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誤字脱字、直しつつ始めて行きます。
どうか、お付き合いのほど、よろしくお願いいたします。
食堂とおぼしき部屋に通され、片隅のソファに目をやったアキラは、リビングも兼ねているのだろう想像する。
失礼と思われない程度に視線を巡らす。外観からの想像を裏切らない内装だったが、しっかりと片付いていながら、清潔さと生活を感じさせる雰囲気だ。
進められた椅子に座ったアキラの腕にリーネがすがりつく。
「おなか減ったでしょ。ねぇー減ったでしょ」
「そうだな。減ったと言えば、減ったな」
甘えるような言葉と仕草に苦笑を返し、この様子では遠慮もいらないかと応えるアキラ。
「じゃ、おねーさんがツキに頼んであげる」
にぱっと笑うリーネ。
だが、さすがにアキラは聞き捨てならずに言葉を返す。
「なんでリーネがおねーさんなんだ?見た目、絶対俺の方が年上だろ」
きょとんとした表情のリーネ。
かわいい表情を浮かべるリーネだが、明らかに、こいつ何言ってんだという風だ。
「……すいません、鏡ありますか?」
リーネとアキラの会話を聞いていたツキが、分かっていますよというように、ある方向へ指さす。その先には女性が暮らす空間には、必ずあるであろう姿見が。
鏡に向かって、椅子から勢いよく立ち上がったアキラが駆け寄る。
「高校生の時って、こんなんだったよな……」
鏡に写っているのは16歳程度の男子。
「……どうやら、こちらの世界に転移するときに、何らかの影響があったみたいですね」
二人の会話から、悟ったようなツキの言葉。実際のお年は?との言葉に、40歳半ばですと返すアキラ。それに慰めるようなツキの追撃。
「かなりの若返りですね」
「もう、何がなんやら……」
立て続けに起こる異変に思考が追いつかない。
がっくりとして椅子に戻ったアキラの肩をリーネが叩く。
「良かったじゃない!」
分かっているのかどうか、リーネの慰めにアキラは頷くしかなかった。
リーネとアキラのちぐはぐな様子から逃れるように、ツキが立ち上がって手をひとつ叩く。
「昨夜の残りですけど、お昼ご飯をご用意しますね」
台所に続くのか、ドアが開いたままの戸口へとツキが向かい、すぐさま鍋、鍋敷きのようなものを手にして戻ってきた。
テーブルに手にしたものを置いたツキが、指先を鍋に向ける。
「暖めを」
その言葉を合図にしたかのように、鍋から湯気が立ち上がり始めた。それを見ていたアキラは違和感を感じる。
鍋敷きに見えていたのは調理器具だったのかと。
とりあえず、若返りについての考察は諦めたのか、アキラがたずねた。
「便利な道具があるんですね。音声で動くとは」
食器でも取りに行くのか、ツキの背中にアキラは声をかけた。その言葉にツキは振り返って応える。
「道具ではないですよ。簡単な魔術です」
「……そうだよな。やっぱりあるんだ」
異世界転移だと感じた瞬間から、覚悟をしていたのか、アキラがつぶやく。
やはり魔術はあったかと。
若返りは予想外だったが。
アキラの腕を離れ、ツキを追いかけて台所へと向かうリーネがコロコロと笑う。
「うちはみーんな使えるよ、魔術!」
キョロキョロと周囲を見回すアキラを、配膳を終えたツキが気にかける。
「どうしました?」
「いや、食事の前に手を洗いたいなと思って」
「きれい好きなんだね!」
感心したのか、目を丸くしたリーネが腕をとって、アキラを台所の水場へと誘う。
洗い場に手を差し出すように促したリーネが、ついと指を回す。
アキラの手の上に、輝く小さな魔方陣が現れ、そこから水が出てくる。画面に写る作り物ではなく、しっかりとした現実感があった。
「これも魔術なんだ」
「そうだよ。精霊にお願いしたんだよ」
止めどなく出てくる水で、アキラはしっかりと手を洗い、リーネに礼を告げた。
私もー、とアキラに続いて手を洗ったリーネ。
「さっ、ご飯たべよー」
具だくさんのスープにパンを浸して食べながら、アキラは異世界転移について改めて説明した。
