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【帰還篇完結】黒い月と銀の月  作者: 河井晋助
第1章 天使(エンジェル)
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1-4

誤字脱字、直しつつ始めて行きます。

どうか、お付き合いのほど、よろしくお願いいたします。

 食事の礼を述べて、食後の茶を飲んでいる時、アキラはテーブルに立てかけてあった日本刀に気づいて手を伸ばす。持ち上げた日本刀を目にとめたツキ。

「いかがでしたか」

「……業物(わざもの)ですね。あなたの佩刀ですか」

 くすりと笑ったツキが、アキラから日本刀を受け取った。

「予備の一振りですよ」

 すらりと抜き払われ、刀身が露わとなり、鋭く光りを反射した。

 刃に一瞥をくれ、自然な手つきで鞘へと戻す。その所作の美しさにアキラは感嘆の息をつく。実は日本刀を抜き、そして納めるのは容易な行為ではない。それを軽々と、何気なくも美しく行うのは、さらに難しいことを知るアキラ。

「刃こぼれもなく、見事なものです」

 手入れは出来ますよね、そんなツキの言葉に、頷きつつアキラは日本刀を受け取った。

「俺が持っていても?」

「差し上げます。その子も懐いたようですし」

 まさかと、苦笑いを浮かべるアキラだが、手にした鞘が少し震えたような気がした。

「お立ち会い願えますか?」

 茶を吹き冷ましたツキが、にっこりと笑った。


 裏庭とはいっても、柵もなく、ただ家の裏手に草地が広がっているにすぎない。

 アキラは少し腰を落とし、柄に手を掛けツキと対峙する。いわゆる立ち居合い。座り居合いに対して、立っているから立ち居合いの名付け。それがアキラの納めた流儀。

 一振りの日本刀を鞘に収めたまま、ツキはただ立っているだけだ。柄に手を添えることすらしていない。それでも前に立つアキラの額には、汗がびっしりと浮かんでいた。そんな二人を、岩に腰掛けたリーネがニコニコと笑みを浮かべて眺めていた。

 息は読み取れている。

 吐く瞬間に抜き打つだけだ。

 しかし、それが出来ない。

 退屈になったのか、二人を眺めるリーネの背から翼が現れ、パタパタとゆっくり扇ぎ始めた。

 一瞬、リーネの翼にツキの気が向いた。何かを口にしようとした、その、こことばかりに踏み込んだアキラが刃を抜き放つ。魔力のシールドについて聞かされていたので、遠慮もなく、ただ寸止めすることだけを考える。

 鞘走りの音もなく、露わになった刀身が袈裟懸けにツキへと向かうが、堅い金属音が鳴り響いただけだ。

 ぱちぱちと手を叩き、リーネが感嘆の声を上げる。

 アキラの抜刀を上回る剣速で、肩口に水平に刃を構えたツキが、袈裟懸けを受け止めていた。

 リーネの拍手に、別のもう一つが加わる。

 振り返ったアキラの背後に一人の男が立っていた。

 髪はオールバックで、アキラをかなり上回る長身。白いシャツの下には、鍛えられた筋肉があることが手に取るように分かる。

「ツキが立ち会うとは、珍しいこともあるもんだ」

 しかも、返す刀もなく受けるだけとはと、男は歯を見せて笑った。

 男はどこか獣を思わせる笑みを浮かべているが、剣呑な気配はなかった。しかし、それにもかかわらず、アキラは気を抜けずに納刀した。

「お土産はー!」

「おう!買ってきたぜ!」

 すでに興味が失せたかのように、リーネに近づいた男は、彼女の体を楽々と抱え上げ、右肩に乗せた。

 成人ほどの体格である女性を、苦もなく持ち上げた力に、アキラは目を丸くする。

 そんな男の頭をぺしぺしと叩くリーネが「なになに?」とたずねる。

 持ち帰った、その土産を早く見せたいのか、アキラとツキを残して男は家に向かっていく。その背を眺めつつ、ツキがアキラに並んだ。

「彼がここの管理者です」

「ブルーって呼べよ。渡り人」

 頭をはたかれながら、歩みを進めつつ振り返ったブルーは、口の端をあげて笑った。


 テーブルについたアキラは、目前でカップに口をつけるブルーに頭を下げる。

「留守の間にお邪魔して、申し訳ない」

「いいんだって」

 手をひらひらと振ってブルーが軽く言葉を返す。

「精霊達も『渡り人が来た!』って騒ぐだけだし。土地は俺のもんだから、その俺がいいって言ってんだから、気にすんな」

 厳密に言うとブルーの所有ではないそうだが、世間一般ではそのように思われているそうだ。

 事情は説明しておいた方がいいだろうと、アキラは自身の体験を、簡単にブルーに話したが、あまり興味がないのか、ブルーはふんふんと言うばかり。視線はブルーが持ち帰ったとおぼしき箱を開けて、中身を取り出しているリーネとツキに向けられていた。

