2-16
引き続き、第2章を投稿いたします。
どうか、よろしくお願いいたします。
しばらく、暇が出来た。
小商いの件で、ローダン待ちだ。詳細を聞かぬ内は、動く事も出来ない。幸いと言って良いか、どうかは分からないが、ログハウス跡を片付けたり、拾い集めた道具を直したりとやることはあるにはある。
大精霊達が帰って翌日から、ツキは道具の整理をして、アキラはブルーの指導のもと、家具などを修理をし、リーネは精霊馬の様子を見たり、整理を手伝ったりと、あれこれに顔を出していた。
残骸を調べていたリーネが、アキラとブルーが作業しているところにやってきて、地下にあった保管所、精霊によって冷温に保たれていた部屋が、完全に埋まっていて、使い物にならないと告げてきた。
アキラはツキを呼び寄せ、全員で改めて保管所を確認に行く。。
「三本足は、地下から来たからな」
惨状を目にしたアキラが呻く。
僅かにあった隙間から中を覗いたツキが、肩を落とす。
「残しておいた食料は全滅です」
すぐに困ることはないだろうが、手を打つ必要があった。皆で相談し、アキラとブルーで狩りにでることになった。
リーネが一緒に行くと、言いつのったが、ログハウス跡の野営地を守るツキを一人にするのも良くないし、精霊馬の世話を頼むとアキラに言われて、拗ねるような表情で分かったと引き下がった。
準備するほどもないと、アキラはレインを持ち、ブルーと共に森へと向かった。
森とログハウスを守る結界の狭間を、ぐるりと一周したが、獲物の姿を見つけられない。
「森へ入るしかないか」
「感心せんがな」
ブルーが僅かに不安を示した。
手近から森へと無造作に入る。森はブルーが間伐しているおかげで歩きやすいが、すべてで行っている訳ではない。時折、木々が密集している箇所は避けて、奥へと進む。
アキラとブルーは、精霊に頼んで、探知の魔術を掛けているが、今回は珍しくなかなか獲物を見つけられなかった。
一般でいうところの狩り場ではないため、獲物は多いはずなのに。
前方を崖が遮る。かなり森の奥へと入っていた。
「このあたりで引き返そう」
アキラの周囲を回って、あたりを見ていたブルーが、「そうだな」と返事を返してくる。
その時、アキラの首筋、裏側に電気が走るような痛みが。恐怖にせき立てられ、飛び込むように、身体を前に投げだした。
「アキラ!もっとだ、もっと避けろ!」
ブルーにせき立てられ、地面を転がるアキラ。
身体を跳ね上げるほどの地響きが、太い鉄管を風が通るがごとき吠え声が周囲を圧した。
崖から飛び降り、衝撃を両足をたわめて受け止め、顔は天を見上げ、ここに居るぞとばかりに吠えた。
トゥースピック!
