2-9
引き続き、第2章を投稿いたします。
どうか、よろしくお願いいたします。
今気づいたのか。王子鈍すぎるぞ。いや、ツキに夢中で他を見ていなかっただけか。
あれがドラゴンですとアキラは教えてやる。キムボールは、その言葉の意味を理解するまで、しばらくの時間がかかった。
他に言うな、秘密にしてくれとアキラは頼む。
「ご許可いただき感謝いたします」
すでにブルーは行ってしまっていたが、なんとか心の中で折り合いをつけたキムボールが大きな声で礼を言う。リセットについては国で調べてきたようだが、実際を目の当たりにして、戸惑ったようだ、
ブルーが行ってしまったので仕方なく、腕にリーネが絡むのをそのままに、アキラはキムボールを誘って、先を歩くのだった。
たき火の周りに、ツキ以外が腰を下ろした。ツキは花束を手にしておろおろとしている。その姿に、アキラにべったりとくっついたリーネが、生けておけばとアドバイスをする。
なるほどとばかりに、なぜかアキラにレインを借りて良いかと聞いてくる。
うなずくアキラ。それに礼を言ったツキは、花束と共にレインを手にして森へと向かった。
「で、何か話しがあるのか」
「巫女姫がお戻りの後で」
目前で伏せている犬に話すのは、やはり抵抗があるのか、ツキを待つとキムボールは言う。それに、「ここにもいるよ」とぶーぶー言うリーネは無視されていた。
しばらく、何を話して良いのか分からぬため、無言ですごす。やがて、ツキが戻ってきた。手には竹筒のようなものに生けられた花。
『武器としての自負が、プライドが……』
レインがアキラの脳裏で、しくしく泣いていた。何があったのか悟るアキラは、後で手入れをしてやろうと決めた。
さっそくとばかりに、皆に交じって座ったツキを確認して、キムボールが口を開いた。
「我が国のカロニア伯爵が、禁を犯しまして、許される事ではないとは存じますが、ブセファランドラ王家としてお詫び申し上げます」
胡座を掻いたままで、キムボールは深々と頭を下げた。そして、そのままの姿勢で続ける。
「我が国の王が来られず、申し訳ございません。また、帝国からの使者がございまして、財団との一件片付きましたら、すぐに参上いたしますとの伝言ございます」
「分かったから、いいよ。それより、お前も普段通りでやってくれ」
地面を前脚で、てしてしと叩きつつブルーが言う。続いて「……帝都を火の海に……シルの奴が……」とか、つぶやいていたが。
良いのかそれでと、ブルーを見ていたキムボールだが、振り切ったような表情を浮かべる。
「わかった。無礼は許してくれよ」
また、ツキに向けた良い笑顔を浮かべるキムボールだった。
「それだけじゃない様子だけど?」
慰めるように、ブルーの頭をなでつつアキラが先を促した。
「話しが早くて助かる。実は、うちの陛下と相談してな、ドラゴンのリセット期間、うちの兵たちで守護地の境界を警備してはどうかと」
もちろん、王国と面する境界に限るがと続ける。
意外なところから反論が出る。
「いえ、それはお断りいたします」
ツキが、リセット期間がどれほど続くか分からない。10年以上の月日がかかることもあるのだ。それだけの長きに渡ると、良くない考えをする者が現れると。
「精霊が守ります。また、精霊の数も増えますので、それも心配です」
それに、リーネも静かにうなずく。なぜか、ブルーは我関せずの姿勢だ。
きっぱりとツキに言われ、キムボールはさらに言いつのろうとする。。
「しかし……」
「本来、守護地は人や獣人を入れない地。それを人が自らが管理出来ようもありません」
キムボールの言葉を遮ってまで、拒絶するツキ。盗人に金庫の番をさせるようなものと。そこまで言われ、キムボールも言葉を失う。
それ以上聞くことはないとばかりに、立ち上がるツキ。その背にすがるようにキムボールが声をかける。
「ならば、これだけは言わせてくれ。俺は|あなたの住む場所《YourHometown》を守りたいだけだ」
本当は言うつもりではなかったのだが、王族として、王子としてではなく、一人の個人としての我が儘なのだと。
「感謝はいたします。それでも……」
足を止め、立ち尽くすツキ。
小さな、アキラだけに聞こえる声で、リーネがつぶやく。
「かわいそうなツキ。かわいそうな王子。あなただけなのよ、アキラ」
そして無言のなか、風が草原を撫でる音だけが聞こえる。
「やらしてやれ。何かあったら、ディーネもいるしな」
「ブルーが、それを言いますか」
振り返ったツキが、こぼす。
「ああ、いざというときは、俺が噛んでやる」
