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誤字脱字、直しつつ始めて行きます。
どうか、お付き合いのほど、よろしくお願いいたします。
転移という現象が起こった翌日。
客間と呼べば良いのだろうか。
「起きてー!」
リーネにたたき起こされているアキラ。
前日の晩。リーネと分かれたアキラは、ツキによって一室に案内された。
その、客間と呼ばれる部屋のベッドで横になって、思考の渦に巻き込まれていたアキラだったが、やがて疲れもあって眠りに落ちた。
よほど熟睡していたのか、普段であれば太陽が登り切る前には目を覚ますアキラだったが、今、リーネに起こされて、さらには開け放たれたカーテンの向こうに視線をやれば、外は完全に明るくなっていた。
「朝ご飯だよ、寝ぼすけ」
勢いよく布団をはね除け、上半身を起こしたアキラの頬を、リーネがベッドの端に座り、人差し指でぐりぐりしてくる。
少し、ウザい、というような表情のアキラ。しかし、払いのけず、されるがまま。
「すまん、寝過ぎた」
「ご飯の用意できてるから、顔を洗ってね」
アキラの腕をとって、寝床からリーネが引っ張り出す。
引き回されるままに、アキラは外に連れ出され、水場でリーネが魔術で出した水で顔と手を洗った。
改めて、魔方陣から出てくる水を見て、異世界に来たのだと感じるアキラ。
リーネと共にリビングに入ると、ツキとブルーはすでにテーブルについていた。
「さぁ、朝ご飯にしましょう」
アキラとリーネが椅子に座るのを見たツキの合図で、朝食が開始された。
太い腸詰めを口に放り込んだブルーが、アキラに声をかける。
「このあと、狩りに行くから付き合え」
「狩り……?」
「肉の備蓄が少ないそうだ」
とブルーはリーネとツキを見る。その視線に二人は頷いていた。フォークには各々腸詰めが刺さっている。
食休みもそこそこにして、ブルーとアキラはログハウス近くの森へと来ていた。
アキラは日本刀を下げていたが、ブルーは無手。腰にナイフを下げていたものの、到底狩りへ赴くような様子ではなかった。
「狩りの対象って、獣とか魔獣なのか」
「獣は分かるが、マジュウってのはなんだ?」
問いかけに、逆に疑問を返されるアキラ。
ブルーが言うには、馬鹿でかい亜竜、姿形を聞けば恐竜とおぼしきものは、そこいらに存在しており、昨日のオオカミもそうだが、いわゆる動物もすべてひっくるめて獣なのだと。
アキラの想像していた、いわゆるゲームなどの創造物にあるモンスターもすべて、どのような異形であっても獣となる。
「てなことで、今日はウッドボアを狩るんだが……。おっ、いたぞ」
「えっ、こんな近くで」
ほとんどログハウスから離れていない場所。大丈夫かとアキラがたずねると、ログハウス周辺には、獣避けの結界を精霊が張っているため、問題ないとのこと。
それに本来は圧倒的強者である、ドラゴンが住んでいるのだ。ドラゴンの気配がまき散らされると、獣は寄り付きもしない。
「普段は押さえ込んでいるけどな」
そうでなければ、この一帯すべての獣が逃げ出してしまい、狩りにならないのだと。
ブルーが指し示す方向には、一体のイノシシ、いや、イノシシと呼ぶのはおかしい。どう見ても、大きさが自動車のバンほどもある。
木の根元を掘り返していたウッドボアが、アキラ達に気づいたのか、のっそりと顔を上げ、視線を向けてきた。そして前足で地面を一掻き。次の瞬間にはアキラ達に向かって駆けてきた。
「どうやら、食事の邪魔をされて怒ったみたいだな」
「そんな悠長な!」
素早く腰のあたりで刀の柄を握り、抜刀にそなえるアキラ。
笑いながら、ブルーは手の平をウッドボアへと向けた。
稲妻が走る。
ウッドボアの額に、稲妻が刺さり、重い地響きと共にウッドボアが倒れるが、駆ける勢いが止まらず、地を滑ってくる。
軽く飛んだブルーは、ウッドボアの鼻先に降り立ち、足裏で止めてみせた。
「さて、捌きますか。手伝ってくれよ」
アキラに振り返ったブルーはにっこりと笑った。
昼夜の入れ替わりから数えてみると、この世界に転移してから一週間程度の経過。
行く先も寄辺もないアキラは、太陽が昇り始めた刻限、ログハウスから少し離れた崖の上で、刀を青眼に構えて目を閉じて呼吸を整える。
携帯電話は失われたアタッシュケースに入れていたため、時間や一日の経過は元の世界と比較しようにも出来なかったが、一日の時間は元の世界と同じ程度と感じていた。
ちなみに腕時計は持っていない。治安の悪い海外では、たとえ安い腕時計であっても、犯罪のターゲットになる。
