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【帰還篇完結】黒い月と銀の月  作者: 河井晋助
第2章 My Hometown
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2-11

引き続き、第2章を投稿いたします。

どうか、よろしくお願いいたします。

 商会を後にして、キムボールの案内でやってきたのは、工房が集中する一角。煙突からはもうもうと黒煙が上がり、周囲に槌音が響き、炉の放つ熱のせいか、この一角だけは気温が高いようだ。

 先頭に立つキムボールが向かうのは、ここいらにある工房と同じような平凡な建物。ドアを合図もなしに開け、無遠慮に入っていくキムボールにアキラ達も続く。

 目にしたのは、展示スペースと店を兼ねたような作りの部屋。周囲の壁には剥きだしの剣や矛、槍などが飾られているかと思うと、木樽に無造作に突っ込まれたものもあった。

 ツキが周囲の壁を見回し、小さくうなずく。鍛冶師の腕に満足したのだろう。

 商談スペースなのか、何も置かれていない大きな、しかし低い高さのテーブルが真ん中にしつらえてあった。ここに物を広げて、客とやり合うのだろう。縁の傷や、天板の割れ目からして、激しくやり合うこともあったと見られる。

 テーブルを避けたキムボールが、奥のカウンターへと向かう。そのカウンターだが、普通の店で見る物より、明らかに低い。

 店に入ったアキラは、どこか違和感を感じていた。

 思い込みなのかも知れないが、工房にあるはずの騒音、槌音などがないのだ。僅かに聞こえるのは、すべて隣近所のものだ。

 静寂の中、カウンターに置かれたこぶし大の金属を握ったキムボールが、それを複数回叩きつけた。

 なるほどと、呼び鈴代わりなのだ。それこそ鈴の音では、奥の工房で、自らの槌音などに邪魔されて聞こえないのだろう。

 ならばこその疑問。そこまでしているのに、なぜ音が静かなのか。

 反応がなく、さらにキムボールが何度となくカウンターを叩く。

「聞こえとる!何度もうるさいわ!」

 妙に低いスイングアームのドアを押して出てきたのは、見るからにドワーフだった。

 間近に見る、初めてのドワーフに、アキラは興奮気味だ。

 背丈はアキラの胸まで届かず、幅のある身体に乗っているのは、人より一回り大きい顔。その顔の下部は、大量のひげで覆われていた。

 そこでアキラは気づいた。カウンターやスイングドアが低いのは、ドワーフの体格に合わせてのことだと。

「久しぶりだな、ペノンズ」

「馬鹿王子か。忙しいんじゃ。またにしてくれ」

 あごひげを撫でたペノンズは、そのまま翻って奥へと戻ろうとする。

「そう言うな。見て貰いたい物がある」

「知らん、帰れ」

 そのままスイングアームに手をかけるペノンズ。その間に、アキラは鞄から眼球を取り出し、布を剥ぐとカウンターに置いた。めちゃりとした、湿った音がする。その音に、ペノンズが振り返った。踵を返したペノンズがカウンターへ戻ってくる。

 顔を眼球に近づけ、じっくりと観察をするペノンズ。興味を持ったようだ。すかさずツキが、自分とアキラの名を教え挨拶をした。リーネとブルーは店の片隅でじゃれあっているので、放っておくことに。

 話しに加わる気がないのか、キムボールはペノンズによろしくと言い、「それじゃ、後は任せた」と言葉を残して、両手持ち剣(ツヴァイヘンダー)のコーナーへと向かっていった。

「ツキとやら、これは何の眼球か?」

「トゥースピックです」

 やはりとうなずくペノンズ。さらに見透かすように、先を促す。

 ツキはキムボールが離れているのを確認し、声を潜めた。

「精霊喰いになっていました」

「そうじゃろうな。珍品じゃて」

 手が汚れることもかまわず、断りをツキに入れて眼球を掴みあげる。じっくりと細部までの様子を観察しつつ、ペノンズはツキに声を掛けた。

両手持ち剣(ツヴァイヘンダー)の鞘にある傷。気づいたのはお前さんか」

「ええ、鞘の口に、目につきにくい傷がありました。抜刀時に刀身が掛かると危険です」

 どうやら、キムボールは抜く時の違和感に気づいており、商会前でアキラ達と出会った後、ペノンズに見てもらいに来る予定だったようだ。

 目利きは確かかとつぶやき、眼球をカウンターへ戻す。

「貫き傷があるが、問題はないだろう。でだ、このわしに何をさせたい」

 買い取りか、ならば商会が間に入らぬから、安い値であろう。買ってもいいぞと言うペノンズ。鍛冶師間の独自ルートがあるのか、転売を含めて、どうやら価値を見いだしたようだ。

