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引き続き、第2章を投稿いたします。
どうか、よろしくお願いいたします。
地面に倒れた謎の物体は、皆が見守る中で、じゅくじゅくと泡立ち、形が崩れ、不定型なゼリー状態から液体へと変わっていく。液体は地面に吸い込まれていき、やがて跡形もなくなるであろう。
「で、何だったんだこれ?」
異世界だから、こんなものまでいるのかと、アキラは気軽に聞くが、ブルーからは意外と戸惑ったような言葉が返ってきた。
「馬鹿みたいに長く生きてる俺も、初めて見るな。この世界のものなのかね?」
「どっかから、転移してきたのか?」
「いや、そんな痕跡はないが、こことは別の場所に転移して来て、そこで長く潜伏か眠っていたなら、分からん。お手上げだ」
そうやって、ブルーが器用に後ろ足で立ち、前足を上げた。
「それ、何の芸だ?」
「芸ではない!ジェスチャーだ!犬扱いやめろ!」
「だって、犬やん」
「それより、家が!」
その言葉を残して、リーネがすべて崩れ落ちたログハウスへ駆けていく。それ扱いされたブルーが肩を落として見送った。アキラがツキに向かって「リーネをお願いします」と声をかけると、分かったとうなずき、リーネの後を追った。
二人を見送ったアキラの顔が引き締まる。
「で、何が目的だったと思う?」
「……お前か、水晶だろうよ。理由は皆目見当つかん」」
言いながら、背中の水晶を揺するブルー。
「もし俺が目的なら、ここに転移してきたのは、偶然じゃないのかもな」
なぜか応えようとしないブルー。
「……何か、知ってるのか」
「今度な、そのときが来たらな」
「分かった。頼む……」
言葉を濁したブルーに、問い詰めるでもなく、アキラはログハウスへと歩き始めた。それに続いたブルーは、誰にも聞こえぬ小さな声で、「くそったれめ!」と吐き出した。
皆、何かに対して口を閉ざしている、語らぬ言葉がある。ブルーはそのときと言った。ならば、信じて待とう、アキラは心の中で決めた。いつか来るときを。
崩れ落ちたログハウスの側では、膝をついたリーネが大声を上げて泣いていた。幼子のように、すべての態を捨てて。
手でこすっても、こすっても、涙が地面に落ちる。
「ブルーの、私たちの家がー!」
バサリと、黒いコウモリの翼が広げられる。ゆるやかに、リーネの悲しみに共鳴するかのように羽ばたいた。
何も言わず、言えずにツキはリーネの肩を横から抱いていた。
ツキとは逆の側に、追いついたブルーが座る。一度ログハウスへ視線を送り、リーネの頬に顔を寄せ、涙を一つ舐め取る。
しゃくり上げるリーネがブルーを見る。
ぐりぐりと、ブルーは額をリーネの肩に擦り付けた。
「また建てればいいさ。俺、建てるの好きだし」
ひくりと一つだけしゃくり上げたリーネが、ブルーを見た。
「……でも、犬だし……」
やっぱり駄目だー、とさらに泣き声をリーネは上げた。
「ずっと、犬じゃねーよ!」
「オチつけてどうするよ」
立ってログハウスを見ていたアキラがつぶやいた。つられたツキが、クスリと笑った。レインもクスリと思念で皆に笑みを送るのだった。
残骸となったログハウスを探り、壊れていないもの、使えそうなものを取り出して集めていく。
ツキは、リーネに座っていなさいと気遣った。それに首を横に振ったリーネも、皆と一緒に探していた。目を真っ赤に腫らしながらも、懸命に残骸を避けたり、隙間をのぞき込んだり。
さすがに、物を持ったりするのは無理なブルーは、水晶を背負ったまま、あちらこちらに鼻面を突っ込んでは探していた。ますます犬ぽいなと、アキラは思ったが、ここは言わないでおく。いわゆる、空気を読んだというのである。
この程度かと集めて切り上げた。どこかで止めないと切りがなさそうだったためだ。
一カ所に集めた物の上に、雨よけのため、奇跡的に破れていなかった、見つけたターフをかぶせて、四隅を固定する。
この土地、ログハウス周辺だけであれば、精霊に頼み、魔術で雨が降らぬような天候操作も可能なのだが、ブルーがそれを断固拒否したため、見張りだけを頼んでおいた。
恐らく、というか当然盗む者そのものがいないはずだが、心の平安を得るためである。主にアキラの。
作業を終えたのは、昼頃。
これまた奇跡的に無事だった、見つけたパンだけで昼食をして、出発をしようと、皆が立ち上がった。
「帰ってくるよね」
リーネがぽつりとこぼす。
「もちろん、用事が済んだらすぐにでも」
ツキがリーネを抱きしめる。
「ここは、私たちの住む場所なのだから」
胸に顔を埋めたリーネが、「そうだね」とつぶやき返した。
小さく、鼻を鳴らしたリーネが、ぱっと後ろへ飛んで、ツキから離れた。
「行こう!出発!」
真っ赤に目が腫れ上がっていたけれど、花咲くようなリーネの笑顔。
その言葉を合図にして、一行は歩き始めた。
振り返ることなく。
戻ってくるのだからと。
蒼龍の守護地 境界内の道
守護地内の道は、森を切り開き、草原をかき分けて作られていた。特に道標があったり、石畳が敷かれている訳ではない。小石や雑草を取り除き、大きなくぼみが埋めてある程度の整備しかなされていない。
そう、この道は人が作った物ではない。精霊が作り、管理しているものだ。
基本的に、定規で引いたような直線であったが、途中には勾配が急であったり、崖があったり、急流があるなど、通過が困難な場所は、曲げて避けていた。精霊は歩くことに理解が深いわけではないので、そのような場所はブルーが指示して直させているそうだ。
ただ、守護地内の道は、そう頻繁に人や獣が歩くものではない。いや逆に、人や獣が通ったことがある道の方が少ない。
一本の例外があった。
精霊が作り、整備した道であるが、人が利用する道。王都パリスから守護地を経由して商都リアルトへ至る道。もちろん、出発点が商都リアルトである場合も。
この道は、お互いの国家から発せられる伝書使が通る。非武装で、たった一人で。ドラゴンから隠れ、獣の襲撃を避けつつ進む危険な道。
ただし、ブルーは黙認していたが。
理由は、対応していたら「いちいち面倒」だから。
実際、賢者と呼ばれる人々が、知識を求めて、ドラゴン達の守護地に侵入してくる場合は多々ある。慣例的に見逃しているのだが、伝書使はこれと同様に扱っている。
もちろん、偶然出会ってしまった場合には、見て見ぬ振りもできないため、不幸な出来事として処理されるのだが。処理と言っても、運が良ければ目的地側から、悪ければ、道を戻って、出発側から外へ追い出されるのだ。
この伝書使がたどる道だが、王国側の守護地への入り口は、キャリアーが置かれている場所となっている。今も、一人の伝書使が入り口から入って、三叉路へとたどり着いていた。
このまま真っ直ぐ進めば、ログハウスへと至り、左につまり東側へ折れれば、財団側の出口へと至る。
三叉路は深い森の中にあった。
伝書使は迷うこと無く、左へ折れようと一歩足を踏み出した。
これが、この伝書使の最後となった。
たぶん、こんなことを考えていたと思う。
幼女もどき:「けっ、犬が家を建てるなんて無理なんだよ!」
わんわん:「頑張れば、何とか出来るはず!」
いえ無理です、ありがとうございます。
次回、本日の夕方ないしは夜に投稿予定です。