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【帰還篇完結】黒い月と銀の月  作者: 河井晋助
第1章 天使(エンジェル)
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1-21

誤字脱字、直しつつ始めて行きます。

どうか、お付き合いのほど、よろしくお願いいたします。

 近くにニワトリの群れがいたのは助かった。

 アキラはフライパンに、採ってきた卵を割り入れ、素早くかき混ぜ、塩こしょうを振りかける。再度かき混ぜるが、今度はゆっくりと、全体がまとまるように。全体がふわりとして、ほぼ火が通ったら、火から下ろし、全粒粉のハードタイプのパンに、ツキが広げて待つ切れ目へ直接入れていく。奥までしっかりと入ったことを確認し、次のパンにも同じように入れていった。

「ご飯だよー」

 パンを受け取ったリーネが、キムボールのもとに、茶と共に持って行く。

 地面にあぐらを掻いて座ったキムボールが、リーネからパンを受け取る。

「おお、巫女姫のご給仕、大変ありがたく存じます」

 先ほどまで、熱く語っていて、よほど腹が空いていたのか、早速キムボールは茶で喉を潤し、パンを食べ始めた。

 一口頬張るなり、「うまい!」とツキへと視線を送り、にっこりと微笑んだ。

 それ作ったの俺なんだがと、アキラがぼやくが、手は止めない。

 ばくばくと食らうキムボールの前では、鳥居もどきを挟んでブルーが寝そべっていた。ドラゴンの姿のままで、さすがに何かを食べるつもりはないようだ。うとうとと舟を漕いでいた。

 キムボールとブルーが対峙してから、すでに数時間が過ぎようとしていた。コツコツと無骨ながらも、王国と財団(ファウンデーション)との絆を語り、国境での紛争へ、王子であるキムボールが駆けつけることにより、平和的な解決が図れるかもしれないと。いや、ミュールであれば可能だと。

「聞いておりますか、ドラゴンよ!」

「ああ、聞いてる、聞いてる」

 すでに飽きているブルーは、半分眠りながら、空返事をするばかりだ。

 そんな様子を見ながら、リーネが自分のパンに小さくかじりついた。はむはむと食べて、行儀良く飲み込んでから口を開く。

「これ、いつまで続くのかな」

「そうですね。どこかで終わらせないと……」

 ため息一つ吐いたツキが、手にしたパンにかじりついた。

「終わらせるってもな」

 道具を片付け終えたアキラが、二人の後ろに立って、ブルーとキムボールへと視線を送る。

「あれは、平行線だぞ」

 どうするんだと、腕を組んだアキラだが、急にブルーは頭を上げて一点をにらんだ。同時にリーネもパンをくわえたまま、同じ方向へと視線を送る。ツキは立ち上がると、手にしていたパンをアキラに渡して、ブルーへと駆け寄る。

「早まってはいけません!」

「分かっている。落ち着け」

 今までのだらけた様子はなく、ブルーは座り直した。

「囮というわけではないな」

 じっとキムボールを見るブルー。

 そんな様子に、何事だとばかりに視線を返すキムボールだった。

 周りで何か、見えないものがざわめく感じに、アキラは戸惑い、リーネに声をかけた。

「どうした、いったい何が始まった?」

「精霊が騒いでる。たぶん、境界から侵入してきた者達がいる」

「それって、良いのか」

「良くない。ブルーは怒ってる、とてもとても、すごく」

 その言葉に、アキラはブルーを見た。リーネが言うように、怒っているようには見えないが、続く言葉がいつになく真剣だ。

「王子よ、一つ聞くが、俺をここに留めることがお前の役割か?」

「何を言っておられる。私は……」

「いや、そうだな。知らぬ事だな」

 何を言い出したのか理解出来ないキムボールが戸惑う。

「精霊達が伝えてきた。たくさんの兵達が、ここより北で境界を破って侵入したとな」

「馬鹿な……。そんなことが……」

 否定しようとしたキムボールだが、一つ思い当たる節があった。

「まさか……、カロニア伯爵が……。待って欲しい!何かの誤解だ!」

「誤解も何も、事実だ」

 ぶわりと広げられるドラゴンの翼。

 背に乗れとブルーはアキラ達に呼びかけ、リーネは荷物をまとめ、アキラはシャツにくるまれた水晶(クオーツ)を抱き上げた。

 ドラゴンの、ブルーの体に手を添えたツキが、キムボールを見る。優しくその肌をなでてなだめていた。しかし、口にした言葉は苛烈だった。

「王国は、信に足る国だと思っていました。友人も住まう、良い国だと」

 その言葉を残して、ツキはブルーの背に登る。

「銀の巫女姫よ!あなたに、あなたにそれを言われるのはつらい。言われたくなかった」

 その髪色から、そう呼びかけたのだろう。ツキがブルーの背にあって、顔を伏せた。そして、誰にも聞こえない、いやブルーには届いただろう声でつぶやいた。

「それは私には相応しくない」

 追いかけて登ってきたリーネが、ツキの様子に何かを悟ったのか、優しく抱きしめる。続いたアキラが、二人の様子に戸惑う。しかし、何があったとたずねる事はできない。ただ、ブルーの背に掴まるだけだった。

