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【帰還篇完結】黒い月と銀の月  作者: 河井晋助
第2章 My Hometown
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2-12

引き続き、第2章を投稿いたします。

どうか、よろしくお願いいたします。

 ペノンズの工房を出ると、まだ日は高く、宿に戻るのには早い時刻であった。前回は商業区、今回は図らずも工業区を回ったことになった。では、どこを回ろうかと、皆で顔を合わせて考える。

「この近くに、馬の牧場があったよね」

 ふと、思い出したかのように、リーネが見に行こうと提案した。

「街の中に牧場?」

 田舎育ちのアキラであっても、民家の側に牧場があるなどとは、あまり聞いたことがない。やはり、匂いであったり、鳴き声であったり、どうしても住民間のトラブルにつながるからである。もちろん、土地の制約があったり、牧場が先にあって、住宅地の拡張に伴い、一般住宅が近接してくる場合はあるが。

「街中の牧場は、軍馬育成のものです」

 ツキの説明によれば、一般の牧場は近隣の村に作られている事が多い。

 王都の城壁内にあるのは、籠城時のスペース確保と、軍馬の血統を守るためであった。盗難や獣の襲撃から防ぎ、さらには品種改良の研究も行われており、より大きく強い馬を作る目的もあった。

「馬は、賢くてかわいいよ。行こう!」

 リーネがアキラの腕を引く。それに従い、全員で牧場へと向かうこととなった。

 やはり、匂いや騒音に配慮したのか、住居のない工業区の近くに、目的の牧場はあった。

 放牧は、城壁外で行っており、内にあるのは運動用とも兼ねた待合スペースと馬房だけで、付属の研究室らしき建屋と合わせても、そう大きなものでもなかった。

 夕方間近となり、放牧から戻って、馬房へ入るのを待っているのか、二十頭ほどの馬が待合スペースにいた。静かにたたずんだり、軽く駆けたりと、その馬の性格が分かるようなやり方で、時を潰していた。

 スペースを囲う柵へ向かって、アキラの腕から手を離したリーネが駆け寄っていく。その後を追うブルー。それを眺めながら、ゆっくりとアキラはツキと並んで歩き、追っていく。

「改めて見ると、やはり大きな」

 柵に両足を乗せ、背を高くしたリーネが中をのぞき込んでいる。好奇心が強いのか、逆に警戒しているのか、馬が寄ってきて、距離を保ってリーネをじっと見ていた。

 こうして身体の大きさをよく知るリーネと対比すると、今まで、この世界の軍馬を見る機会はあったものの、改めて見ると、元の世界の馬、何度か見たクォーターホース種を一、二回り大きくしたような体格だと感じた。

 どうやら好奇心が強かったのか、アキラが柵にたどり着く頃には、何頭かリーネに近寄ってきていた。上半身を柵の中へ倒し入れたリーネが、馬達の首や鼻筋を撫でていたが、それを馬達は気持ち良さげに受け入れていた。

 微笑ましい光景に、ほっこりするアキラ。ツキも同じ気持ちなのか、目を細めて優しげな表情を浮かべていた。

 ふとリーネの足下をみると、ゆっくり尾を左右に振るブルーがお座りしていた。

 牧場にいる犬。あるある風景だなとアキラは思う。まったく犬らしい。

 視線を感じ、そちらへ顔向けるアキラ。すると一頭の馬が少し距離を取り立っていた。アキラが視線を合わせると、ふいと顔を背ける。

 警戒されているのかと、気にせず、リーネの隣へ行って並ぶアキラ。リーネの横にいるせいか、馬達は嫌がることなく撫でられていた。

 再び視線を感じて、顔を向けるアキラ。また顔を背けられる。

 人のような仕草をする馬だなと、アキラがじっと見ていると、それに気づいたリーネが同じ馬を見て口にした。

「あれ、精霊だよ」

「なんで、ここに精霊が?しかも馬の姿で?」

 リーネが言うには、人の姿にはなれないけれど、獣なら姿を変えられる精霊がいるのだそうだ。そんな精霊がごく希に、馬などに混じっており、大精霊ほどうまく変化出来ないため、気づける人は気づけるので、騒ぎになる時があるのだと。特にリーネなどは、見た瞬間、大精霊も含めて「あの子精霊!」と、すぐに分かるそうだ。

「なんで、そんなことをするんだ」

「あの子達にとっては、練習みたいなものかな」

 精霊は高位を目指すものだと。星の精霊にはなれないけれど、大精霊ほどのクラスを目指すのだ。そのために精霊同士で合体をしたり、姿が変えられるようになると、あの馬のように、変化に慣れる練習をするのだと。それは精霊の本能のようなものだとリーネは言う。

