2-25
引き続き、第2章を投稿いたします。
どうか、よろしくお願いいたします。
午前中に投稿できず、
申し訳ございませんでした。
「ブルー!」
リーネが目前の凄惨な光景に、喉も裂けよと叫ぶ。アキラはブルーの代わりとなるべく、前へと回り込み、二人の前に立ちはだかった。背後に視線を向ければ気が萎えるかもしれず、持ち上げられた頭を睨み付ける。
見定めるように、残った目を向けるトゥースピック。
しばしのにらみ合い。
アキラは背後の気配で、ブルーの身体にリーネが覆い被さったのを知る。リーネを守ったブルー、次はリーネがブルーを守るとばかりに。
まずは一当てとばかりに、頭を振り下ろしてくる。アキラはそれを刀で受けて、衝撃を捌こうと捻ったとき、異様な軽さを手に感じた。
「しまった……」
あってはならないことだが、刀身が半ばから折れていた。
自らの未熟だ。
アキラは折れた刀を腰横の中段に構え、その状況を隠そうとする。しかし、相手はそれをすぐさま見抜き、標的の牙が折れたことを知った。
唇がめくれ上がり、歯をむき出しにするトゥースピック。それは嘲笑だとアキラには知れた。
どうする。
頭をフル回転させる。
刀を捨て組み打つ、何を馬鹿なと、すぐに捨て去る。
背を向け、二人を抱え上げて逃げる。無理だ、背を向けた瞬間に打ち付けられる。
秒も掛からぬ時間。手は失った。
その時、背後からツキの声が。
「これを、これを使って……」
弱々しくも、しっかりとアキラの耳に届く。何をとも返さず、左手を柄から外して後ろへと回す。目はしっかりと据えたままに。
手の平に乗せられた感触。
それは触り慣れたもの。
しっかり握れとばかりに、強く、強く押しつけられる。
握った瞬間。
「斬って!」
身体が加速する。レインがリミッターを解除したごとく。しかし、あの時のように、身体への負荷は感じない。すべての関節筋肉が、自分の意のままに、命じたままに、その瞬間に連動して動き出す。
店売りの鍔近くにあった右手を開いて、その場に刀を落とす。左手はツキが押し当てたままに握り、前へと振り出す。その重みに片手で振りきるの無理だと悟り、すぐさま空になった右手で柄を迎える。
ここまで、僅かに刃が身体の横まで半回転しただけ。
両手で持ち、力任せに太刀筋を安定させ、そのまま腰の回転と腕の振りで胴へと叩きつけた。
アキラですら、それには驚く。
体高が人の三倍ほどある巨体が、叩き倒された。
重い地響きと音ともに、野太い吠え声が上がる。
「立ち上がれるか」
「申し訳ありません、まだ私もリーネも逃げられるほど、腕と足が動きません」
一際強く頭を打ったのか、まだ二人は動けぬ様子。しかし、その身体の構造から、立ち上がるのに手間がかかるのか、トゥースピックは地面でもがいている。
すぐに立ち上がって来るだろうが、僅かに時間は出来た。しかし、斬りかかるにも、手にした刀が分からない。視線を落として素早く渡されたものを見る。
いわゆる大太刀と呼ばれるもの。先ほどは、身長が女性にしては高いツキが持っていたせいか、これほどの長さのものとは思っていなかった。刀身一メートルは越えるだろう。刀にしては短い、レインの倍近くはある。その長い刀身を振るために、柄も長い。
刃先鋭く、刃肉は薄い。斬って良し、その長さから突いても良いだろう。これだけの長大な刀だが、剛刀のような感じは受けない。いや、むしろ繊細で華麗な姿だ。
しかし、何振りかはツキの所持する刀は見たことがあったが、これは初めて見る。答えはすぐに背後からきた。
「私の本当の佩刀です。存分にお使いください」
ゆっくりと小さくうずき返す。
これほどの大太刀、振れるかと不安になるが、試しとばかりに地でもがくトゥースピックに斬りつけた時、全く問題がないことが分かった。そればかりではなく、自分の身体が、関節や筋肉が導かれるように、これが最適だとばかりに動く。
斬りつけた後の、僅かの隙を見て、地を蹴った巨体が間合いから逃れ、さらに二度三度と蹴る内に、距離を取って立ち上がった。しかし、今度はアキラが隙を見逃さない。
立ち上がって態勢整わぬうちに、踏み込む。いや、感じた感覚では飛び込む、まさに宙を飛んだ感じだ。
広い胴を抜いて、トゥースピックの脇を通り過ぎる。素早く振り返ると、リーネが叫んだ。
「魔力が、全部剥がれた!」
その言葉を聞き終えぬうちに、身体は動いていた。
一歩、二歩と弾みをつけてトゥースピックの大きな背に飛び乗り、そのまま駆け上がる。すぐさま首筋にたどり着き、横薙ぎに斬りつけた。
剣閃残して、さらに踏み込み、地に飛び降りた。
振り返ったときには、トゥースピックは動きを止めており、ぐらりと頭だけが揺れた。
「ブルー、斬ったぞ!」
僅かな肉でつながった頭が、その自重で首筋を引きちぎり、地へと落ちた。それに遅れ、バランス崩れた身体が地響き立てて地に伏すのだった。
膝を突きたい気分だが、懸命に身体を動かし、リーネとツキ、そしてブルーのもとへと向かう。
膝にブルーの頭を乗せたリーネ。その横ではツキが胴を撫でている。
落ちるように膝を突くアキラ。
「ブルーは?」
「大丈夫。うまく力は逃がしたみたい。気を失っているだけ」
リーネの返答に、アキラの力は抜けて倒れそうになるが、まだだと力を振り絞る。