「頼んでおいたものはすべてありました」

 ご苦労様ですとツキが頭を下げる。

「欲しいものや、足らないのがあれば言いな。またひとっ飛びしてやるよ」

「ひとっ飛び?」

 ブルーにも翼があるのだろうかと、アキラが首を傾げる。

 それにブルーがにやりと笑い返す。秘密を打ち明けるような様子だ。

「俺、ドラゴンなんだ」

 言葉の意味がすぐに理解出来なかったのか、アキラが呆けた表情を浮かべる。

「えっ、それじゃ彼女たちも?」

「いやいや、違うって。そもそも、ドラゴンってのは、この世界には三体しかいないんだぜ。それが各々の土地を守ってる」

 彼女たちもアキラと一緒で、この地に迷い込んできたのだと。

「でもリーネには翼があって、人とは違うように思うんですが。もしかして精霊ですか」

「……リーネは精霊ではない。そして人でもない」

 それ以上を聞くことは許さない、そんな拒絶の中に、なぜか悲しみが感じられるブルーの言葉だった。

 すぐにそんな雰囲気を振り払うかのように、ブルーは土地について話し始めた。

 ブルーが守っているという土地も、道があるわけではないが、徒歩で一周しようとすれば、3から40日程度はかかるという。

 禁忌(タブー)とされる、この広大な土地に住むのが、ドラゴンであるブルーと、被保護者のツキとリーネの合わせて、たったの三人だけであるらしい。

 あまりのことにアキラがさらに呆けていると。

蒼龍の守護地スカイドラゴンフィールドにようこそ」

 とブルーがにやりと笑みを浮かべた。

 それに合わせるように、荷物を探っていたリーネがにこにこ笑う。土産物らしきリボンを手にして、背中の翼と一緒に、舞い踊るようにひらひらと振る。

「ようこそー」

 天使のような美少女で、黙っていれば大人になる一歩手前の、妖しい色香を漂わせているのに、中身はお子様だと、アキラはため息をついた。


 夕食が終わり、進められるままに風呂に入ったアキラは、火照った体を冷ますために裏庭へと出た。

 家の内装から、中世西洋の文化程度と思い込んでいたため、立派な風呂の内装と、人が三人は湯船に浸かれる大きさには驚いた。もっともお客様だから一番に入れと勧めたリーネの、自慢げな表情から、一般的ではないだろうなとも思う。

「これから、どうするか……」

 元の世界へ帰る(すべ)はあるのか。

 戻れないのであれば、この世界でどうするのか。

「戻って、どうなる?」

 元いた世界に戻ったとして、年単位での長期の海外出張、しかも渡航中止勧告が出る直前の危険地域ばかり。所属していた中堅総合商社としては、社員の危険に目をつぶりさえすれば、おいしい商売ができると、捨て駒のようにアキラを派遣することが多かった。

 おかげで、自分の身を守る意識はとても高くなり、異文化へ溶け込み生活するのが苦ではなくなった。

 素直で文句も言わないアキラは、大学を卒業し、就職してからは、ずっと便利に使われていた。もっとも、長期出張の合間で、本社にいれば、先輩同僚、そして後輩からも嫌みを言われ、何かと冷たくあしらわれることから、一人で海外に出張している方が気楽だとも思っていたが。

 社会人としては、無責任であるが、この転移した世界で新たな人生を始めるの一つの手だとも思う。幸い、リーネとツキは、アキラはここに住むものだと思っているようだし。ブルーも口や態度に出すことはないが、彼女たちと同じ思いのようだ。

 気配にため息一つをかみ殺したアキラ。

 空を見上げると、満天の星。

「何を見ているのかな」

 背後から近づいてくる気配は捉えていた。ただ、並んだリーネから漂う香りにアキラは動揺し、返す言葉を失う。

 女性の風呂上がりというのは、どうしてこうも良い香りがするのだろうか。若返っていることを忘れ、ついいつもの感覚で、40歳半ばの自分だと加齢臭は大丈夫だろうかとアキラは思う。

 ついつい、自分の脇の匂いを嗅いでしまうアキラ。

「シルバーがきれいだね。満月だよ」

 リーネが見上げていることから、天空に浮かぶ月のことだと分かった。「地のツキもきれいだよ」とアキラは言いたかったが、別の女性にそれを言うのもどうかと思い、いや、そもそも言う度胸がない。

 空を見上げるリーネの横顔に一瞥をくれ、その静謐な美しさに息をのんで、慌てて空へと視線を移したアキラ。

 月はスーパームーンほどの大きさで、名の通りにシルバーの輝きを地へと降らせていた。

 少しリーネが視線をずらした。先のシルバーと呼んだ月を見るよりも、視線が柔らかだ。

「ダークも今日は良く見えるよ」

「……ダーク?」

 空を見上げたままのリーネが、こてんと、アキラの方へ首を倒す。

「シルバーとダーク。ダークは分かりにくいかな?」

 ゆっくりと、手をあげていくリーネが指さす方を視線で追いかける。

 じっと空を見たアキラは気づいた。

「星がない。もしかして……」

 示す方角が、すっぽりと丸く切り取られたようだ。まるで丸い何かが空をさえぎるよう。

「光を吸い込む月。ダークだよ」

 月が二つ。しかも一つは光を反射しない月。欠けることのない月、いやすべて欠けてしまった月。

「忌みの月。触れてはならない星。だからダークは姿を隠したの」

 先の幼さは微塵にも感じさせない。

 何かの寓話の一節であろうか。不吉を感じさせる言葉。だがリーネの目はどこまでも優しく、愛おしむように黒い月を見ていた。

 二つの月とリーネの言葉、視線。胸がなぜか暖かくなる。そして震えと恐れ。

 アキラはここがやはり異世界だと、改めて感じるのだった。

次は、今晩になりそうです。

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