 三人が背に乗り込むのを確認したブルーが、キムボールへと口を開く。

「今から侵入してきた者達を殲滅する。それが俺の役割だ。お前達も同じようになりたくなければ、ここから動くな」

 それはブルーの優しさであった。

 伝わるかどうか、それは言葉を掛けられたキムボール達次第。

 血がにじむまで、唇を噛み、歯を食いしばっていたキムボールが叫んだ。

「俺も行く!俺も行かせてくれ!」

 その叫びに、ブルーは首を振る。

「行って何となる」

「俺が話す、引き返すよう説得する。させてくれ!」

 手にした両手持ち剣(ツヴァイヘンダー)の鞘を握りしめ、喉も裂けよとばかりに叫んだ。

「駄目なら……、俺が斬る!すべての兵を!」

 それが信を取り戻すための、たった一つの方法だと。

「馬鹿なことを……」

 ブルーの言葉をツキが遮った。

「連れて行きましょう」

 王族が自らの手を汚すというのだ。その後は、おそらく死しかない。自ら手を下すのか、王あるいは法によってかは分からないが、今の言葉だけで、キムボールは王族である事を捨てた。捨てることによって、国への忠節を示した。

 それを認めたツキが、ブルーを諭す。

「俺にはよく分からない。この世界の常識も何も知らない。だけど、あの王子の言葉は、なぜか俺の心に響く」

 だから連れて行ってやろうと、アキラが口にした。

 聞いたブルーは、背に振り返り、まぶたを閉じ、口をゆがめた。それが笑みだとアキラには分かった。

「お前とツキが言うなら、そうしよう」

 優しい声色。その言葉に驚き、アキラがなぜと聞こうとするのを遮り、ブルーがキムボールへと言葉を掛ける。

守護地(フィールド)に入り、俺の背に乗ることを許してやる」

 一瞬呆けたキムボールだが、言葉の意味を理解すると駆け出し、境界を越えて、恐れる様子もなく、ブルーの背によじ登った。

 ドラゴンの翼が一振り、一陣の突風が地を叩いた。大声でキムボールが自分の配下に、ここで待つように叫ぶ。その答えは聞くことが出来なかった。ドラゴンが空に上がったから。

 三人が言葉を交わす暇もなく、目前に兵達の進軍する様子が見えてきた。あまりの早さにキムボールが何事か言おうとしたが、すでにブルーは着陸の態勢を取っていた。

 境界近くは草原になっていた。まばらな木々の間、騎馬の前に降り立つブルー。馬たちは前脚を上げて竿立ち、乗る兵たちは振り落とされないよう、またはなだめようとしていた。

「ここは蒼龍の守護地スカイドラゴンフィールドだ。なぜに入った、人達よ」

 問答無用で殲滅することはなく、背に乗るアキラとキムボールは胸をなで下ろす。

 兵たちが、目前のドラゴンに恐れ騒ぐ中を、一体の騎馬がかき分けて前に出る。

「王国の軍である!ひかえよ!」

 一際豪華な衣装をまとい、馬にも立派な装具がつけられていた。カロニア伯爵であった。兵たちが騒ぐ中、役に立たぬ者どもよと吐き捨て、自らが前に出た。

 兵たちにも見せつけるよう、堂々とした態度で、何が問題であるかと言い放った。

「伯爵!引け、引くんだ!この地から出よ!」

 その言葉に、ドラゴンの背に向けて視線を送るカロニア伯爵。目を細めてじっくり見ている。

「まさか殿下。そこで何をされている」

「俺は伯爵を止めに来た。ここは蒼龍の守護地スカイドラゴンフィールドだ。人の入って良い地ではない」

 だから戻れと。しかし、そのキムボールの言葉に、薄ら笑いを浮かべたカロニア伯爵。

「たかがトカゲの親玉が守る土地。少しばかり横切って、何が悪いのです」

 その言葉にキムボールは絶句する。伯爵であっても、その程度の認識かと。

 馬のいななきだけが、その場では聞こえてきた。


次回、明日中には投稿いたします。

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