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【帰還篇完結】黒い月と銀の月  作者: 河井晋助
第2章 My Hometown
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2-3

引き続き、第2章を投稿いたします。

どうか、よろしくお願いいたします。

 出発の朝、日も上がりきらぬ暗い中、なぜか張り切ったリーネが皆を起こして回った。まだ少し眠いのか、顔と手を洗っても目をこすりながらアキラは食堂に入った。

 すでにツキが朝食を用意しており、アキラは手伝わずに申し訳ないと謝る。

 裏庭でじゃれ合っていた、リーネとブルーが食堂に飛び込んできたのを機会にして、朝食を始めた。

「今回は道なりに行くだけだから、のんびり行こう」

 またもやどうしてか、ブルーは椅子に座ってテーブルに置いた平皿から食べていた。あくまでも犬ではないと主張したいのか。

 食事の後、片付けも終わり、出発しようかとなった。当然のように、鞄をアキラは持ち上げ背負い、レインを掴みあげた。ツキは、犬なのに嫌そうな顔と分かる、ブルーの背に、水晶(クオーツ)をくくり付けていた。

 残していっても、この場所であれば盗られはしないだろうが、何かが起こったときに、すぐに対応できるよう、連れて行くことにしたのだ。

「背中に乗せるのは慣れてるだろ」

「そうだが……、何か、背中がぞわぞわするんだが」

「腹の方でぶら下げるか?」

「歩きにくいわ!」

 水晶(クオーツ)は布でくるんでいたものの、違和感を感じるようだ。我慢してくださいとは、ツキが気遣う言葉。

 眉を、犬だからそんなものはないが、潜めるブルーを一目見た後、ツキは行きましょうと宣言した。

 しかしその時、ぐらりとログハウスが揺れた。

 地震かと思い、騒ぐほどの揺れではなかったために、行こうと皆に振り返ったアキラ。しかし、皆は床をじっと見ていた。

『主様、何者か地の中を進んできます!』

 そのレインの言葉に、周囲は開けているため、外の方が安全と瞬時に判断したアキラ。

「外へ、その方が対応できる!」

 そのアキラの言葉に、弾かれたように、ブルーを先頭にしてドアへと駆け出す。リーネとツキが続き、アキラが最後に外へと出た。

 少し離れた場所で集まっていた皆に駆け寄ると、アキラはログハウスを振り返る。

 先よりも強い揺れが来た。

 明らかに地震ではない、長く続く揺れ。

 波打つ地面に膝をついたアキラの目前で、バラバラと破片が屋根や壁から落ちていく中、ログハウスの下が盛り上がっていく。

「家が、ブルーの家が!」

 リーネが悲しみの声を叫ぶ。ブルーが人の言葉ではなく吠え立てた。

 地の盛り上がりに耐えかね、ログハウスの壁や柱、屋根が裂けていく。木の割れ裂ける音が周囲に響く中を、さらに地が盛り上がり、波打つ。

 そして、それが止まった。その瞬間、ログハウスの真ん中、食堂あたりが空へと吹き飛ばされた。もうもうと舞い上がるのは砂塵か。その中で、何かが蠢いている。

 ログハウスは二階建てだ。それより高いものが、地中より揺らめきつつ、砂塵の中の影が起立した。そして、ゆっくりと、ログハウスの残った一方に伸しかかった。

 押しつぶされた残骸から、さらに砂塵が舞い上がるが、その中から、触手の先端が見えた。

「いったい、あれは……」

 異様な光景に、ツキが息をのむ。

 何かが、砂塵と瓦礫の中から這い出してきた。

 まずは触手が蠢くのを、そしてゆっくりと這いながら、全体を現した。

 厚みを増したエイのような三角形の両脇に、うねうねと動かす触手がある。広い底面には、棒が三本。長さはログハウスの高さはあろうか。関節のようなものはないが、柔軟に全体がしなって曲がり、器用にそれは再び立ち上がった。