すでに話してあったリーネは食事に夢中だったが、ツキはアキラの言葉に頷きを返しつつ聞き入っていた。
「転移は可能だと思います」
驚くこともなく、ツキは言い切った。ただし、詳細は分からない、転移ではなく、何らかの召喚に巻き込まれた可能性が高いと説明した。
ツキの説明では、この世界の魔術は、治癒を除いて使い手の魔力ではなく、世界のあらゆるところに存在する精霊に請い願うことで発現するとのことだ。
「それじゃ、精霊使いと言うことですか?」
「精霊使いとは言いません。使役しているわけではないので。単に魔術師、そして、高位の者は契約者、特別に精霊と契約をかわしている魔術師はそう呼ばれています。治癒に携わる者も同様に魔術師、あえて区別する場合は治癒師と呼ばれます」
この世界では手伝ってもらう感覚らしいが、精霊を媒介にした魔術と、治癒だけに限定された、人が持つ魔力を使う魔術の二種類がある。
精霊にもいろいろあって、目に見えない、言葉も発せない、どこにでもいる存在から、人や獣の形態をとる高位の精霊などもいて、それは千差万別で、学者でも分類は難しいのだと。
精霊にも序列があり、最高位の精霊は一体のみで、星の精霊と呼ばれており、すべての精霊を生み出した存在といわれ、高位の精霊とも併せて、信仰の対象となっている。
それに対して、アキラの世界で崇められていた創造神などの説明をしても、ツキもリーネも、今ひとつ理解出来ないようだ。
どうやら、具体的で言葉も交わせる創造者がいることによって、神という概念が発生しなかったのだろう。
魔力は、本来それを持つ者にしか影響を及ぼすことは出来ず、治癒のみに限定される。しかも、それが可能になったのは、ここ最近、とはいっても百年単位での過去のことだと言う。
人や精霊達には、魔力が皮膚に張り付くようにして覆っており、この魔力を何らかの方法で剥がさぬ限り、ダメージを負わせることは出来ないそうだ。この魔力を何かに利用出来ぬかと、研究された結果が治癒の魔術ということだ。
そして、他人への治癒の行使が可能になったのは、さらに近年で、かなりの熟練を要するとのこと。
魔力のシールドと治癒魔術のおかげで、外傷を負うことも少なく、人は死ににくい存在となった。たとえ戦争があったとして、死者がなしということも多々存在する。
ただし、最近では、治癒魔術の発達のため、出生率が下がっているのではと、学者達が研究結果を発表している。
「自分の魔力は別にして、精霊と仲良くないと、魔術を使うのは難しそうですね」
「そうですけど、アキラさんは大丈夫だと思います」
なぜなら、会話が出来ているでしょうとツキが告げる。
「そう言えば……」
いまアキラが話しているのは、元々いた世界の日本語だ。対してリーネとツキはこの世界の言葉をしゃべっているのだろう。それがお互い理解出来るのは、ある種の精霊が手伝っているからだとツキはいうのだ。
何もお願いせず、勝手に精霊が働いてくれているのは、気に入ってくれている証拠だと。
ニコニコと笑うツキの言葉に、アキラは希望を持つ。
やはり、魔術があれば使ってみたくなるものだ。
しかし、ツキの言葉に、更なる疑問を覚えたアキラがたずねる。
「俺のことを良くわかってるようだし、ここに転移してくるのも知っていたんですか?」
「ここは本来は人が立ち入れる場所ではないんですよ。厳密には立ち入らせない場所です」
答えになっていない。答えたくないのか、微妙に話題をずらすツキ。
ここは立ち入り禁止の場所で、立ち入った者がいた場合、すぐに精霊が反応して知らせてくれるとツキが説明する。
「もっと詳しい人がいますから、後で聞いてください」
ツキは、自分たちは居候みたいなものだと。
どうやら更なる同居人がいるようだ。それはこの地の管理者のようなもので、その者の許しがなければ、あまり勝手にしゃべってはいけない様子だ。
もしかすると自分は招かれざる客だったかと、居心地が悪くなったアキラは、スープを口に含み、とりあえず、この機会に腹を満たしておかねばと手をせわしなく動かし始めた。
次は、明日か明後日になりそうです。