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引き続き、
第10章を投稿いたします。
どうか、よろしくお願いいたします。
リシア共和国 隠蔽軍港
この隠蔽された軍港には、港としての機能を果たすために様々な建物が建てられていた。
その一つに厩舎があった。
この軍港にやってくるのに、一般の兵士達であれば軍の輸送馬車、幕僚や艦の指揮官クラスであれば専用の馬車を利用する。
そして、数いる士官クラスの中には、自分の馬で移動する者も多い。特に、艦隊の士官の中には騎兵から転科して乗り組んでいる者も多いので、厩舎の規模も大きくならざるを得なかった。
そんな厩舎の一角の馬房に、アキラ達の精霊馬二頭が入っていた。
軍馬は兵にとっては装備ある。よって、消耗品であるという者もいたが、それよりも多いのは戦闘における相棒であるという考えである。もちろん育成に時間と金がかけられている軍馬は貴重であり、簡単に消耗していいものではないので大事にはされているのだが、それ以上に戦いを共にするという感情もあった。
ゆえに、アキラ達の精霊馬であるスプライトとスピリットは丁重な扱いを受けていた。
更には、アキラ達が牽く精霊馬達を案内してきたのが、共和国に住む大精霊のエンであった。共和制の国家であるため、何かと行事には担ぎ出され、姿も画にして広められているため、厩舎の責任者は一目でエンその人である事が分かっていた。
そのため、一層丁寧に世話されている精霊馬達であったが、やはり馬房に押し込められているのは不満であった。特に、守護地で放し飼いにされているために、ますます不満は募る。
普段、鞍上にいるアキラやリーネ、ツキに大人しくしているように命じられていなければ、さっさとこのような馬房からは抜け出していただろう。
暇つぶしのように、不満げな表情で秣を食んでいた時に、様子を見に来た馬房の担当である馬飼が顔を覗かせた。
「お前達は大人しくて、助かるよ」
偉いさんの馬だから、大丈夫かと心配していたんだけどな。そんな言葉を語りかけるが、人語を理解する二頭は、何を言ってるんだかと、不満げな表情だ。表情の読み取れるアキラ達が見れば、苦笑の一つも浮かべていただろうが、気づかぬ馬飼はブラシでも当ててやろうと、スプライトの馬房の扉を開けようとしたが、それは適わなかった。
スプライトが扉の上から顔を突き出して邪魔したからだ。
そして、それはスピリットも同じ。
何をしているのかと、首を傾げる馬飼は無視し、馬房から、更には厩舎の外に視線を送っていた二頭だが、やがて二頭は顔を見合わせた。
「なんだ、お前ら仲がいいな」
あくまでも二頭が普通の馬であると思っていた馬飼が、スプライトの首筋を撫でようとした瞬間、その手は空を斬ることになる。
スプライトとスピリットは馬飼の目前で、扉が閉まっているにもかかわらず、実体のままですり抜けた。
何事かと、あっけにとられる馬飼だが、すぐにその意味を理解する。
「お前達、精霊か!」
その叫びに、スプライトとスピリットはにっと笑みを返し、厩舎の中を駆けて、そのまま外に飛び出した。
向かう先は砂漠。
周囲にいた厩舎の馬飼や作業者達は、突然の放馬に慌てふためき、更には駆けていく先が砂漠である事から、事故の発生に顔を青ざめさせる。
だが、事故は起きなかった。
砂漠に足を踏み入れるその第一歩は、蹄は砂を踏まずに宙を蹴った。二歩三歩と宙を蹴る蹄。
そのまま二頭は宙を駆けていく。あっけに取られる厩舎の人々を残して。
共和国艦隊 上空
頂天号は敵の攻撃を避けつつ、尚且つ敵の狙いがスノウ達の機体に向かぬように庇いつつ飛行を続けていた。
F-3を追いかける形になっている頂天号だが、意外にも、レインはその速度差に苦労をしていた。
頂天号が早すぎるのだ。
幸い、空力が作用しているわけではないので、失速することはないが、気を抜くと簡単に追い抜いてしてしまうのだ。また、速度が出せぬが為に、円盤を振り切ることもできない。
「リーネ、魔術で何とか出来ない?」
ツキの質問に、うーんと一つうなり声を上げるリーネ。どうやら準備をしていた精霊達と何らかの相談をしているようだ。
その様子を後方から見たクオーツが、ツキに精霊とあのように相談出来るものなのかと、リーネの邪魔にならないように、念話にて尋ねる。クオーツは以前、宇宙空間にあったために、エーテルや魔力には知見があったものの、精霊には詳しくはない。折りを触れて情報収集はして、データをため込んではいるようだが。