 上部に位置した、エイのような部分が、見回すように左右に振られる。

 やがて、見つけたかのように、先端をアキラ達に向けた。視線を、狙いをつけたかのような動きだ。そこには明らかな攻撃と敵意が感じられた。

 手際よく、アキラは背負っていた荷物を地に落とす。

「みんな、俺の後ろに……」

「だめ!私も手伝う!」

 アキラの言葉を遮ったリーネ。それこそ駄目だと言おうと、リーネを振り返ったアキラ。そのリーネの目には強い力が籠もっていた。

「……分かった。でも、注意してくれ」

 言い争う時はない、しかし、アキラはそれ以上にリーネの目を信じた。現れた物体は三本の足で、アキラ達に向かって来る。

「ツキはブルーと一緒に、下がって距離をおいてくれ」

 無手のツキと、犬に変わってしまったブルーでは危ないと、アキラが叫ぶ。一人と一頭はそれに黙って従い、森の縁まで駆けていく。それを確認したアキラは、改めて物体を睨み付けた。

 二本の触手が、アキラとリーネを打とうとして振り下ろされた。

 左右に飛んで二人はそれを避けるが、触手が上がるとすぐに近寄る。二人は離れて戦うつもりはない。

 触手を宙でうねらせ、三本足は狙いを定めているようだ。

「あれがなんだか分かるか」

『分かりません。最初は精霊かと思いましたが、違います』

「私も初めて見た」

 アキラの疑問に、レインとリーネは知らないと答える。その姿を見れば、外は昆虫のような殻で覆われている。ただ、殻のように見えている部分でも、柔軟な動きを見せていた。どんな生物にも該当しないように、アキラは思える。だからといって、機械のような人工物にも見えない。

 触手の先端がアキラを向いた。その意図に気づいたリーネが、素早く魔方陣を展開、アキラの前にシールドを張る。先端からは光線がほとばしり、シールドを焼くが破れる気配はない。

「守りは任せて。少々離れても、私とアキラ、各々にシールドを張れるから」

 魔力に覆われていないから、直接攻撃が出来るとも告げる。

「分かった。あの手の化け物は足下が弱いのが相場だから、まずは二人で接近しよう」

『リミッターはいかがしますか』

「まだ外すな。俺がタイミングを出す」

 ここでリミッターを外して、ここぞの時に時間切れになっては目も当てられない。

「リーネ、駆けるぞ、ついて来てくれ」

「わかった!」

 その返事に、アキラは物体の足下へと向かって駆け始めた。それを追うリーネは、駆けながら、魔方陣をどんどん増やしていく。先に張ったのは、万能のシールドだったため、専用のものより性能が一段落ちる。

「対物防御特化、対魔術防御特化、打撃無効、刺突無効!」

 アキラにも感じる事が出来た。魔方陣を支える精霊達がどんどん増えていくのが。

「レイン、斬撃強化!」

 返事も待たず、アキラは抜刀して、物体の足へと斬りつける。

 駆ける間に、一際大きく足を踏み出し、地を砕かんばかりに足底を叩きつけ、足指で地を掴まんと力込めて身体を前傾。

 そそり立つ、敵の足一本へ飛び込まんばかりの勢い。

 刃が駆ける!

 柄頭が前へと走り、鞘が引かれて刃抜き放たれた、そのとき、アキラの手首が僅かに外へと動く。

 刃解き放たれた瞬間、鈴とした涼しき音が奏でられ、戦場の騒がしき音すら制す!

 腕が外へ、外へと風切り走る。手首が微かに捻られた。

 剣速、剣先消して、刀身に雫がごとき水滴が生まれ散らされ、軌跡に舞う。旭陽が虹を写し剣跡示した。

 物打ち敵の足を捉え、レインの息吐く気合いが、アキラの脳裏に響く。

 刃、易々切り裂き、切っ先前を向く。

 伸びきった腕をぐるりと捻り、手の甲下向け反動を消す。刃、止まる暇無く、肘が曲げられ、肩へと担ぎ上げられた。

 二の太刀、剣速ではなく、腕の力で振り下ろされ、一の太刀の切り跡へと叩きつけられた。

 物打ち、精妙に切り跡なぞり、ここに両断は成る。

 ここまで瞬き半分。残り半分で、踏み込んだ足を軸に、身体を外へと流す。

 三本足の内一本と肩が触れ合わんばかりの距離で、アキラの身体が抜けていった。

 懸命に、歯を食いしばり、幾つも展開した魔方陣を維持して、リーネはアキラの背を追う。

 切り落とされた足が地に崩れる中、それでも物体は少し揺らいだだけだ。そのまま、器用にバランスを取る、残った二本の足の間を抜け、後ろへと回った。

 しかし、触手先端以外にも、本体後方に発射口があるのか、先ほどよりは細い何本もの光線がアキラとリーネの背中を襲う。素早くリーネは魔方陣を大きく展開して防ぐ。そればかりか、腰を捻って振り返り、手の平に魔方陣を現し、物体へと向けた。