「精霊も大変だ」

「星の精霊がそうするように、作ったんだと思う」

 星の精霊が言ったと伝えられる。進化や発展を止めてはならないと。たとえそれが不幸を生もうとも、それは一時のこと。必ず幸福な成果を得られると、星の精霊は信じている。

 リーネの言葉に、アキラが「なるほど」と返す。

 そして、ふと考え込む。

 しばらくして、それに気づいたリーネがアキラに声を掛けた。

「どうしたの?お腹痛い?」

「いや、ちょっと考え事を」

 どんなと、リーネがたずねると、アキラはもう少しまとまってから話すと返事をした。

 腹が減ったと、ブルーの一言で、宿に戻って食事をすることにした。近場のレストランで済ますのもいいのではと、アキラが提案してみると、宿泊費に食事の代金が含まれているとツキが告げ、リーネが宿の他は美味しくないと拒否する。

 特に宿の食堂に異論はないので、代金のこともあって、おとなしくリーネに引っ張られて歩くアキラ。

 歩くうちに、再び考え事へと沈んでいく。それは、食堂で食事を終えて、食後の茶を飲むまで続いた。

「少し考えたんだが、みんな聞いてくれるか」

 突っ込みしたげなブルーだが、衆人環境の中では、言葉がしゃべれないので、我慢する事にしたようだ。犬だから仕方ない。

 皆が注目する中で、アキラは口を開いた。

「今のままだと、皆に世話になるばかりで、申し訳ないと思う」

 そこでアキラは無一文でもあるし、働くことにすると告げた。

「えー、アキラ、どっか行っちゃうの?」

 リーネは今にも泣きそうだ。ツキも口にはしないものの、悲しげな表情を浮かべている。ブルーは床に伏せているため、どんな反応か、うかがうことが出来ない。

 リーネとツキの優しさに、ぐっと胸が熱くなるアキラ。

「今すぐって訳じゃない。ただ、商いの仕事をしたいと思う」

 技術があるわけでもない、学問もこの世界で通用するか分からない。それならば、前の世界で就いていた、商社の仕事はどうだろうか。情報とかの無形のものは論外として、商いはアキラがいた前の世界でも、時代、場所が変わっても、それほど大きくやり方は変わっていない。ただ、手広くか、こぢんまりかの違いがあるだけ。

 独特の商習慣があるだろうが、それは学べば良いことだと。

「とりあえず、ローダンが今していることと被りますね」

 ツキの言葉に、アキラはうなずく。身近に先達がいるのも、強みの一つだと。

「ならば、ローダンに連絡しましょう」

「いいの、それで。アキラ、どっか行っちゃうよ」

 離れていくことを手伝うのかと、リーネはツキを責める。

 アキラの決めたことだと、ツキは言う。さらに、ウェイトレスを呼び寄せる。

「マリー、メッセージを送りたいのですが」

「あいよ、ちょっと待ってな」

 便利な通信手段がない世界だ。このクラスの宿にもなると、メッセンジャーを常駐させている。

 メッセンジャーが来るまでに、ウェイトレスのマリーから紙をもらい、すらすらと書き付けるツキ。

 やってきたメッセンジャーにローダン商会へと告げ、書き付けた紙を渡して、返事を貰うようにと命じて送り出した。

「とりあえず、会いましょう、今日あるいは明日になるかもしれませんが」

 走ればそれほど時間は掛からないだろう。皆はグラスやカップを口にしつつ、メッセンジャーの帰りを無言で待つ。

 ローダンにどう切り出せば良いかと、待つ間にアキラは考える。まだ、具体的な案はない。ただ、まずはこの世界を、もっと知ることが必要だろうと。

 メッセンジャーが戻る。

 うやうやしく、ツキに封筒を手渡すと、ツキからチップを貰い去って行った。

 封筒の中から、便せんをとりだしたツキは、内容を読むなり、皆にそれを告げた。

「ローダンがすぐにくるようにと。まだ帰らず、商会にいるのでそちらに来るように」

 全員が立ち上がった。

 リーネは不安なのか、いつになく、アキラの腕を強く抱きしめていた。

 夕食の間に日は落ち、あたりは暗くなっていた。街灯の明かりを頼りに、ローダンの商会へと向かう。

 商会は、煌々とまぶしく光りを灯していた。

「お待ちでございます」

 店員がドアを開け、一行を招き入れると、そのまま奥の部屋へと案内された。前に昼食をとった部屋だ。中に入ると、テーブルに着いていたローダンが立ち上がって一行を招き入れる。

「ツキのメモは読ませて貰ったわ」

 それからは質問の連続だった。経験は?扱った品は?扱った金額の程度は?