もちろん、そんな事は普通は出来ないとツキは返事をするが、普通ではないからとも付け加えた。それにクオーツはなるほどと、確かに、人でも精霊でもない存在なのだなと頷いた。
ただ、クオーツは言葉にはしなかったが、リーネにどこか親近感を感じていた。感情を持たない水晶ではあったが、自身もリーネと同様に人でも精霊でもないからであったからかも知れなかった。しかし、一抹の懐かしさはどこから来るのであろうかと、クオーツは首を傾げるのだった。
「魔術でこちらに引っ張り寄せるよ」
一瞬の相談で、リーネは答えを得たようで、すぐに魔術を発動させた。
操縦席からは見る事は出来なかったが、頂天号の機首前方の宙に魔方陣が描かれ、淡い光がF-3に放射された。
その光の意味を、ノーミーはすぐに理解し、機体がその光に包まれるように受けた。
柔らかな衝撃を、スノウとノーミーは受けたが、その後すぐに、機体が頂天号に引き寄せられるのを感じた。
すぐさま、推進のための魔力噴出を止めて、機動を頂天号に委ねたノーミーに、安全装置を叩き壊して操縦席のキャノピーを開け放つスノウ。
淡い光であったが、F-3と頂天号を繋ぐ様は、まるで強固な棒のようであり、後方の円盤からの攻撃を避ける頂天号の機動に、スノウ達の機体も追随していた。
二つの機体が、まるでダンスを踊るかのように、後方から追う円盤からの攻撃を逃れ、ジグザグに滑り飛び、時にはくるりと場所を入れ替える。
近寄るスノウ達の機体に、ツキは席を立ち上がり、後方へと駆けて上部背面へのハッチを潜る。
魔術により制御仕切れなかった風が、ツキの白いワンピースの裾をはためかせる。
引き寄せた機体が、頂天号の機首を越えて、ツキの上までやって来た。
見上げるツキ。
くるりと、スノウ達が乗る機体が背面飛行になり、操縦席が下を向く。
ツキが手を伸ばすと、二つの距離がじりじりと近寄る。
この間も、円盤からの攻撃は続いているが、レインはそれを左右に機体を滑らせて避けている。
スノウが手を伸ばす。
ノーミーがするりと操縦席から逃れ、頂天号の機体背面に落ちて、両足で立つ。
そして、ツキとスノウの手ががっちりと結び合う。
グイッとツキが力を込めて、スノウを後席から引きずり出すが、思っていたより軽かったためか、勢いがつきすぎてツキは尻餅をつくことになり、その上にスノウは落ちることになった。
幸い、スノウが浮遊の魔術を発動していたために、派手な衝突ではなく、ツキがスノウを抱き留めるような形になった。
「ご苦労様です」
ツキの豊かな胸に顔を埋める形になったスノウが、少し顔を赤らめて応えた。
「ご助力、ありがとうございます」
そのスノウの言葉に、ツキは微笑み返し、手に自らの分身を露わにした。
訝しげに見るスノウとノーミーの前で、ツキは先ほどまでスノウ達が乗っていた機体を真っ二つに斬り裂いた。
大太刀が作る真空刃により、縦に裂かれた機体が頂天号の機動から置いて行かれ、後方で地表へと落下していく。
その姿をノーミーは黙って見送る。
驚き慌てふためき、何故と問いかけようとするスノウを、ツキが制する。
「後ほど回収するにしても、原型を留めておくのはよろしくないです」
「しかし……」
僅かの期間であっても、戦いをともにした機体である。愛着があるスノウが言いよどむ。
「あの機体も、再び戦えぬ事は残念でしょう。それでも、その身が敵手に渡り、いじり回されたり、更には使われるのは嫌でしょう。武具としては……」
落下を見送っているツキを見て、スノウははっと気づいてツキの顔を見る。
そうだった。
ツキは自身が武具、武器である存在であった。
人型をとっているために、見誤ってしまったとスノウの顔が歪む。
戦いを本質とする存在。
近しい存在のF-3に対しての思いは、また人や獣人とは違ったものがあるはずだ。
「申し訳ございません」
「何を謝る必要があるのです」
スノウの言葉に、ツキは優しい表情を返し、中に入りましょうとスノウの手を引き、操っていた機体を見送るノーミーに声をかけるのだった。
わんわん:「秣って美味いのか?」
黒鹿毛:「にんじんの方がうまい」
芦毛:「同じく」
社畜男:「贅沢言うな」
馬って、
にんじんが好きって訳ではないそうですが。
次回、明日中の投稿になります。