「弾けろ!」

 澄んだ声が、戦場のざわめき貫き、精霊へと願う。

 リーネの呼びかけに、精霊が物体を爆発させる。表面で、いくつもの爆炎が舞起こり、物体が翻弄されて左右に揺れる。

 振り向いたアキラが叫んだ。

「外せ!」

『1、2、今!』

 すっとアキラの身体が軽くなるが、芯に重さが生まれ、普段無意識に抑えている力が解放された。見えるすべてが緩慢になり、足底で地を叩いて速度を殺し、腰を捻る。体を裏返して、敵へと向かう。

 振り返ったために、目の前に来たリーネ。やはり、アキラの速度に追いつけず、距離が先より広がっていた。そのリーネにアキラは駆けより、鞘を持つ手で小脇に抱え、元来た道を駆ける。

 リーネの悲鳴が、小脇に抱えているのに遠くから、太く聞こえる。

 緩慢な動きの物体下に、再び潜り込むが、その速度を物体は捉えられない。リーネに注意を向け、左の肩の上へと刃を担ぐ(てい)を取る。

 袈裟に振り下ろされた刃が、アキラの右側面の敵の足に叩きつけられた。やはり、一刀では切り裂けず、振り切った腕を返し、剣跡を逆にたどって切り上げた。両断成ったが、それを見もせず、アキラは右足踏みだし、身体半身返し、残った足と正対する。

 小脇に抱えられたリーネが、振り回されて悲鳴を上げるが、アキラの耳には届かない。頭が揺らされ、ワンピースの裾もまくれ上がって(あで)な姿でいた。

 再び腕を捻り、切っ先を敵に向けると、そのまま横一文字に一閃。振り抜いた先で腕を返し、さらに横一閃。

 最後の一本も両断成った。

 足二本が両断されて、支えを失い、自らの重さで上部のエイ形が落下してくる。それを見上げるアキラ。レインを縦一閃するが、大きさがあるために両断に至らない。素早く、圧されるのを避けるべく、物体の底から外へと逃れた。

 さらにレインを振るって、真二つに割ろうとしたが、小脇に抱えたリーネから、風の刃が走った。幾つもの不可視の刃が切り刻み、貫通していく。

 湿った音を立てて落ちた物体。しばらく様子を見ていたが、動かぬことを確認したアキラは、レインにリミッターを戻させ、ゆっくりとその場を離れた。リーネを小脇に抱えたまま。

 どうやら、最後の魔術行使で力尽きたのか、「きゅーー」と意味不明な声を上げているリーネ。もちろん、原因はアキラがぶん回したことだ。

 駆け寄ってきたツキとブルー。

「大丈夫なの!」

 それはアキラへ掛けられた言葉ではなく、小脇に抱えられたリーネへ向けられたもの。アキラから奪い取る勢いで、ツキはリーネを抱きかかえた。

「しっかりして!」

「うーん、……やっとシールド張れた……」

 シールドに関して、どうやら心の中では、ずっと拗ね続けていたようだ。虚ろな眼ながら、満足げな言葉に、満足げな表情。

「……大丈夫みたいですね」

 ツキは呆れている。

 ブルーが、てしてしとアキラの足を、前足で叩く。

「えらく、あっさり倒したな」

「斬れるものなら、大丈夫だよ。斬れるものなら……」

 リーネが魔術で防いでくれたしね、その言葉とともに、地面に放り出されたリーネに微笑みかけた。力なく掲げられた手が、ゆるゆると振られて、それに応えた。

「斬れないものが、怖いか」

「ああ。その通り」

 そうかとばかりに、ブルーがまぶたを閉じた。


もしかすると、こんなことを考えてるかも。

幼女もどき:「てっきり、役立たずと思っていたろう!!」

まさしく、その通りでございます。


次回、明日の午前中には投稿予定です。

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