10-10
引き続き、
第10章を投稿いたします。
どうか、よろしくお願いいたします。
アキラが目蓋を開いたその先には、犬の顔があった。
「……、犬臭い」
「犬扱いするな!」
叫ぶブルーの顔を手で脇に寄せて、アキラは上体を起こした。
真っ先に鼻に手を当てて、血がついていないことをアキラは確認するのだった。
すぐさま傷の様子を見ていたディアナが声をかけた。
「具合はどうですか」
いつもの研究者の時の口調だ。
アキラは、やはり自分は研究対象なのかと苦笑いをするが、ふと笑みを収める。
「愛花姉と会っていた」
「元気でしたか?」
「元気も元気だよ」
答えながら、もう一度苦笑を浮かべるアキラ。ディアナの反応を見たアキラは、あれは明晰夢などではなく、何らかの、恐らくは魔術的な手法で体験させられたものなのだろうと納得をすることにした。
気づいて、裂けたシャツの下、包帯が巻かれた脇腹に意識を向ける。金色に包まれており、塞がってはいないようだが、アキラは問題を感じなかった。
「もう、人ではなくなったんだな」
「いや、お前は精霊の完全体になることを拒否した。まだ人だ、半分だけな」
ブルーの言葉に、ふっと笑みを浮かべるアキラ。
「半分だけでもマシか」
「ああ、そうだ。半分あれば十分だ」
介入を退けただけでも上出来だと続けるブルー。
ベッドから足を下ろし、床に立つ。意識を失っていた影響からか、身体をぐらつかせるが、それをディアナが支えた。
「状況は?」
ディアナに肩を借りて、ブルーに問いかけるアキラ。
「頂天号でリーネとツキは出撃している」
「頂天号?」
「お前の爺さんが作った飛行体だ。レインが復活して、操縦しているよ」
それを聞き、顔を綻ばせるアキラ。何よりも、気にかけていたレインが元に戻ったのが嬉しかったが、今は刀ではなく、女性の形になっていると更に説明されて、微妙な表情へと変わる。
戦いの情勢、魔王艦隊は航空隊の攻撃によって撃破したものの、現在は第三勢力によって攻撃を受けていると聞き、アキラは渋面を浮かべる。
「クオーツか俺を狙ってきた奴か?」
「正体は判明していないが、おそらくはそうだ」
それを聞き、戦場と思しき方角へと視線を送るアキラだが、ここはエーテル炉を納めた部屋であり、厳重に守られているはずなので、外は見えないはず。
だが、アキラの目には、仰天号が光線に貫かれている姿、そして空を飛ぶ頂天号が見えた。
「人を辞めたせいか、遠見の魔術が使えるんだが?」
「遠見じゃないぞ、知覚が広がっているんだ」
「……俺は化け物かよ」
「いや、相応だ」
半人半精霊とはそういうことなのだと、ブルーの言葉に納得がいかないのか、アキラは首を傾げるが、落下する仰天号を助けようと、頂天号が動き出したのを見て、更には円盤からの攻撃の兆候を感じた。
飛べるかとアキラは自問する。
可能だと感じる。
「ちょっと、行ってくる」
肩を貸してくれていたディアナから離れたアキラの姿が掻き消えた。
「転移したか……」
「そうみたいー」
いつもの状態に戻ったディアナを、ブルーは眉を潜めてみる。
「本当に、お前は気楽だな」
そのブルーの言葉に、にこにことした顔を向けるディアナだった。
アキラは自分が頂天号と呼ばれる飛行体の機首に立っている事を知った。
すぐ脇からは稲妻が迫っている。
このままでは、この飛行体もろとも斬られるだろうと、しかし、手にしているものは何もない。ただ、背後にリーネやツキの気配を感じていた。
ままよとばかりに、アキラは手を伸ばして稲妻を受け止めた。
斬られるかと、そう思ったアキラだが、自分の手の中に稲妻は掴まれていた。形を変えつつも、しっかりと受け止めていた。
「来い!ツキ!リーネ!」
ごく自然と叫んでいた。
稲妻を斬り捨てた後、アキラは再び人の形になったツキに導かれ、離れようとしないリーネを抱えたまま頂天号の機内へと入った。
ツキがアキラを導いたのは操縦室。
扉が開くと、アキラの目に先ずは飛び込んできたのはレインの立ち姿であった。
円盤からは、稲妻こそは発せられていないにしても、光線が発せられて頂天号の船殻が弾いている。そんな戦いの真っ最中であるにも関わらず、操縦はクオーツに任せているのか、レインは自分の席を離れていた。
レインの眼には大粒の涙がたまり、口はへの字に曲がってわななき、肩は震えていた。
ああ、脳裏で見たのと同じ姿だと、アキラは顔を綻ばせる。
「おかえり、レイン」
そのアキラの言葉により、レインの堰は切られた。
止めどなく流れる涙を拭うことなく、レインはアキラに飛びつき、アキラが抱き上げているリーネもろとも抱きついた。
「主様~、戻りました~」
涙と鼻水でシャツが濡れるのにも構わず、アキラはレインの頭を撫で、さらには青い髪をすいて、実体であることを確認して、それを噛み締め喜ぶ。
「友よ、もう大丈夫なのか?」
その言葉を発したのがクオーツであることで、視線を向けるアキラ。
「いろいろ、助けて貰ったようだな」
「当然、と言って良いのかな?友のためならばな」
レインの頭を撫でていた手を、今度はクオークの頭に乗せて撫でる。
「感謝するよ、友よ」そして、前で繰り広げられている、円盤からの攻撃の映像に目を移し「外が騒がしいようだ、片付けよう」
レインが離れて、アキラの右手をとって、最前列中央の席へと誘う。
「ここが主様の席です」
「何か、一番偉い席のようだけど」
それを聞いたツキが、自分の席に着きながら答えた。
「アモン様からは正式に所有権を譲渡されています。これはアキラの機体です」
「説明書はエーテル炉にテキストが用意されていますけれど、ハードコピーも用意してあります」
そう言って、レインがどさりと分厚い本をアキラの前に置いた。
「……まあ、この機体の説明書なら、こんなものか」
呆れたようなため息をついて、アキラはぺらぺらとめくり、おっ、簡単操縦法なんて章があるなと、そこを読み始める。
「レイン、俺これを読んでるから、操縦任せていい?」
「もちろんです!」
「機関はクオーツ、航法はツキがやってるのかな?」
その通りと、ツキとクオーツが頷きを返す。
「それじゃ、とりあえずは魔王の機体を安全そうな場所まで持って行こうか」
そう言って、全員の返事を聞いて、未だにリーネが自分の腕の中にいることに気づいたアキラは、席を立って、空いている左の席へと向かう。
「リーネ?」
返事はなかった。よほど集中しているのかと、アキラはリーネを席に下ろして座らせると、元に戻るのだった。
アキラの言葉に反応しないのは、よほどの異常であり、後ろに座っているツキにアキラは振り返って目で問いかける。
だが、それにもツキは悲しげに、ゆっくりと顔を左右に振るだけで、答えを返す様子はない。
現在は、円盤からの攻撃を避けて、魔王の期待を運んでいる戦闘中だ。問いただすことも出来ず、アキラは仕方なく、頂天号の説明書に目を落とすのだった。
にゃ~にゃ~:「説明書、読む派」
社畜男:「説明書、流し見る派」
わんわん:「説明書?なにそれ美味しいの?」
困ったら、読む派。
次回、明日中の投稿になります。




