3-2
引き続き、
第3章を投稿いたします。
よろしくお願いいたします。
翌朝、昨晩に焼いて、切り分けておいたベーコンを薄切りにして、ツキ特製のソースと一緒にパンの切れ目に挟み込み朝食を終えた。精霊が冷やしてくれていた果実水が、朝から暑いときにはありがたかった。
進みだすと、境界も近いとあって、アキラとリーネの足取りも軽い。
ローダンは来ているかな、元気だろうかなどと話しつつ、森の出口にたどり着く。
森を抜ける前に、一旦進むの止める。
「様子を見てくる。合図したら来てくれるか」
リーネのうなずきを確認し、左右を見回してからアキラは森の外へと出た。一気に降り注いできた昼の日差しを浴びて、草を踏んで境界へと歩き出す。
その場で解体する必要があるため、ローダンが来ているならば、それなりの人数がいるはずだが見当たらない。
少し待つ必要があるかと、アキラが考えたとき、鳥居もどきの足下に、二つの人影を見つけた。
一つはしゃがみ込んでおり、一つはその後ろで立っていた。
万が一に備え、柄頭から鞘へと手を持ち換えて抜刀に備える。
ゆっくりと歩みを進め、人影の表情を見て取れる距離まで来た。
頭の上に耳があり、後ろ腰のあたりからふさふさとした尻尾が垂れている。
どうやら獣人のようだ。
立っている獣人は警戒も露わにしており、しゃがんでいる方は驚きの表情を浮かべている。
言葉が届くであろう距離まで歩み寄ると、アキラは足を止め、二人を詳しく観察し始めた。二人ともオオカミの特徴を備えた獣人のようだ。一目見るだけだと犬にも見えるが、恐らく間違えると相手のプライドを傷つけることになり、大事になりかねない。間違っていては大変なので、アキラは触れぬことにした。
立っている獣人は、この暑さにも関わらず、厚手のジャケットを羽織っており、ズボンも頑丈そうな布で出来ているようだ。髪はいわゆるライオンヘアーで、尻尾も髪と同じで濃い茶色をしており、手には武器らしきものは持っていない。
しゃがんでいる獣人は、立っている獣人とは逆に、聞いていた獣人らしい服装だった。薄いタンクトップにショートパンツ。髪色は同じ白で肩までの長さ。尻尾も白い。こちらも武器は持っていなさそうだ。
両者ともに女性のようだ。
立っている獣人はアキラと変わらぬほどの背丈で、胸も大きく、腰もくびれているのが着込んだジャケットの下の薄いシャツから見て取れる。
しゃがんでいるために分かりにくいが、もう一人の獣人は華奢で、背丈も低い様子。胸はなだらかだが、手足が長くてモデル体型のよう。だが、こちらの獣人でもっとも目を引いたのが、肌の白さだった。立っている獣人が、健康的な肌色であるのに比べて、病的とも思えるほどだ。髪と尾が白く、肌まで白いので白一色だ。
「蒼龍の守護地から人がでてくるとは、何者だ!」
どうやら、アキラは守護地に入り込んだ不届き者だと思われたようだ。声色に咎める様子が聞き取れる。
相手は武器を持っていない様子。それにこの距離であれば大丈夫と、アキラは両手を挙げて敵意がないことを示す。
「俺はスカイドラゴンに保護されている者だ。この場に無事に立っている事が証拠と思ってくれ」
このアキラの言葉には嘘が混じっている。もしも侵入者があっても、ブルーは駆けつけることが出来ないのだ。代わりに妖精達に追い出されることになるのだが。
じっくりと観察されているのが、アキラは感じられた。
やがて、しゃがんでいた白い獣人が立ち上がり、背丈の高い獣人にささやく。耳を下げて聞く様子に、その耳が人とは違う場所にあるため、違和感を感じるアキラだ。
二人の獣人は、しばらく小声で話し合っていたが、背丈の高い方が手招きをしてきた。どうやら信じてもらえたようだと、白い獣人の笑顔を見つつ、両手は上げたまま近づいて行った。
「奇妙な話しだ。最初は我らの願いに応えて、ドラゴンが人の形で現れたかと思ったぞ」
「俺がドラゴンではないと、なぜ分かった?」
苦々しげな表情で、背丈の高い獣人がアキラの髪を指さす。
「ドラゴンが忌み色であるはずない」
なるほどと、思いながら、アキラはドラゴン結構黒色好きだぞと思う。
「まあ、その件は良い。私はライラと言う」もう一方の白い獣人を指さし、「妹のスノウだ」
「俺はアキラだ、改めて言うのもなんだが事情があって、ドラゴンに世話になっている」
姉妹を見比べて似てないなとアキラは思いつつ、少し待って欲しいと告げた。
振り返り、大きく手を振るアキラ。
しばらく待つと、トゥースピックの死骸を牽いた精霊馬が近づいてきた。
驚きに目を丸くして、身構えるライラと、彼女の背に隠れるスノウ。
「すまん、驚かしたな」
トゥースピックを守護地内で倒したため、商会に引き渡すのに運んできたのだと説明した。精霊喰いであったことは、説明が複雑になるので省いたが、やはりその尋常ではない大きさに、首を傾げているライラ。何か気づいているのかもしれないが、何も言ってはこなかった。
そして、その死骸からぽんと飛び降りたリーネ。ライラとスノウに微笑みかける。
「リーネだよ。よろしくね」
