっかいなのを拾ったわね」
「拾ったわけじゃないけど、出会ったものは仕方ない」
ローダンの情報によれば、姉妹達の言うとおり、協同国は内紛状態にあるという。現在の段階では、族長レベルで揉めているだけで、戦闘までには至っていない。ただ、帝国と財団が各々族長達に援助しているため、複雑怪奇に入り乱れた代理戦争の様相を呈しているのだと。
「けっして劣った国力じゃないけれど、それは協同国としてまとまっているからよ。獣人各種族が独立となると、帝国と財団に良いようにされるわね。だから、協同国本国と関わるのは、出来るだけ避けなさい」
「解った、気をつける」
その時、死骸を作業者達に引き渡したリーネが、精霊馬と共にやって来た。解体作業と荷造りに明日いっぱいかかるようで、ここを出発するのは明後日になるようだと報告してきた。
それを聞いたローダンが、いやもともとそうするつもりだったのだろうが、テントの提供を申し出てきた。アキラとしては、リーネをローダンに預けて、自分はキャリアーで寝るつもりだったのだが、それをリーネが反対してきた。
反対する理由が、一人になるのは嫌だ、といったものだ。いや、もう大人なんだから大丈夫でしょう、とアキラは言いたかった。ちなみに、この世界、十五歳で大抵は大人と見なされる。リーネはどう見ても十代半ば以上、時折出る落ち着いた言動の時は、十代後半どころか、二十代半ばでも通用するとはアキラの意見である。言動だけで言えば、十代未満の時もあるのだが。
あまり強くも反対できず、しぶしぶアキラはうなずいた。それをリーネとローダンが満足げに笑っていた。
夕食はローダンや姫の姉妹、もちろんリーネと一緒のテーブルでとった。食事の内容は、作業者達と一緒のようだが、その作業者達の一部が、しきりにアキラやリーネの髪に視線を向けてくる。向けてくるばかりか、当てこすりのように大声で嫌みを言っていた。これがアキラは嫌で、キャリアーに一人で泊まろうと思っていたのだが。
作業者は、王都で集めたフリーの者達が多く、当然中にはローダン商会に初めて雇われる者もいるわけで、そう言った、いわゆる事情がよく分かっていない者が視線を向けてきたり、嫌みを言っているようだ。
さすがに、ローダンが同席しているので、絡んで来る者はいない。絡んで来たとしても、それがたとえ暴力沙汰になったとして、アキラやリーネにとっては問題ない。
そういった周囲の騒がしさも、食事が終わる頃には静かになっていた。
食後の茶を飲んでいるとき、話せる事が少ない、また聞かれても困るアキラやリーネは、必然と獣人姉妹への質問が多くなる。
「俺の偏見かもしれないけれど、協同国で農耕が盛んなのは驚いた」
「あながち、偏見ではないのですが。獣人はもともと狩猟で生きてきましたが、大精霊のゴサイン様やノーミド様との出会いで、農耕を知り、特にゴサイン様の指導で農耕を発展させました」
スノウが獣人の歴史を語る。狩猟で生きてきた獣人は、大精霊の「このままでは、獣人に進歩と進化は望めない。より安定した暮らしをしたいなら、自然に寄り添った農耕や牧畜を行うべきだ」との言葉に、それを受け入れた種族から豊かになっていき、次第に農耕と牧畜を主にする生活へとシフトしていった。
ただ、やはり、根っこが狩猟を行う種であるため、狩猟のうまい者が尊敬されたり、文化的にも狩猟に関するものが多いそうだ。
もともと精霊への信仰が獣人は強く、大精霊の言葉を受け入れられやすい土壌はあったのだろう。
「なるほど。それじゃ、協同国にはゴサインやノーミドが住んでいるのか?」
王国や帝国に大精霊が住むのと、アキラは同じだと思っている。
だから、それに首を振ったライラとスノウの悲しげな表情は意外だった。
「協同国に住まう大精霊はいません。ゴサイン様は去り、ノーミド様は時折訪れてくるだけです」
「だから、ノーミド様が来られたときは、国をあげての騒ぎになるんだ」
精霊への信仰が厚い獣人だ。それだけでは悲しかろう。
沈んだ雰囲気を変えようと、ローダンが口を開いた。
「スカイドラゴンの事を話してあげれば」
「うーん、食べては寝ての繰り返しだから、話せることはないかな。基本、怠け者だし」
こてんと首を傾げたリーネが答える。その答えた内容を意外と思いつつも、精霊と並んで信仰の対象であるドラゴンであっても、そう、大げさなことをしている訳でもなく、普通に暮らしていると聞いて、獣人の姉妹は微笑んだ。
作業の監督と言っても、ただ見ているだけで、何か指示したたりするわけでもなく、アキラはリーネと一緒に椅子に座っていただけだ。それでも作業から目を離す訳にもいかず、アキラは座り続けていた。リーネはというと、アキラの話し相手をしていたかと思うと、「魔術の練習-」とか言い出して、自分が練習するのではなく、アキラに発動させて、いろいろ教えていた。
アキラも努力をしているのだが、未だに魔方陣が出てこない。魔術そのものは発動して、火を指先に灯したり、手の平から水をちょろちょろと出したりしていたが。
獣人の姉妹達は、ローダンと一緒にいることが多かった。大商会の会頭と知り合ったことで、話しを聞くばかりではなく、いろいろな商談の可能性を探っているようだ。ただ、それもスノウが主で、ライラは護衛のような位置取りであった。
解体された死骸の一部は馬車に積まれ、いっぱいになれば、すぐに王都へ送られており、最後の一台が先ほど出発したところだ。
ライラとスノウはローダンの馬車に同乗するために、最後まで残っていた。
「それでは、また会う機会があれば」
出会った時とは違い、ライラとアキラはしっかりと握手をして分かれた。いつの間にか、大分仲良くなったようで、リーネとスノウが抱き合って別れの挨拶を交わしていた。
ローダンの馬車を見送り、アキラの腕に抱きついていたリーネが顔を見上げていた。
「さあ、帰ろう」
「ああ、帰ろう」
二人で我が家へ。言葉を合わせて。
ローダンの馬車には、ライラ、スノウが同乗していた。何気ない様子で、ローダンが二人にたずねた。
「どう、アキラとリーネちゃんの腕前は?」
「気づいておられましたか」
ライラは苦笑を浮かべるが、スノウは真剣な表情だ。
「姉さん、私も聞きたいわ」
「そうか。率直に言うならば、アキラは大した事はない。剣が振れる程度の腕前だ。リーネ様は、巫女姫とはこの程度かといった印象だな」
敵対することはないだろうが、万が一戦ったとしても大丈夫だとライラは答えた。
「姉さんの言うことだから、信じるわ」
スノウにも微笑みが戻る。
その二人を見たローダンがにっこりと笑った。
ばれてはないようだと。
こんな感じでしょうか。
姉狼:「チョロい」
妹狼:「チョロいのか」
会頭:「にやり」
てなことで。
次回、明日中に投稿いたします。




