10-8
引き続き、
第10章を投稿いたします。
どうか、よろしくお願いいたします。
頂天号 操縦席
円盤を追いかける頂天号だが、直接レインが接続されていた時よりも、明らかに動きに精彩を欠いていた。
その頂天号の前で、魔王の艦隊には光の柱が突き立ち、シールドがそれを受け止めている。
「ディーチウと誰が移転したのかな」
「大精霊由来のシールドです。二重になったのは、エンですか?」
レインの疑問に、ツキが応える中、映像は仰天号を映し出していた。しかし、その機動を見て、ツキが叫ぶ。
「魔王が体当たりを!無茶です!」
後部推力の、魔力の咆哮が激しくなり、仰天号が速度を増して、魔王艦隊上空の円盤達に向かっていく。機首には金色の盾を煌めかせて。
面積を狭める事で強度を増しているシールドを盾として、仰天号は可視化するほどの魔力を後方へと噴射して、円盤へと突進していた。
それはまさしく、騎馬武者が馬上槍を抱えて突進するが有様。
ただ、持つのは槍ではなく、重装剣士が持つかのような、硬く巨大な盾。そして、その盾が、円盤の一つに叩きつけられる。
魔力が削れ、エーテルの火花が円盤と仰天号の周囲にまき散らされた。
それは、盾と盾で押し合うかの様子。
仰天号の後方へと噴射される魔力が、咆哮を上げて更に量を増すが、円盤も回る外周の速度が増し、押し合う力の均衡は崩れない。
「……さすがは、金色のシールド」
操縦室前方に映し出される光景に、ツキが思わず言葉を零した。だが、次の瞬間の出来事に、ツキが目を疑う。
円盤と押し合っていた仰天号の機体が、するりと横へと逸らされたのだ。
仰天号が進路を変更したのでも、円盤が挙動を変化させたわけでもなかった。
ただ、違いがあるとすれば、円盤と仰天号が接触している部分で、淡く輪郭がぼやけた光線が放射されていることだ。
それは、頂天号がスノウ達の乗る機体を引き寄せた時に似ているとも言えた。
ただ、その効果は違う。
気づいたのレインだった。魔術に詳しいリーネは、ただひたすら何かに集中しており、他へ注意を向けてはおらず、スノウとノーミーは後方の部屋へと行ってしまっていた。
「あれは、牽引の逆、反発するための光線ですよ!」
恐らく、術式を反転させたのだと。
レインの言葉通り、仰天号の機首は、円盤から放射されている光線によって、まるで氷に突き立てた杭が滑るかのように、機首の向きを変える。
必然、仰天号は円盤に向きだしの脇腹を見せることになる。
シールドは機首にのみ展開している。
そのむき出しの脇腹に、円盤から放たれた新たな光線が打ち込まれた。
仰天号は集約したシールドを、全体に広げようとはしていたが及ばず、光線がその機体を貫いた。
ぐらりと、まるで巨人が膝を突くかのように、仰天号の機体が傾き、ゆっくりと砂漠の地表へと落ちていく。
幸い、推力のコントロールは失ってはいないのか、下方へと魔力が噴射されているために、落下の速度はゆっくりしている。しかし、すでに高度を上げる術がないのか、そのまま地表へと向かう。
「円盤を牽制して!あの機体をレイン、守って!」
「しかし姉上、あれは敵ですよ!」
「敵であっても、主の父が乗っているのですよ!守りなさい!」
ツキの言葉に、レインの表情が変わる。
確かに剣を交えたのは事実であったが、それは敵手としてのもの。それが横やりによって倒されるなど、戦う者の名折れであろう。しかも、それが肉親であればなおのこと。
「行きます!クオーツ、推力回してちょうだい!」
「余剰放出停止した。存分に吹かせ」
そのクオーツの返答に、レインは頂天号に魔力の咆哮を上げさせる。
仰天号が落下する中、頂天号はその上へと向かう。
「リーネ、魔王の機体を引き上げて!」
ツキの言葉にも、リーネの集中は解けない。
弾けるように、ツキは席から立ち上がり、リーネの前に駆け寄った。
ツキはリーネの肩を掴み、その身体を揺さぶった。
「リーネ!」
僅かにリーネの目の焦点が戻り、ツキの顔を見た。
「魔王の機体を魔術で持ち上げて」
そのツキの言葉に、リーネは少し首を傾げる。
レインが頂天号の機体を仰天号の上につけ、その落下する速度に同調させる。