あっけにとられている様子に、アキラが説明を加える。
「リーネは竜の巫女姫だ」
それを聞いて、ライラとスノウが慌てて膝をついた。
「ご尊顔、お目にかかれて光栄です。アヌビアス族長協同国筆頭族長サイモン・シャープスが第一子、ライラ・シャープスでございます」
「私、同じくサイモン・シャープスが第二子、スノウ・シャープスにてございます」
協同国の筆頭族長と言うことは、国家の最高権力者の子供ということかと、再び身分の高い者達が現れたことに、アキラは肩を落とす。姫君が、単身でぷらぷら歩き回るなと。
げんなりとしつつもアキラはたずねる。
「リーネが本物だと、よく分かったな」
「貴様、敬称もなしに!」
一歩踏み出そうとするライラだが、それをすれば境界を越えてしまうことに気づき、動きを止める。顔にはすさまじい怒りの表情があった。どうやら、ドラゴンへ対する信仰心が強いようだ。
姉を宥めるように、スノウが彼女の肩に手を置いた。
「巫女姫は銀色の髪と黒色の髪の二人と聞き及んでいた故に」
巫女姫の忌み色は良いのかと思うアキラの腕に、すっとリーネが自分の腕を絡めた。それを見たライラは戸惑う様子だが、スノウは表情を明るくして納得をしている様子。
どうやら考えるのは、妹のスノウが受け持っているようだ。
「姉が失礼いたしました。お詫び申し上げます」
頭を下げて詫びるスノウを、ライラは睨み付ける。
「血迷うたか、我らが詫びる事など……」
「姉さん、それ以上の失礼は許されません!」
姉の言葉を遮るスノウの言葉は、その容姿からは想像出来ぬほど苛烈なものだ。
「恐らくアキラ様は、巫女姫のご伴侶、もしくはそれに近しいお方」
「ちょっと待て!誤解だ!俺とリーネはそんな関係ではない!」
アキラの言葉にリーネが頬を膨らます。その様子に、リーネへの対応にも追われる事になり、不審がるライラとスノウへの弁解もしなければならない。
わたわたとアキラの慌てた様子に、やがて拗ねていたリーネもクスリと笑う。
「ライラとスノウというのね。改めまして、私はリーネ。言葉遣いなんかは気にしないで」
普段の態度で良いからとリーネが告げるが、畏まった姉妹がそれは出来ないとばかりに首を左右に振る。改めて、リーネが強く気にするなと言うと、ようやく、渋々といった様子で了解したのだった。
そんな様子では、リーネがしゃべっては、姉妹もやりにくいだろうと、アキラが話す。
「二人はここに何をしに来たんだ」
スノウが鳥居もどきの元にしゃがみ込んでいたが、アキラがそちらへと視線を向けると、そこには小さな花束が置かれていた。
「境界めぐりだ」
ライラの説明よれば、境界を一周することにより、ドラゴンへの願掛けとするのだと。その際に、アキラの言うところの鳥居もどきに、途中で摘んだ花を添えていくのだ。アキラはそれを聞き、四国のお遍路さんみたいだと思う。もちろん行為として似ていると言うだけだが。
「お節介かも知れないが、よければ願掛けの内容を聞いてもいいかな」
アキラの言葉に、姉妹は顔を見合わせる。確かに、目前にドラゴンの代弁者である巫女姫がいるのだ。
やがて姉妹はうなずき合う。
「我らの住む協同国は、食糧危機になる可能性が大きい。日照りや干ばつ、天候不順等で作物の収穫が例年の半分以下と見込まれている」
ライラの説明によれば、隣国の帝国も同じ様子であり、更には財団の買い占めによる流通量の低下で、輸入して備蓄を増やすこともままならないのだと。
「更にはこの状況を利用して、筆頭族長の交代を目論む者までいるのだ。この危機に国を挙げて対応せねばならぬのにな」
悔しげな表情のライラ、悲しげに顔を伏せるスノウ。
姉妹を見て、リーネが口を開く。
「多分、スカイドラゴンは何もしない。協同国の皆が、どれだけ願おうとも、何もしない」
「……分かっております。ドラゴンの慈悲にお縋りするのは筋違いである事は」
しかしと、スノウが表情を引き締め、リーネを睨む。
「姉さんと私には、国の皆にしてあげられることは何もありません。姫と呼ばれながらも、政治からは遠ざけられております。ならば、ならばせめて……」
そうして、スノウは力尽きたように、地に膝をつき、苦しげな表情を浮かべた。その背をいたわるようにライラは撫でさする。
「見てのとおり、妹は体力がない。原因は分からないそうだが、治癒師の見立てでは、長く生きられそうにないと。ならば、残りの生を宮ですごすよりも、ごく僅かでも民に役立てればと、二人でこの旅に出た。これが妹の最後の希望かもしれないからな」
この姉妹には何もしてやれない。どうにかしてやりたいとは思う。何かを声にしてやりたい。しかし、それをアキラは口先だけのものだと知っている。リーネも同じだ。
だから、姉妹とリーネ、そしてアキラは無言でいた。
その時、アキラが気づいた。
王都の方角から、大量の荷馬車がやってくるのを。先頭の豪華な馬車の窓から身を乗り出して、手を盛んに振っているのは、ローダンだった。
誰だって、そう思うよ。
姉狼:「怪しい」
妹狼:「怪しい」
社畜男:「言い訳できん……」
そりゃそうだ。
次回、明日中に投稿いたします。