「もちろんだ!いつでも噛んでくれ!」
「今噛んでやろうか!」
全員が笑った。ツキまで笑った。だが、横を向いたアキラは見た。
アキラの腕に顔を埋め、ぽろぽろと涙をこぼすリーネを。
それは笑いではない。
声を殺し、歯を食いしばり、ツキのために流す。
隠した慟哭の涙。
訳も分からず、何も言えず、だけど、アキラはリーネの頭を抱こうとした。しかし、その手は止まる。
ただ、リーネの好きにさせてやろうと。
警備の部隊については、編成が終わり次第、配置することになった。もちろん、開始の際にはディーネからブルーへ連絡を入れてからになる。
境界に入る事がなければ、細かい点は実施しつつ修正することにした。
話しは終わった、それだけだとばかりにキムボールは立ち上がった。
「さて、この後はどうするつもりだ?」
家にでも戻るのかと、キムボールがたずねる。
ここで、決めてあった王都でも行くと言えば、絶対に一緒に行くと言い出すだろう。アキラがツキを見ると、ぷるぷると顔を横に振っていた。けっこう、あり得ないその仕草に、ずっと見続けるのには、どうすれば良いか考えるアキラ。
「王都へ、買い物に行くよ」
目の腫れを隠すように、リーネが伏し目がちに、しかも空気を読まずに言った。
ツキのぷるぷるが激しくなる。
残念ながら、ここまで見納めとばかりに、アキラとブルーが助けに入る。
「そうなのか。目的地が同じなら、一緒に行こうか」
キムボールに先手を打たれる。アキラは口を開けたまま固まるが、さすがドラゴン、ブルー。
「いや、俺らは俺らでのんびり行くから。お前、先に帰れ」
言いにくいことを、ズバリと言い切る。
相手が王族でも、さすがのドラゴン、ブルー。
「そう言うな。一緒させろよ」
「噛むぞ!」
「いいぞ!」
かくんとブルーの顎が落ちる。目が丸く広がり、「何言ってんのこいつ、馬鹿なの、マゾなの」と表情が物語っている。
「いや、ブルーが心の平安を保つためにも、俺たちだけにしてくれ」
アキラがブルーを出汁にして、先に帰そうとするが、この王子は意外と粘る。そういえば、似たような光景があったなとアキラは思い出す。一緒に住んでる大精霊と王族は似てくるのかと。
ちなみに、ツキは出汁には出来なかった。アキラも空気を読んだ。
ぶつぶつと言いながらも、ホーンホースにキムボールは跨がる。
「気が向いたら、王城に遊びに来てくれ」
「やなこった」
「冷えたエールを用意するぜ」
なぜそれを知っているのか。ソースはローダンか、ディーネか、いや王国には他にも大精霊がいるとの話しだ。それか!
行ってもいいかなと、迷い始めるブルー。手の平返しも甚だしい。
「ローダンのところで、飲めるじゃないか」
「いや、王家御用達のエールがあるかもしれん」
「ローダンに取り寄せてもらえよ」
金ならあるだろう、銘柄解れば大丈夫だろとブルーに突っ込むアキラ。
「だいたい、犬がエール飲んでいいのか」
アキラの指摘に、リーネが乗っかる。
「わんわんは、エール飲んじゃ駄目かも。死ぬよ」
「わんわん言うな!それに、俺は死なない体質だ!」
そのブルーの言葉に、アキラは首を捻る。言ってる事は正しいのだろうが、世間的には駄目だろうと。
「頭痛くなってきた。俺の健康のためにも、行ってくれ」
さすがに、頭を抱えるアキラが気の毒になったのか、分かったと一言残してキムボールは王都へ向かって、ホーンホースを走らせた。
ツキは、頭を縦に、うんうんと振っていた。
キムボールを見送った後、さっさっと荷物を片付け、出発の準備をする。
「王都まで、どのくらい掛かるんだ」
「小屋まで一日くらい、そこから半日ですから」
小屋で泊まるには、中途半端な出発になりそうだ。
途中、野宿するか、小屋に泊まるかで、皆で相談するが、ツキとリーネが野宿は大丈夫と、今までの事を考えれば、野宿なんて慣れてしまっているので、すぐに出発する事にした。
ここまで来るのと同じく、ブルーが水晶を背負い、アキラが一番大きな背負い鞄を持つ。
「それじゃ、ペース上げて行くか」
意外とツキとリーネが健脚であるため、うまくすれば小屋まで行けるかもと、少々急ぐことにした。アキラは自分が足を引っ張る事にならないことを祈った。
結局無理をして、夕方暗くなって小屋までやってきたので、そこで泊まることになるのだった。
鋭く真実を突く女。
幼女もどき:「わんわんが、エール飲んじゃ駄目!死んじゃうよ!」
わんわん:「わんわん言うな!」
社畜男:「いや、マジで死ぬぞ」
わんわん:「死なない体質だから、大丈夫!」
いや、マジでやめとけ。
次回、明日中に投稿予定です。