 アキラは商社の仕組みを教え、専門商社ではなかったため、客の要望によって、あらゆるものを扱った、つまり何でも屋だったと、すべてを正直に話した。

「分かった。聞く限りでは、商会の一つは立ち上げられそうね」

「ローダン!アキラを引き留めてくれないの」

 深く座り、カップに口をつけていたローダンが立ち上がり、リーネの脇に立つ。髪を一撫で、そしてリーネの頭を優しく抱いた。そして、そのままの姿でアキラに顔を向ける。

「でも、今すぐは反対。原資はどうするの。ブルーに頼るつもり?」

「金なんぞ、いくらでもやる。だがな、死に金は嫌だ」

「分かってるよ、ブルー。ローダンの言うように、すぐに何かをするつもりはない。しばらくは、この世界を回ってみようと思う。だから、ブルー、馬を一頭俺にくれないか?」

 貸してくれてもいい。いろいろ世話になっていながら、虫のいい話だとは思う。アキラも恥ずかしい話しだと。

 ブルーは応えない。用意された、エールにも口をつけず、前脚に顎をのせて床に寝そべり、目を閉じた。

「ついて行くのは構いませんよね?」

 静かに聞いていたツキが、沈黙を破る。

 驚き、答えを探すアキラに、リーネがローダンの腕の中から顔を出して叫んだ。

「私も、私もついて行く!」

「なんで、そこまで……。竜の巫女姫の立場はどうする」

 頭をもたげたブルー。

「竜は休業中だ。巫女姫も一緒だ」

「しかし、守護地(フィールド)はどうする。誰かがいないと」

「精霊がいるさ。それに、大精霊達もな。あいつらいつもサボりやがって、たまには仕事をさせんと」

 絶句するアキラ。その姿を見たブルーが、てしっとアキラの足を前足で叩く。

「それだけ、お前を気に入ってるのさ、ツキも、リーネも、そして俺もな」

 私は?というローダンの言葉に、ブルーが笑って「ローダンもな」と言い添えた。

「だけど、出会って、それほど日はたってないじゃないか」

 リーネから離れたローダンがアキラの前に立つ。そして、両腕を伸ばし、優しく包み込むように抱きしめた。

「時間は関係ないわ」

 耳元でささやく。

 そして、ぱっと抱きしめたまま顔を離してにっこり笑うローダン。

「すぐにでも出来る小商いは私が用意してあげる。つまり、あなたは今日から私の弟子ね」

 商会に席は用意するから、存分に使いなさいと、身分の保障を約束するローダンはうれしそうだ。アキラに何かをしてやれることが。

 その言葉で吹っ切れたのか、アキラが笑う。

「今日から師匠って呼べばいいかな?」

「それは止めて」

 真顔になったローダン。その真剣な様子にたじろぐアキラは、ローダンとは呼べないぞ、なんて呼べばいいとたずねる。

 会頭は駄目とローダン、まずはクギを刺す。

「そうね、お姉さん、姉貴、姉上、とかそのあたりで」

 ロー姉でも姉々でもいいわよと、気軽に答えが返ってくる。

「そうだな、ちょっと考えさせてくれ」

 頭を抱え込もうにも、アキラの身体はがっしりとローダンに抱きしめられたままだ。

 ひょいと、椅子に登って座ったブルー。

「それじゃ、まずは馬四頭を明日買いに行くぞ」

 ローダンは朝一番に手配しておくと応えると、ツキが首を傾げてブルーにたずねた。

「四頭?どういう計算ですか?」

「俺だろ、アキラだろ、ツキだろ、リーネは馬に乗れるよな」

 乗れるよー、とリーネが応えて続けた。

「でもね、犬は馬に乗れないと思う」

 無理、絶対無理、というか、乗れても乗っちゃだめだと。

 全員の視線がブルーに集まる。

「犬で申し訳ない」

 その答えに全員が笑うが、アキラはすぐに笑みを納めて、皆に告げた。重大な事とばかりに。

「俺も馬に乗れない」

 ナニとばかりに、唖然とばかりに今度はアキラに視線が集まった。

「お前は、乗れない馬を、俺にくれと言ったのか!」

「申し訳ない」

「噛むぞ!」

 その後、ツキとリーネの分、アキラは乗れるようになるまで、二人どちらかに同乗する事で、馬は二頭にするとした。犬は自分で走れと、リーネが命じた。

 ローダンが明日の昼前に来るようにと、地図をメモにして渡してきた。城壁外だが、王都近くにある牧場で、朝食後にゆっくり歩けば昼前には着く程度の距離だ。

「買い付けには私も、立ち会うわ」

「大丈夫か、忙しいだろ」

「弟子のためだもの」

 解ったとアキラはローダンに、渋々うなずいた。呼び方を次に会うまでに決めなければならないため、出来るだけ次会う日を先延ばししたかった。

 アキラ達一行が商会を後にした、その後の話し。

 ローダンからの連絡に、近隣の大精霊達に激震が走った。

「ルールは守ってるわ!」

 更に大激震が走った。


社畜男、居候やめるってよ

幼女もどき:「ムリムリムリムリ……」

銀髪:「…………無謀?」

わんわん:「捨てないでくれ~」

大丈夫、金なら持ってるだろ。


次回、明日中に投稿予定です。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 主人公が40過ぎのオッサンとは思えない点。 世話になりすぎてるから出て行くにしても判断が今更すぎるし、リーネから引き止められてるのに考えを変えないってことは、理由は申し訳ないからではな…
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