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誤字脱字、直しつつ始めて行きます。
どうか、お付き合いのほど、よろしくお願いいたします。
ドラゴンと、いやキムボール王子とカロニア伯爵が対峙する場。それを見ていた者がいた。遠見の魔術を使うその魔術師に、エリオットが声を掛ける。
「殿下、何やら動きを止めて、にらみ合っております」
「まだ時ではないか。いや、シル様によれば……」
続けて、側に控えていた副官に、全軍突撃用意と命じた。
兵たちは態勢を整えていく。
向けた先は王国へ向かう西ではない。
守護地境界に向けていた。
背に乗る四人を下ろしたブルー。
キムボールが前に出て、両手を広げた。皆を守るように。
「戻れ、王子である俺が言うんだ。戻れ!」
本来であれば、王族である事を利用して、他人に命じるなど、最も嫌うことだ。しかし、キムボールはそうせざるを得ない。
自らの権威で、命じるしか、この場は収まらない。
「その場から、お退きなさい。殿下よ、王命ですぞ」
「何を言う!陛下はそのような事は命じぬ」
カロニア伯爵が薄ら笑いを浮かべたまま、首を横に振る。
「国境を守れと命じられました。此度もその一環ぞ」
キムボールとカロニア伯爵の二人が命じた、命じぬと言い合う中、アキラはそっと抱きかかえていた水晶を、手近の木の元に隠すように置いた。
そして、元の場所に戻ったアキラは刀の柄に手を掛けた。万に一つの時に守れるように。
「埒もあきませんな」
カロニア伯爵の手が上げられた。
「弓、構えよ!殿下には当てるな」
命じられた兵たちが、戸惑うようにざわめき始める。
当てるなとは命じられたものの、矢の先には王子がいるのだ。そして、やはりドラゴンに弓引くのは恐ろしい。
「構えよと命じた!聞けぬなら、敵前逃亡とみなす!」
そのカロニア伯爵の一喝に、おびえつつも弓をつがえる兵たち。ドラゴンも恐ろしいが、敵前逃亡とされては死罪しか待っていない。
「馬鹿な!待て!」
前に一歩踏み出すキムボール。だが、容赦なくカロニア伯爵は命じる。
「放て!」
矢が一斉に放たれる。
だが、それはブルーの翼が一振りされるだけで退けられた。
吹いた風で、矢があらぬ方向へ飛散していく。
それを見越してか、すぐさま、カロニア伯爵は新たな命を発する。
「魔術の矢を用意!」
続けて放てを命じた。
だが、何も起こらない。
「放て!」
なぜ命じられたことができぬと、怒りに満ちたカロニア伯爵が再び叫んだ。
「伯爵!魔術が発動いたしません!」
精霊が呼びかけに応えないと。魔術師たちは、各々自ら培った方法で精霊達に呼びかけるが、一切の反応がない。
守護地に入ってからは、常以上に精霊の存在を感じていた魔術師たちは、今までにないほどの威力になると思っていた。
精霊達はいる。
しかし、なぜか呼びかけに応えようとしなかった。
ドラゴンが何か仕掛けているのかと、視線を向けると、そちらでも異変が起きていた。
地に伏せるブルー。苦しげに身を震わせていた。
駆け寄ったリーネとツキ。体をなでて心配そうにするリーネ。ブルーの顔をのぞき込むツキも気遣わしげだ。
「なんてタイミングだ……。まさか……この時とは……」
「大丈夫。あなたは安心して。皆ここにいるもの」
「ああ……。今回はそうだった……。後は頼んだ……」
何が起こっているのか。
アキラが見ている前で、ゆっくりとドラゴンの体が縮んでいく。
理解出来ない状況に、混乱して見ているしかないアキラ。しかし、ツキとリーネは何かを知っている。前に出たツキは、ブルーを背にして立ちはだかり。リーネはブルーの首筋に顔を埋め、つぶやいていた。
「私はここにいるよ。安心して、アキラもいる。ツキもいる。私もいる。だから、休んでいいの」
「アキラさん!ブルーとリーネを守って!」
ツキが叱咤するように、アキラへと叫ぶ。理解出来ないが、ツキの隣に立ったアキラは、僅かに腰をおとし、柄に手を掛けて抜刀を待つ。
「刀を信じて、語りかけて。今なら精霊達が手伝ってくれます」
それはこの世界に来て、初めてツキがアキラに施した教え。頑なに語ろうとしなかったこと。
「しかし、精霊は応えてくれないと!」
先ほど、王国の魔術師たちは呼びかけに応えてもらえず、魔術の行使に失敗していたとアキラは告げるが、ツキは大丈夫とうなずき返す。
そのとき、帝国領土に展開していた部隊。その中で遠見の魔術師が、異変をエリオットに告げた。それを聞き、すぐさま麾下の部隊すべてに突撃が命じられた。そして鼓舞するかのように叫んだ。
「守護地すべてをもらい受ける。帝国のものとするぞ!」
財団を攻めたのは、軍を動かすための口実。そして、帝国同様に守護地へと攻め入らぬようにするため。
釣り出した王国が、予想以上の兵を守護地へと侵入させたが、この場をもって粉砕すればよいことだ。
シルフィードが告げたドラゴンのリセット。それを聞いたエリオットが決断したのは、今まで誰もなしえなかった守護地の制覇。
