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【帰還篇完結】黒い月と銀の月  作者: 河井晋助
第2章 My Hometown
26/219

2-2

引き続き、第2章を投稿いたします。

どうか、よろしくお願いいたします。

 ログハウスに戻った日。皆はそうそうに床についた。

 ただ、アキラはベッドに一度は入ったものの、なかなか眠れずにいた。

 少し夜風にあたろうかと、裏庭に出る。

 ダークとシルバー、二つの月を見上げていると、ログハウスに気配を感じて視線を移した。ブルーが外に出てくる。

 アキラの横にやってきて、そこでブルーは伏せる。前脚に頭を乗せて。

「眠れないのか」

「ああ、眠いんだけどな」

 そうかと、ブルーがつぶやく。

 一人と一体、いや一頭か、しばらくログハウスを眺めていた。

「いい家だな」

「俺の自慢の作品だ」

 そうだ、このログハウスはブルーが建てたのだったか。

「形も何も違うけどな、実家を思い出す」

 ほう、と応えたブルーがアキラを見上げた。

「帰るに相応しい家だよ」

「ありがとうよ。そう言ってもらえて光栄だ」

 また、しばらく言葉もなくログハウスを眺めていた。

「寝るよ。眠れそうだ」

「ああ、おやすみ」

 ブルーを残し、アキラは部屋へと戻った。

 慣れた柔らかいベッドに清潔なシーツ。昨夜のことが嘘のように、ぐっすりと熟睡した。

 翌日、いつものように日が昇る前にアキラは目を覚ました。

 疲れが抜けた爽快な朝だ。

 ただ、ベッドの脇においたレインからは『主様との同衾の日々が……』の思念が聞こえてきたが、アキラは敢えて突っ込む事はしない。実は、ログハウスへ戻る道中、夜眠る際は、即応できるようにレインを抱いて、少し語弊があるが胸に抱いて眠っていたのだ。

 あのときのツキとリーネのじっとりとした視線が、どうしても忘れられなかった。はやく忘れようとアキラは決意する。

 レインを抱いて寝てやれるのは、また機会があるだろうから、今は朝の習慣だ。

 ズボンだけを着替え、レインを掴んで崖の上へと向かう。

 最初、レインの前で着替えたとき、羞恥とかは感じなかったが、よく考えれば、刀とは一心同体、羞恥もないかと自己解決したアキラだ。『ああ、主様の……』とかは聞こえなかったことにした。

