9-15
引き続き、
第9章を投稿いたします。
どうか、よろしくお願いいたします。
魔王支配地域 ????
そこには、周囲の風景に完全に溶け込んでいる無名の姿があった。気をつけなければ気づけぬほど、そして、それを見たとしても、すぐに忘れてしまうほどの、ありふれた姿。
人々を縫うように、歩みを進める無名だが、誰ともぶつかること無く、そして、気づかれることなく、周囲を見て観察をしていた。
ここは、いわゆる市場であった。
もちろん、なにがしかの建物の中につくられたものではない、露天商が自然に集まった市場であった。
自然と集まったものではあるが、管理はきちんと行われており、税の徴収や治安は守られていた。特に治安については、他の国に比べても多い警備の衛士の姿を見ることが出来る。そのため、無名の警戒は厳重に行っていた。
この場に無名がいるのは、近くに魔王の隠蔽軍港があるためであった。
いかに隠蔽されていたとしても、軍港や駐留地にはそれなりの人数の兵士達が存在しており、それらを支えるための民間の商人達が集まり、町が出来るのは昔からよく見る事象であった。
たとえ、高圧的に魔王の衛士達が、追っ払おうとて、場所を変えるだけの話。故に、魔王は自然に任せることにし、しっかりと税だけを徴収し、そのためにも治安維持に努めていた。
そんな風景の中で、異物とも言える無名は泳ぎ回っていた。
ここまでは、何事もなく来ることが出来た。もともと見当はついていたのだ、来ることは容易い。
しかし、さすがにここより僅かな距離を置いた隠蔽軍港に近づくのは難しかった。
すでに、軍港の位置を掴んでいるので、それを報告すれば任務は完了なのだが、せっかくここまできているのだから、軍港の様子を一緒に報告したいがための無名の行動であった。
市場の外れまでやって来た無名は軍港に向かって視線を凝らす。いや、正確には軍港があると思しき場所に向かって。
軍港は隠蔽のおかげで、ある程度の距離まで近づかないと、見る事が出来ない。そして、その見える程度の位置には、必ずと言っていいほど衛士の姿があった。
その時、無名の背中にぞくりと寒気があった。
そろりと振り返る。
するとそこには魔王オベロンと、その後ろにはディーチウの姿。
町を気軽に歩き回る魔王であったため、無名とて幾度かその姿をみかけた事はあったが、今の姿はその時とは一変していた。
手にしていたカゴから果物を取り出し、かぶりつく姿はいつものものだろうが、戦の最中とあってか緊張感があり、それよりも後方に続くディーチウの警戒心が露わになっており、無名の皮膚をピリピリとさせていた。
ディーチウが大精霊なのは、すでに知れており帝国からの報告も聞いていた。
無名に探知の魔術の範囲が近づいていた。そのため、このまま撤退を決意する。きわめて自然にその場を離れていく無名。背中のぴりぴりした感触が気持ち悪かった。
そして、その場を離れつつ、すぐにでも商会に軍港の位置を報告しようと決意していた。思惑とは違ったが、これ以上は危険だと。
ディーチウがオベロンに声をかけた。
「行きました」
「よし、二戦目だな。艦隊用意しろ、当然仰天号は前面に出す」
あの流線型へ、目にもの見せてやるとオベロンは続けるのだった。
DH183 エーテル炉室
ローダンから魔王の隠蔽軍港発見の報告があり、DH183艦内はもちろん、艦隊は慌ただしく準備を始めていた。
その報はローダン本人からもたらされた。
詳しく話しを聞くために、ローダンは艦隊に来ることになったのだが、大精霊である事を隠しているため、艦隊に転移をしてくるわけにも行かず、頂天号でレインとクオーツが迎えに行くことになった。
幸い距離をとった試運転をする必要もあり、守護地にいるとのことなので、気軽にレイン達は出かけたのだが、そこではミュールを始めとして、多くの人々の姿を見ることになった。
レイン達としては、普段は閑散としている蒼龍の守護地の中心に、数人規模であっても普通の人や獣人が働いていることに驚き、ミュール達は、飛行する乗り物と言えば、飛龍程度しか知らず、飛行体である頂天号に驚いていた。
ミュールと働いている者達は、この中心地を開発する為に財団やローダン商会に集められた者達で、ローダン商会の厳重な保安検査に合格していた建築関連と工学士、鍛冶師であった。