「いいえ、これで剣に耐性を付与をしていただけますか」

「耐性付与?となれば一つか」

「精霊喰いの耐性を」

 ツキはトゥースピックとの戦いの際に、レインが一瞬怯んだ事を見抜いていた。その怯みは、捕食者である精霊喰いへの根源的な恐怖から来ており、容易に克服できるものではない。だから、捕食者が捕食出来ない耐性付与により、具体的な守りでもって恐怖に打ち勝つしかないのだ。

 そして、再戦があるやも知れぬと。

 精霊喰いは理性的ではないが、それなりの知性がある。そして、一度自らを傷つけたものは許さず、近くにその者の気配があれば、復讐に来るであろうと。そして、その時には、さらに精霊を喰らい、戦ったときよりも強くなっているはずだ。

「出来ますか?」

 どの剣にだとペノンズがたずねるので、ツキに促されて、アキラは鞘ごとカウンターにレインを乗せた。

 一言断りを入れたペノンズが、レインを鞘から抜き、刃を左右上下から吟味した。

 白刃を目の前にして、うなり声を上げるペインズ。

「これほどの業物。しかし、打ち方がまだ幼い。まだ何振りも打っておらぬ鍛冶師か。幼いながらも、それが全体から見て妙に調和しちょる。見事じゃ」

 恐らく打ったのは、まだ若い駆け出しの刀専門の鍛冶師。もちろん注文打ちなど打たせてもらえない。それが何の理由があったかは知れぬが、この一振りにと身命賭して打ったであろう、その心がけにペノンズは瞑目した。刃を両手に乗せ、天に捧げるように持ち上げて、長く、とても長く一礼。この上なく、丁寧に鞘へと収め、アキラの手に戻した。

 アキラの脳裏には、レインが、自分を叩いた刀鍛冶へ払われた敬意に、こぼれおちるまま、涙拭うことなく、こみ上げる嗚咽こらえて泣く姿が見えた。

 この剣ならば可能と。

 ペインズが言うには、へたな剣では、付与出来ず、壊れてしまうのだと。レインならば十分に耐えうると、一目見ただけで保証した。

「では……」

「受けられん」

 即答になぜと問うツキに、引き寄せた椅子に座り込んだペノンズが答えた。

「設備をすべて売ってしもうた。わしは近々帝都へ移る」

「ちょっと待て、聞いてないぞ」

 聞きとがめたキムボールが、慌ててカウンターへと近寄る。

「教えれば、お前さんと揉める。それが面倒じゃ」

 帝都へ向かう理由。それは技術の問題。古い歴史を持つ王国は、鍛冶の高い技術を誇っていた。それが、帝国から始まった精霊工学との組み合わせで、今や帝国優位の時代なのだと。

「お前さんも知っておるように、わしは若いときに帝国で鍛冶と精霊工学を学んだ」

 そして、更なる技術の向上を求めて、王都に流れてきた。確かに鍛冶の技術は、この国の頂点とも言えるほどまで向上したが、精霊工学は独学では限界があった。それでも、独自の理論を発展させたが、それを実証する場が王国にはなかった。あまりにもこの王国には精霊工学を学ぶ者が少ない。

「だから、王城へ来いと、何度も誘っただろう」

「わし一人がいても無意味じゃ。それは独りよがりとなって、停滞するじゃろうて」

 それこそが、他との切磋琢磨が期待できる帝都へ帰る理由なのだと。

 悔しげな表情を浮かべるキムボール。自国の技術、学問の程度が低いと言い切られたのだ。

「なら、いつか戻ってくれ。頼む」

「そうじゃな、考えておこうか」

 その言葉を聞き、先に帰ると言い残して、キムボールは工房を出て行った。

 それを見送ったペノンズ。

「ツキと言ったな。お前さんの望む付与が出来るのは何人もおらん」

 よほど自身の技術に自信があるのか、ペノンズは言い切った。そして付け加える。

「その剣、いや刀を他の鍛冶師には見せん方が良い。分かるな、その意味が」

 完全ではないにしても、何事かがあることを見抜いているようだ。

「分かりました。お時間いただきありがとうございました」

「何の、良い得物を見せて貰った。それを対価としよう」

 そして眼福眼福とペノンズは続けた。

 アキラはツキと共に頭を下げ、リーネとブルーを促して、続いて外へ出ようとした。

「坊主、大事にせよ。だがな、その刀で己に満足せぬことだ。人が打った刀が人を育てることもある」

 戸口で一人残ったアキラは、黙って再び頭を下げた。

 アキラ達が外へ出て行った後も、ペノンズはドアを見続けていた。

 斬ることを目的とした剛刀。華奢な真打ちなどは霞むほどの見事さであった。

「業物一振り、眼福じゃ」

 ぽつりと呟いた。


多分、同じ事を考えている。

わんわん:「出番がない…………」

社畜男:「犬だもの」

まさしく、そうでございます。


次回、明日中に投稿予定です。

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