そして、円盤はただそれを見ているだけではなかった。六つの円盤から、光線が放たれるが、それを頂天号の船殻は苦もなく跳ね返す。
たった一つ恐れるのは、あの稲妻だと、放ってくれるなとレインが心の中で呟く。言葉に出すと、その弱気が不運を連れてきそうで恐ろしかった。
「魔王はアキラを斬った、殺そうとしている奴だよ。なぜそんな奴を助けなきゃいけないの」
「ニアに懇願されて、魔王はアキラの命を磨いている!まだ、あの男は必要なの!」
ぱちくりと、瞬くリーネ。
そして、ふっと微かに笑う。
「それでもだよ」
「アキラが、太陽の精霊に殺されても、いえ還元されてもいいの?アキラは選んだから、復活は出来ない」
ツキがリーネの顔を覗き込み、視線を無理矢理に合わせた。
一瞬、リーネは言葉の意味が理解出来ぬのか、眉を潜めてツキを見返していたが、やがてそれは理解の表情に変わる。
「必要悪?」
「あなたの理解がそうなら、それでもいいわ」
諦めたように、リーネがため息をつく。
その手に魔方陣が浮かび、リーネの指先が弾くと、強固な頂天号の船殻を抜けて仰天号へと向かった。
そして、牽引の光線に包まれた時と同様に、淡い光線が頂天号と仰天号を結びつけた。
自らより大きな仰天号の機体に、一瞬頂天号は引きずられて沈み込むが、レインが下方への魔力噴射を強め、更には後方への噴射を強くして円盤の前から逃れようとした。
二倍以上の重量となっては、前のように軽やかな機動は無理だ。
「早く、早く機首よ回って!」
操縦桿を握るレインが祈るように叫ぶ。
だが、この時を逃すはずもない。
一つの円盤から稲妻が放たれる。
不規則な軌道を描いて、稲妻が薙ぐように頂天号の機首へと向かう。
ツキはリーネの肩を掴んだまま、背後の映像を見る。リーネも映像を見ていた。
再びあの稲妻に捕らわれるのか。いや、今度はもっと被害を受けるかも知れない。
操縦室にいる者達は目を閉じまいと、前面の映像を睨む。
そして、稲妻が機首を切断するかのように、接触しようとした瞬間に見た。
それは背を向けていた。
それは緩やかに流れる風に、黒い髪を揺らしていた。
それは右手で稲妻を受け止め、握っていた。
それは、背に金色の翼を、巨大な翼を広げていた。
それは、赤黒く染まり、裂けたシャツを着ていた。
それは叫んだ。
「来い!ツキ!リーネ!」
それは肩越しに振り返る。
それは笑っていた。
それはアキラだった。
席を蹴り、リーネが脱兎の如く駆け出し、その後をツキが追う。
二人は上部ハッチを開け、機体背面を駆ける。
「アキラ、アキラ、アキラ!」
飛びついたリーネが、アキラの首筋に両腕を回して抱きしめる。その背に、アキラは残っている手を回して支える。
アキラが振り返る先には、僅かに遅れてきたツキが胸に手を当て、目蓋を濡らして立つ。
「お待ちしてましたわ、主様」
泣き笑うツキ。アキラの背中に額をこすりつけて泣きじゃくるリーネ。
頂天号の周囲には、精霊が共鳴により、可視化できるほどに集まっていた。
アキラの周囲を舞い踊る。頂天号の船殻に取り付く。そして、空では虹の軌跡を残して飛び回る。
二体の精霊馬、スプライトとスピリットが、空を駆けてアキラの元にやってくる。
前脚を折り、頭を下げてアキラに平状する精霊馬。
リーネを支えていた手を放し、二体の精霊馬の鼻を順にアキラは撫でてやる。
「頂天号を手伝ってくれないか?」
そのアキラの言葉に、精霊馬達はいななき、頂天号の船殻の上を駆け巡り始めた。
その蹄の跡、そしてついていく精霊により、船殻の呪紋が改めて書かれていく。しかし、それは以前とは違っている。
書かれていく呪紋に満足げに頷き、アキラは器用に、背中にあったリーネを自分の前にやり、左手の腕に座らせて抱く。
アキラとの再会に、途切れていたリーネの集中が再び始まる。
「それじゃ、さっそく手伝ってくれ」
身体を薄れさせて、本来の姿に戻るツキが、稲妻を手放したアキラの手に収まる。
次の瞬間には、宙で鞘から抜き放たれた大太刀が、稲妻を斬り捨てていた。
社畜男:「社畜男改め、金色の翼を背負う者」
却下
次回、明日中の投稿になります。