とは言っても、頂天号の内部を見せるわけにも行かず、初めて見る飛行体に興奮した、強行に見学を希望するミュールを始めとした者達を断るのに苦労をした。
もちろんその役割はクオーツがするわけにも行かず、レインが四苦八苦しながら行った。
とりあえず、相手をしていたら時間をとられるばかりなので、騒ぐミュール達を放り出して、急いでローダンを乗せて戻ってきた訳だ。
レインは頂天号を浮上させる際に、財団の会長補佐であるミュールをぞんざいに扱って良かったかと、一瞬だけ頭によぎったが、まぁいいかと振り払ったのだった。
やって来たローダンの報告により、慌ただしく地図が会議室に持ち込まれた。もちろん、魔王が支配する土地であるために、正確なものではないが、地形が読み取れる程度は出来た。
隠蔽軍港と軍用ドックがある場所を、ここらあたりと円を描いてローダンは指し示すが、それを見た幕僚達がうめき声を上げた。
軍港と言うからには、流砂静かな場所であろうと、湾を想像していたのだが、魔王が設けた場所は内海と言って良い場所であった。
隠蔽軍港の前には大きな島があり、湾とは違って艦隊が外へと出るのに、二カ所の航路が設定出来る場所であった。
艦隊の殲滅を目指すのなら、航路二つを塞ぐ必要があり、それは戦力を二分する事を意味しているため、もっとも避けたいのが艦隊を運営する幕僚達の考えだ。
うなり声を上げる幕僚達と違って、艦隊を指揮するシオダは涼しい顔で、航路の一つを指差した。
「ここから打撃戦力にて内海へと進入する」
「ですが、それですと敵艦隊に逃げ道を与えます」
反対する幕僚に、しぶい表情となったシオダが言葉を返す。
「勘違いしているようだな。我々の主目標は敵軍港並びにドックの破壊だ。敵艦隊が逃げるのならば、目標達成の後に追えば良い」
戦に哮るあまり、幕僚達は艦隊殲滅に目が行っていたのをシオダは戒めた。もちろん、シオダの弁を聞き、自分達の思い違いに赤面し自戒するほどには、幕僚達は優秀であった。
「敵艦隊が逃げた場合、F-3で追わせれば良いのですが……」
「それまでに、あの飛行体を沈めておかねばならないな」
幕僚に返したシオダの言葉をきっかけとして、会議室の隅で壁にもたれて立っているレインと、行儀良くお座りをしているクオーツに視線が集まった。クオーツに至っては、報告を終えて手持ち無沙汰なローダンに、頭を撫でられていた。
たとえ、注目を浴びようと狼狽えるようなレインではない、平然の視線を受け止めているが、答えを返すことはない。あくまでも、この場で意見を述べられる立場にはないと知っているのだが、アキラの代理として参加しているツキはオブザーバーとしてだが放っておく訳にはいかない。
「レイン、頂天号の状況は?」
「未だ牽制程度にしか使えません。姉上、申し訳ありませんが、恐らく主砲は主様でないと……」
「それは仕方ありません。しかし、それでは……」
何か手は無いかと、思い悩むツキに、勢いよくドアが開かれ、姿を現したリーネが言葉を発した。
「私も頂天号に乗って出撃する!」
会議室にいた全員の注目を浴びて、リーネは宣言した。
僅かばかりの間、目を細めたツキが、じっとリーネを見つめてから口を開いた。
「それは、どういうことか、分かっているのね?」
そのツキの言葉に、こくりと頷くリーネであった。
一瞬の瞠目。そしてツキは目蓋を開くと共に話した。
「私も頂天号に同乗します」そして視線をシオダに向け「先陣、承っても?」
もちろんだと頷いたのはシオダ。
「お任せ申す」
そして、改めて幕僚達を見回したシオダが声を上げた。
「航路算定、陣はDG173を先頭にした竿で突っ込む。DH183とDH184は後方待機、護衛はE229とE230とする」
それを聞き、幕僚が沸き立つ。先の戦いでは、分遣艦隊としてE229とE230が戦ったが、今度は打撃主力艦であるDG173らが前に立つことになるのだ。
「狭い内海に突入してからは、艦隊行動が難しい。よくよく検討してくれ」
そのシオダの言葉に、応と返す幕僚達であった。
幼女もどき:「竿って?」
大太刀:「単縦陣のことですよ」
わんわん:「棒状の道具に見立ててるんだ」
幼女もどき:「わんわんのこと?」
わんわん:「???」
幼女もどき:「よく、棒立ちになってるよね?」
わんわん:「好きでなってるわけじゃない!」
よく、ドアが開けられなくてカリカリ足掻いています。
犬を飼ってる人は分かりますよね。
次回、明日中の投稿になります。