隻眼、以前の精霊喰いだ。
その姿、以前より一回り大きくなっている。体高が人の三倍ほどに。
「探知を防ぎやがった!身体もデカくなってる。あれから、どんだけ精霊を食ったんだ」
アキラに駆け寄ったブルーが、憎々しげにトゥースピックを睨む。残った目で、アキラとブルーをにらみ返すトゥースピック。
唇の端がゆがみ、つり上がる。
復讐の喜びのためか、歓喜の笑みのようだ。
更に転がり、立ち上がったアキラは腰を落とし、腰に構えたレインの鯉口を切る。並んだブルーが、重心を落として、飛びかかる態勢。
しばしのにらみ合い。
「よっぽど精霊を食ったのか、精霊の性質が表に出てきやがってる」
食べた量が、ある一定を過ぎると、精霊喰いは精霊の性質を帯びる。精霊は精霊喰いを認識できなくなり、そうなると捕食が容易となり、加速度的に進化していくことになる。
「このままいくとどうなる」
「大精霊か俺たちドラゴンに討伐されるか、食い過ぎて破裂する」
人間の身体以上の大きさの顔が、振り下ろされる。話しつつも、それをしっかり見据えて、アキラはサイドに飛んで避けた。
地を叩いた衝撃に、石つぶてが飛び散り、アキラとブルーの身体を打つ。
ドラゴンはここにいるが、犬だ。役に立ちそうにない。
「それじゃ、逃げるか」
「馬鹿言え、追いかけてくるぞ。破裂するまで逃げ続けるつもりか!」
頭を、振り落とした勢い殺さず持ち上げ、更に振り下ろしてくる。連打で地を叩き続けるトゥースピックの頭。
それを左右に飛んで避け続ける。
覆っている魔力があるため、斬りつけても無駄だと、鯉口は切ってあるが抜くことはない。しかも、トゥースピックがデカく強くなったため、前回はこらえられたが、今回は僅かであるがレインの怯えが感じられる。
「レイン、大丈夫だ、俺がいる」
『主様、無様お許しを、震えが止まりませぬ』
レインも懸命なのだが、本能に根ざしたもの、容易にこらえられるものではない。
「退こう、ブルー!」
「……駄目だ、一撃だけでも入れて、追い返す」
そうでないと、後を追われ、ツキやリーネを巻き込むことになると。
「それじゃ、リータ達に連絡して……」
「それも駄目だ。こいつ変な結界を張ってやがる」
認識阻害の結界が、内からも影響しており、しかも範囲が大きい。退いたとして、追いかけられれば結界の外に出るのは難しい。魔術ではなく、純粋に魔力を力として使用しているため、解除できない。
「ただその分、身体を覆っている魔力が薄くなってる。剥がせるぞ!」
ブルーの分析に、アキラは心を決める。
一の太刀で魔力を剥がし、返す二の太刀で一撃を入れる。
「ブルー、動きは止められるか」
「無理だ。前よりデカくなってる」
前回の方法は通用しない。
ならば、無心で斬りつけるのみ。
一際大きく引き上げられた頭が、渾身とばかりに振り下ろされた。
今度は飛ばずに、真っ向から受け止める。
柄頭を前へ、鞘を引き、抜刀、即座に斬りつける。
「なにっ!」
空を斬った刀に、すかさず後ろに飛ぶアキラ。
トゥースピックの頭が中途で止まっていた。
「あの勢いを殺すか……」
アキラと同じように後ろに飛んだブルー。横で見ていた分、状況を理解している。
「フェイントじゃない。殺る気十分だったぞ!」
トゥースピックの唇の端がつり上がる。舐めるなとばかりに。そして、すかさず腰が回り始める。
「尾だ!避けろ!」
ブルーの叫びに、回り来るトゥースピックの尾の半径から逃れるアキラ。空を切った尾は勢い殺さず持ち上げられ、アキラに叩きつけられた。
「ぐっっ!」
刃を頭上に水平に掲げて受け止める。その衝撃に肺から息がもれ、嫌な音を立てる。全身がたわみ、軋み、足底が地面に潜るかのようだ。
レインの歯を食いしばる思念が脳裏に浮かぶ。
背骨がきしむ中、刃を斜めにして、勢いを逃す。
刃で受けたおかげで、覆った魔力が剥がれるが、ほんの僅かでしかない。
痛む身体に叱咤をくれ、間合いを外した。
「息が読めない」
相手が人ではないため、力が抜ける瞬間が読めない。しかも、人並みに動く。
視線を動かし、アキラは一瞬ブルーを見る。
僅かにうなずくブルー。