不定期にドラゴンは体と精神をリセットする。不老不死の存在であるが、不要や無駄な部分を捨て去り、いったん弱体化して生まれ変わるのだ。そのための期間は時々による。100年以上の長期にわたる場合もあれば、1年に満たぬ場合もある。
リセットが終わり、元の体に戻ったドラゴンが、守護地の状況をみて怒ることを、エリオットは想定していた。だから、これは一種の賭けだ。期間が長きに渡るほど、帝国はそのときへの対応が出来ているはず。
「だから、俺が生きている間は、隠れていてくれよ、スカイドラゴン」
突撃する部隊を見送りつつ、エリオットはつぶやくのだった。
帝国の部隊が突撃してくる中、それを知らぬカロニア伯爵は目前の出来事に驚いたが、好機だと思った。兵を突撃させようかと考えるが、それを阻んだのが、キムボールだった。ブルーを守って立つアキラとツキの、さらにその前で、王国の兵士たちと対峙しているのだ。だが、状況が変わる。変えてくれた。
「王子よ、あなたの気持ちは受け取りました。これ以上は不要です」
その場から退きなさいとツキは告げる。兵たちが騒ぐ中、カロニア伯爵が動きを見せていることに、キムボールはその言葉に従うことをためらう。
「しかし……」
ツキとキムボールが退け退かぬとやり合う隣で、アキラは手にした刀と対峙していた。語りかけよとツキは言う。精霊達が手伝うと。
柄を握る手に、力を込める。鞘の中では、小さく刀身が震えてカタカタと音を鳴らしていた。アキラの震えではない。刀が震えていた。
「これはいったい……」
思い出す。ツキと初めて会い、改めてこの刀を渡された時を。
アキラが刀に声を掛けようとしたとき、その言葉が王国騎馬隊より叫ばれた。
「境界外、大規模な砂煙あり!」
キムボール、カロニア伯爵の視線が境界外へ向く。一見して、それが騎馬隊が舞起こす砂塵である事が知れた。視線を向ける中、みるみる騎馬隊が近づいてくる。
「帝国の部隊だと。奴らは王国国境へ向かっていたのではないのか……」
キムボールがつぶやき、呆けていたカロニア伯爵が我に返って叫ぶ。
「防衛態勢をとれ!歩兵、帝国騎馬隊に向け、対騎馬陣を作れ!」
訓練が行き届いていたのか、後方の歩兵集団が、騎馬隊側面につき、帝国騎馬隊との前に立ちはだかる。
歩兵たちが素早く、隣の兵との距離を詰めて幾重にも横に並んだ。歩兵指揮官が叫ぶ。
「槍、構え!」
最前列の兵たちが、槍の石突き、末端を地に突き刺し、穂先を前方へと突き出した。
「弓構え!」
陣の後方で、帝国騎馬隊の頭上に向けて、矢を番える。素早く放てを命じたが、時を同じくして、王国の歩兵たちにも大量の矢が降り注ぐ。
砂煙に紛れていたのか、帝国騎馬隊の側面に大量の弓兵たちがいた。その数、明らかに王国の歩兵たちを上回っている。
騎馬への対処のために、前方へ盾を構えていた最前列の歩兵たちの多くが、矢に魔力を剥がされ、後方へと退こうとした。そのため、空いた穴は多く、そこを狙って騎馬たちが突入した。
騎馬が歩兵を蹂躙し、そのまま歩兵たちの陣を抜け、陣形を整えようとしていた王国騎馬隊に襲いかかる。
帝国と王国の騎馬たちが入り乱れ、抜いた刃で斬り合う。
アキラの目前で、凄惨な戦いが繰り広げられる。
馬蹄が地を荒らし、まばらに生えていた木々が、人を切り損ねた刃で傷つけられていた。
「ブルーが大切に守っていたものが……」
壊されていく、汚されていく。
帝国の騎馬兵がアキラ達に気づき向かってきた。
「守る、守りたい、守らなければいけない!」
ここではない、守護地の草原で、あの裏庭でリーネと横たわり、ツキは側に座って見守ってくれていた。ブルーは立って腕を組み、遠くを見つめていた。
ここではない、だが、この草原も同じ。
アキラが大きく瞬く。
鞘の中、一際大きく刀身が震え、止まった。
瞬いたアキラは、目前の光景、騎馬の動きがスローモーションに見える。
『お声を掛けるのは初めてです、主様』
手にした柄から、いや、頭の中に直接響く声。驚きはなかった。なぜか、その言葉は心を穏やかにする。
『ただいま、まいりました。銘はレイン、レインと申します』
「ああ、なぜか分かる。君はずっとそこにいたね」
『お恥ずかしながら、あと千年はかかるはずでございましたが、精霊の助けを借りまして、お話しできるようになりました』
アキラの脳裏には、頬を恥ずかしげに染めた、長い青色の髪、銀色の瞳の少女がいた。
「君は、この日本刀だね」
『さようでございます。刀の精霊、主様の世界ではツクモガミ、と呼ばれるようなものでございます』
「では、さっそくだけど、手伝ってくれ」
『分かりました。まず出来る事を。主様のリミッターを外します』
すっと体が軽くなるが、芯に重りがかかるような感覚。レインから、頭にずらりと注意が流れ込んでくる。人は普段は無意識に力を制限している。そうでないと、身体や神経が壊れてしまうためだ。その制限を取り外すと、数倍の能力を発揮できるが、身体と心に負荷がかかるため、長くは外しておけない等。
突然であったが、不安はない。
『では、参りましょう』
次回、本日の夕方か夜の投稿予定です。