 太陽も未だ昇らぬ、暗い崖の上。じっと地平線を見つめる。

 やがて、日の昇る予兆、地平線が赤くなり始めた、そのとき、アキラはレインを抜刀し、青眼に構えた。

 今までは一人だったが、これからはレインがいる。

 まぶたを閉じ、レインとの会話を始めた。それは言葉を交わすようなものではなく、情報がアキラの脳へと流れ込んでいく感覚。

 まぶたを開いたアキラは、今までにない型を行う。関節の動きから無理かと思っていたものでも、実にスムーズに動く。この世界に転移してから、やたらに身体の動きが良い。

 最初は若返ったためかと思っていたが、こうして意識して動くと、関節の可動域が広がっていたり、筋肉が柔軟になっている。

 だから、レインが要求する無理な動きにも、応える事が出来た。

 一通り、レインの型を終えると、今度は最初に戻ってスピードを上げていく。

 始めて行う型であるのに、次の行動を考えたり思い出したりする必要が無い。まるで、レインがアキラの腕や足をとって、動きを指し示しているような感覚だ。

 何度か繰り返すうち、リミッターが外されたときほどではないが、剣速が常にないほどの速度となり、刀身に水滴が生まれ、一振りごとに雫をまき散らす。

 最後の残心。

 太陽のすべてが地平線を登り切っていた。

 振り切った刀身が雫を舞わせ、虹を写す。

「綺麗なものですね」

 残心から納刀。

 気配も悟らせず、アキラの隣にツキが並ぶ。ツキが、「おはようございます」と朝の挨拶をして、それへ返すアキラ。

 二人で静かに朝日を眺める。

「教えてはいただけないのですか」

 この時、普段の言葉ではなく、まるで師に教えを乞う弟子のようであった。

 アキラの言葉に、ツキはゆっくりと首を横に振った。銀の波がはらりと宙を舞い、日の光を反射してきらめく。

「残念です」

 太陽を見つめていたアキラには見えなかった。何かを期待するような、ツキの表情を。

 だがそれも一瞬。すぐに明るい表情をツキは浮かべてアキラに見せる。

「さぁ、朝ご飯にしましょう。汗を流してきなさい」

 二人は連れ立ち、ログハウスへと向かった。


 朝食の後、アキラがブルーに声をかける。ブルーはなぜか床ではなく、椅子に座り、テーブルに置かれた平皿から食べていた。

「散歩に連れて行ってやろうか?」

「犬扱いするな!」

「いや、どう見ても犬だし」

 ログハウスへ戻る道中からの、二人の定番になった掛け合いだった。「わんわん、散歩行こー」とリーネがブルーの首に抱きつくまでが、一連の流れだった。

「散歩も良いですが、そろそろ王子が境界へ来ますよ」

 皿を片付け、洗浄を精霊に頼んでから、ツキは言うが、今日明日の事ではない。ただ、行くのに日数がかかることを考慮しなくてはいけない。

 今回は道なりに行けば良いらしく、楽ではあるが、5から6日はかかるだろうとツキは予測を口にする。いかにドラゴンが便利な存在であったかが分かるというものだ。

「待たせておけば良いんだ」

 犬の顔ではあるが、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるブルー。

「待たせるのはかまいませんが、行くのは行かないと」

 ツキに言われ、渋々了解するブルー。その横で、「今度王都に行ったら、ローダンさんにリードを用意してもらおう」「うんうん、きっと格好いいのがあるよね」「首輪も探さないと」「うんうん!」とアキラとリーネが相談していた。

「だから、犬扱いするな!」

「犬やん」

「犬だよね」

 ぶすっとふくれて、床に寝そべるブルー。それを見たツキは、微笑みながら荷物を用意するのだった。


 長期の移動をすることになり、元の世界から持ってきたスーツケースを使う事も考えたが、基本的に転がして運ぶものだ。道の状態によっては使いづらいだろうと、置いていくことにした。

 この機会にと、改めて入れていたものを確認するが、服以外には使い道がなさそうだ。

「どれだけ電気に頼ってんだよ」

 改めて、電化された生活に慣れきったことを思い知らされる。

 機械的な構造は、この世界の専門家にでも見せれば、ブレイクスルーを生む可能性はあったが、そんな機会が来たときに、また考えようとスーツケースへと戻した。

 あまり荷物を多くしても邪魔なだけで、道中で洗濯する機会もあるだろうからと、下着数枚程度を手にした。

 そうして、食堂に戻れば、ツキが荷物を揃えている。背負う鞄が横に用意されていて、登山で使われるような、結構大きなものだ。

「アキラさんは、それだけで大丈夫ですか」

「ええ、男なんで。この程度で大丈夫ですよ」

 応えたアキラが、用意されていた鞄に、手にしていた下着類を入れる。

 ついでとばかりに、ツキが用意していた荷物も詰め始めた。

 用意された荷物に、食料がごく僅かだったので、アキラがたずねる。

「食料は現地調達にします?」

「干し肉と、干した野菜は少しだけ持って行こうかと思います」

 ログハウスへ戻る道中でも、採取できるのは風味付けに使える程度で、主菜となりうる野菜類はほとんどなかった。肉ばかりを食べていた気がする。狩りは順調に行えたので、事実そうなのだが。血抜きや、捌いた後の冷却を、魔術でしたため、味はけっこうよかった。

「そういえば、鞄の収容量を増やしたり、別の空間に荷物を収容する魔術ってないんですか」

 アキラが思い浮かべるのは、転移もの創作物の主人公がよく使う奴だ。それで無双したりするのだが。

 唇に人差し指の先をあてて考えるツキ。普段では見せないような仕草だ。

 アキラはちょっとドキドキする。

「そんな魔術は聞いたことがないですね。空間を操作できる精霊は、いるにはいますが」

 大精霊や星の精霊あたりだと、出来るかもとのことだ。

 アキラは思い出していた。

「そういえば、王国のディーネは転移してきましたから」

「あれは、空間の操作ではないんですよ」

 高位の精霊であれば、存在を広げているのだと。現在いるところから、自らを広げて、違う場所に改めて自らを顕現させているにすぎない。

 聞いたアキラは、大精霊の姿がスライムのように伸びていく様を思い描いた。

「少し、気持ち悪いな」

「瞬間的に行われることなので」

 どうやら、ツキにアキラの想像が伝わったようで、苦笑いを浮かべていた。

 そのとき、アキラの背後から、カシャカシャとした音が聞こえてきた。振り返ってみれば、ブルーがこちらに歩いてくるところだ。

「爪、切ってやろうか」

 爪が床の木材を掻く音だった。

「だから、犬扱い……、でもないのか」

「あとで、切ってやるよ。移動の時に折れたら大変だ」

 変身して間もないからか、何かの影響なのか、急に爪が伸びたり、毛が抜けたりするようだ。

 頼むとうなずいたブルーが、やってきた本題を告げる。

「今から出発すると、昼前後だ。面倒だから、明日の夜明け直後にしよう」

「そうですね。では、痛んでしまいそうな食材は、使い切りましょう」

 この日の昼と夜の食事は、豪華なものになった。


わんわん「犬扱いするな!」

社畜男 「犬やん」

全くもってそのとおり。


次回、本日の夕方に投稿予定です。

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