することもなく、森へ果物や野草を採りに出かけるツキに付き添ったり、肉を確保するため、狩猟に出かけるブルーに同行したりしていた。狩猟と言えば、アキラが斬ったサーベルウルフの毛皮を剥ぐのを含めて、ブルーと一緒に獲物を解体する際は、嘔吐までは行かずとも、まだまだそれなりに気分が悪くなる。
また、趣味であるのか、家を修理したり改造するブルーを手伝ったりとして、毎日の時間を潰すこととなった。
さらには、リーネは精霊との相性が良いのか、魔術について、アキラは教えを請うことにした。見かけによらず、ブルーやツキがいうには、めったにいない、強力な魔術師であるとのことだ。大国の宮廷魔術師筆頭でも、易々となれるが、言動で失敗するだろうとも。
教わったことをなぞるだけで、「すごい、すごい」ばかり言うリーネでは、上達しているのかどうか、今ひとつ分からない状況ではあった。ただ、初めて火や水を魔術で生み出したときは、やはり興奮と感動を、アキラのこれまでの人生になく感じていた。
水はチョロチョロ、火はパッパ程度だったが。
しかし、ことあるごとに「魔術の勉強ー」と纏わり付いてくるリーネとは違い、刀の扱いをツキに教え請うても、首を左右に振られるばかりであった。出会い、初めてツキと立ち会ったとき、なぜにそこまで刀を使えるのかとたずねられた。
「実家が剣術道場だったんだ」
道場を営みながら、とは言っても教えを請いにやってくるのは、月に一人か二人程度。ゼロの時もあり、それでも裕福に生活が出来ていたのだから、謝礼の額がどれほどの多額であったのか、アキラには想像ができない。実家の経済状況を物心ついたときから疑問に感じていたが、兎にも角にも、そうやって育ててくれた祖父からは、両親は死んでいると聞かされ、幼い頃から刀ばかりを振らされていたと、アキラはツキに応えた。
なるほどと言ったツキからは、自分が教えることはない、自ら研鑽をしなさいと言われた。以後、ツキは決してアキラと立ち会うこともなく、刀に関してたずねても応えず、教えもしなかった。
ただ、アキラが一人で刀を構える様子は時折見ているのか、今も遠くからツキの視線を感じていた。
目を開け、祖父に習った型を行っていく。
他の道場を知らないアキラは、祖父が型は刀を意識せず、身と一つになる手段だと教えられており、それが正しいのかは判断ができない。実戦には型など何一つ役には立たぬと、祖父は常々言い続けた。ただ、ただ、型を繰り返して、刀と一体となれ、無意識で剣筋をとれと。
刀を振るのは幼い頃からの習慣で苦ではなかったが、楽しくもなかった。
朝に顔を洗い歯を磨く、時間になれば学校へ会社へ出かける。腹が減れば食事をとり、夜に眠くなれば眠りにつく。刀を振るのは、アキラにとってそれと同列のものでしかない。海外では、模造刀、木刀や竹刀であっても入手が難しく、DIY店で棒きれを買って、代わりとしていたが。
いろいろとやっかいな祖父であったが、何不自由なく育ててくれ、刀を振り続けてさえいれば、口出してこないので、感謝はしていた。
異世界の太陽が地平線を越えて全身を現し、その朝の光を浴び、祖父の手本をなぞり、刀を振り続けていると、やがて全身が汗まみれとなるが、それでも続ける。
休みなく、刀を振り続けるアキラを、遠くから眺めるツキの隣にブルーが並んだ。
「渡り人の剣筋はどうだ」
「……最低です」
へっ、と笑い返すブルー。
「下手くそです。なってません」
「まっ、今はそうなんだろうが、あんまり言ってやるな。奴はまだ、証をたてていない」
ブルーの言葉に、ツキはまなざしを伏せる。
椅子をたぐり寄せ、座り込んだかと思うと、アームレストに肘を乗せて頬杖をつくブルー。視線はアキラに向けたままだ。
「精霊達も、そわそわしてるようだな」
「仕方ありません」
そして、地に視線を落とすツキと、アキラを眺めるブルーの間に沈黙がおりた。朝に騒ぐ、小鳥のさえずりが聞こえる。
のどかな沈黙、それを破ったのはブルーだった。
「そろそろ始まる。いつとは言えんが」
それだけで悟り、分かったのか、驚くように慌て、跳ね上がるように、ツキが視線をブルーに向けた。
「その時が来たら、後は任す」
椅子から立ち上がったブルーは、ログハウスに向かって歩き始めた。
その背にツキは言葉を掛ける。
「どのようになりますか」
「いつも通り、分からん」
唇を噛み、眉をひそめるツキ。
ウッドデッキに上がり、足音を残して去って行くブルー。
「お任せを……」
ツキの言葉に振り返ることなく、ブルーはあげた手の平を、ふらふらと振って応えるのだった。
次は、明日か明後日になりそうです。