「雷撃を放つ。威力はないが、隙は作れるはず」
その瞬間に斬り込めと。
無言でうなずくアキラ。
ブルーが身体を撓めて力を込める。
弾けるように、力を解放。雷撃放つ中を、アキラは間合いを埋めるべく、飛ぶがごとく踏み込んだ。
雷撃に驚いたのか、威嚇していたトゥースピックの頭が上がる。無防備になった首筋に物打ちを斬り込んだ。
しかし、その刃はトゥースピックの手が阻む。掴む機能がないため、受け止めただけで、アキラは刃を引くことが出来た。
「レイン!」
脳裏に悲鳴がこだまする。人型の半分が消失していた。
慌てて飛びさすり、ブルーに並ぶ。
「レインの身体が!」
「ああ、半分食われた!くそっ、奴は口じゃない、手で喰らうんだ!」
精霊喰いが精霊を喰らうのは様々な箇所を使う。ただ、口を持つ精霊喰いは大抵は口を使うのだが、このトゥースピックは手を使うのだ。
口を使う事は、以前の時にアキラには伝えていた。だが、それが徒となった。
「それでか、くそったれ!口を囮にして、手で喰う。精霊達もそれにだまされたんだ!」
だから、短い期間でデカくなったのかと、歯がみするブルー。アキラの脳裏には、胴体下を消失させたレインの姿があった。
特殊な精霊である、ツクモガミの半身を喰らい、さらに残りを狙うトゥースピック。
レインの力を借りず、自らの技だけで、目前の化け物が斬れるか、自問する。柄を握る手に力を込め、じりりと前に進む。
「アキラ、待て」
「ブルー……」
「いいか、今から、俺がどうなっても良いから、俺の後に斬り込め。いいか、俺がどうなってもだ!」
答えも待たず、ブルーが飛び出し、トゥースピックの首筋に食らいつこうと飛びついた。それを、待ち構えるように、首を捻ってブルーに口を向ける。
ぱくっ。
何かの音がしたような。
一瞬、何が起こったか、理解出来ず、アキラは呆然とする。
見れば、トゥースピックの口から、ブルー、犬の後ろ半身が出ていた。じたばたと後ろ足があがく。
「うわー、ブルー!」
間合いも何もなかった。ただ、踏み込み距離を詰める。トゥースピックの顔が上を向き、咥えたブルーが上へ放り投げられたら、そのまま口へと全身が入り、咀嚼されてしまう。
コンマ単位の時間、アキラが斜めに一閃、トゥースピックの首筋へ刃を叩きつける。物打ちも何も考えない。ただ、身体が動くままに刃を走らせる。その届く前の瞬間、トゥースピックの喉で爆裂音が響く。
ブルーが口中で爆裂魔術を放ったのだ。自らへのダメージも顧みず。
内部には魔力はない。ダメージは通り、魔力が剥がれた。その時に、刃はトゥースピックの首筋を切り裂いた。
深い切り傷に、トゥースピックが悲鳴のような吠え声を上げる。開いた口から、ブルーが放り出された。
地面に落ちたブルーをすくい上げ、アキラは距離をとる。
「大丈夫か!ブルー!」
「大丈夫、ドラゴン死なない体質だし」
見れば、顔は焼け焦げて眼球は白く濁り、前脚は千切れ掛け、胴はざっくりと裂けていた。これで生きていられるのか。アキラは相手がブルーではあるが、気持ち悪くなってきた。
ブルーの状態を気にしつつ、トゥースピックに注意を向けると、一睨みの後、身を翻して森へと駆け込んでいった。
しばらく見送り、戻る様子がないことを確認して、ようやくアキラはブルーを抱えてログハウス跡へと帰って行く。
森を出たアキラ。ツキが手を止め、立ち上がってアキラを見て顔を青ざめさせる。リーネは、「おかえりー」と駆けよってきたが、途中でピタリと足を止める。
「ちょっと、トゥースピックと出会ってしまった」
リーネがうなずいた。
「アキラ、わんわんの前足ないよ」
ゆっくりと腕の中を見下ろすアキラ。
ぐったりとしたブルーは、意識をもうろうとさせており、リーネの指摘通り前足がなかった。
「うわー!途中で落としたんだー!」
とりあえず、血まみれにも関わらず、ブルーをリーネに押しつけ、元来た道を走り戻るアキラだった。
ある意味、すごいです。
社畜男:「うわー、切れちゃった!」
わんわん:「切れてませーん!」
切れてるって。
次回、明日中に投稿予定です。