手にした刀を見る。
改めて見ても美しい刀だと思った。しかも、美しいだけではなく、何でも切り裂く事が出来るような恐ろしさも感じた。
「佩刀、貸してくれてありがとう」
柄をツキに向けて差し出す。
しかし、ツキは首を横に振る。いつぞやの光景を思い出すアキラ。
「ずっと、お貸しいたします。大事にしてください」
すっと差し出される鞘。
黙って鞘を受け取り、刃を納める。
鞘の中で、一瞬、刃が振るえたような気がした。
「これほどのもの、俺に扱えるのか……」
「大丈夫、レインと一緒です」
どこか安心したようなツキの笑顔。
アキラはまぶしく感じ、ゆっくりと地面に身体を横たえた。
ツキはそれを受け止め、頭を膝に乗せた。
「あなたなら大丈夫。あなたの意志で振れたから」
ツキの言葉はアキラには届かない。
寝息を聞いて、ツキはやさしく髪を梳いてやるのだった。
蒼龍の守護地 ログハウス跡
今度は大型の四人用のテントが、三張りも立てられた。帝都で購入してわさわざ運んできたのだ。二張りは男女別の寝室で、一張りはディアナとペノンズのための研究用となっていた。
小型の二人用が余ったので、「犬小屋にしよう」、そうアキラが提案したが、犬が却下した。結局、ツキが食料庫にしていた。
そのブルーだが、幸いにも背骨に異常はなく、肋骨を幾本か折っただけのようで、痛い痛いと言いながら動き回っており、ツキとリーネは脳しんとうだけで、身体に怪我はなく、アキラは胸をなで下ろしていた。
テント張りながら、研究室を与えられた二人は、さっそくとばかりに残骸から使えそうなテーブルを引っ張り出して、その上に水晶とレインを据え付けた。時間が出来た時のアキラが、レインを見守る姿を時折見かける。ペノンズは迷惑そうだったが、邪険にしてやるなとディアナが宥めている。
朝の日課に型を行うアキラ。今はそれを見守るツキがいつもの光景になっていた。しかし、ツキは見守るだけで、何もアキラに語ろうとはしない。ただ、ひたすら見ているだけだ。アキラもそれを気にしない。当たり前と受け入れていた。
その日の朝も、朝食の準備に向かったツキを見送り、ターフで作った三角テントの中で、リーネが出してくれる魔方陣からのお湯で汗を流し、顔と手をアキラが洗っていると、ブルーが中に入ってきた。
湯のかからぬ位置で、座り込んだブルー。
「身体は良いのか?」
その質問に「まだちょっと痛い」と返事するブルー。
「さすがに犬は頑丈だ」
「犬扱いするな!」
ひとしきり笑った後、服を着て外に出た。今日のシャワー当番のリーネに礼を言って、ツキが朝食を配膳している、野外に設けられたテーブルへと向かう。すると、そこにはローダンが座っていた。
「もしかして、これを言いに来たのか」
「そうだ、こんなにすぐに来るとは」
テーブルに向かうアキラを見つけたローダンが、大きく手を振り、隣の椅子を引き出して、座れと指さす。逆らえないアキラは素直に座った。
「おはよ、姉さん」
こう言っとけば機嫌が良くなるので、羞恥に耐える。にこにこ笑うローダンが手にした紙を示した。
「おはよ、坊や。さっそくで悪いけれど聞いてくれる」
ご飯食べながらで良いからと。
紙はディアナとペノンズが希望する設備や、機材に資材のリストだった。
ツキが差し出すカップを受け取り、一口すする。
「何か問題でも?」
「今ね、貰ってすぐに中身を確認したけど、研究室でもつくるつもり?」
「作る気はないけど、必要なら作る」
ため息をつくローダン。
「お金はどうするの。結構な額よ」
「とりあえずあれで。四分の一は俺の取り分だから」
指さす先にはトゥースピックの死骸があった。
「あら、私とリーネの分も使って良いですよ」
「俺の分もだ」
ツキはそう言い残して、焚き火台へと向かう。ちなみにペノンズが作った。かなり本格的だ。
ブルーはやはり椅子に座って、平皿から自分の朝食を取っていた。
「そうなのね。丸々全部でも、足りないわよ。残りはどうするの」
「出世払いかな」
「それは出世する予定がある人の言う事。坊や、出世するの?」
首を捻って答えにする。
再びため息つくローダン。
「まあいいわ。貸しにしといてあげる。担保はブルーから預かってる分にしとく」
踏み倒したら、そっから貰うからというが、恐らく誰も損はしない契約だった。ブルーの金は、ローダンが運用して増やしているのだから、アキラもそれに乗っかるつもりだ。さらには、研究の成果次第では、技術供与でけっこうな金になるはずだ。
「それじゃ、もう一つ商売の話し」
ローダンによれば、今まで王都近郊まで荷物を運んでいたが、これをどうするか。
「キャリアーまで運べよ」
「それは良いけど、ここまで持ってくるのが大変よ」
「その件だが、大型の馬車を二台ほど用意してくれ。精霊馬が往復してくれる」
その手があったわねと、納得したローダン。
それじゃ商売の話しは終わりとばかりに、リストをたたんでポケットにしまい込む。そして、アキラの耳に口をよせて小声で話す。
「シルが近々来るから、相手してあげてね」
そう言えば、本人も言っていたとアキラは思い出した。
また面倒な話しにならなけばいいがと、天を仰ぐのだった。
この投稿にて、
第2章終了です。
次回からは、
第3章となります。
次回、明日中には投稿いたします。




