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引き続き、
第9章を投稿いたします。
どうか、よろしくお願いいたします。
頂天号の操縦室では、レインが少し苛立って待っていた。一刻も早く戦場に戻りたかったためだ。
ツキとライラが姿を現すと、最も前に用意されている席を指差す。
「そこは主様の席です。触れないようにお願いします」
「分かっているわよ」
そう言って、ツキはレインの席の後ろに立つ。ライラも戸惑いながらもそれに習った。ツキは先に乗った経験により、外部の加速などの加重がキャンセルされることを知っている。このまま、その場に立っていたとしても問題がないことも。
「それでは、全速で向かいます」
再び、航空甲板に発艦の警告が与えられ、頂天号の姿が消えるのだった。
戦場に舞い戻るのに、本当にそれほど時間がかからなかった。
幾度目かの航行に、クオーツとレインが慣れてきた事もあるのだろう。ミスを恐れる注意深さがなくなってきていた。だからと言って油断しているわけではない。
戦場では、シールドに円を何度も描いて、体当たりする仰天号の姿があった。更には、下部から地上に向かって質量弾を打ち込んでいる。
幸い、地上の戦況は敵味方が入り乱れているため、仰天号の近接支援も腰が引けたようになっている。
問題は艦船四隻からシールドに向けて放たれている射撃と、体当たりをする仰天号であった。
恐らくシールドを張っては破られ、張り直しを続けているシルとリータの消耗が激しいことは、頂天号に乗る四人にも手に取るように分かる。
「じゃ、ちょっと行ってきます」
ツキが頂天号を操り、シールド間近で混戦になっている上空に、滑るように機体を置いたレインの頭を撫でた。
姉とも慕うツキのその行為に、先は苛立った表情を浮かべたレインの顔が一気に赤に染まった。
「あっ、あっ、あの、頑張ってください。ライラ様も!」
付け足されたような応援に、少しライラは苦笑いを浮かべ、ツキの後でレインの頭を撫でた。いつもスノウにしているように。
操縦室を出る間際、後部にいた猫の姿をしたクオーツの頭も一撫でして、さらには手を振ってツキとライラは操縦室を後にした。
短い廊下を歩き、搭乗の際に利用したハッチの前に立つツキとライラ。二人はうなずき合うと、無造作にハッチを開けた。
高度はかなりあった。下を見ると戦場にいる兵士達が小さく見える。
ライラを先に、ツキが続いた。
無造作に二つの身体が宙に舞う。
頂天号の魔術がかけられた範囲から離れた二人が、風切る音をあげて落下を始めた。
自然に任せ、その重量のために頭が下になる。
大写しになっていく兵達。
そしてもうすぐ地上となった時、ツキとライラはくるりと回転して足を下にする。その際に、ライラは自らの魔力を広げて硬化して、空気に対して抵抗を生み出して速度を落とす。ツキは違った。いや、ライラ以上に常識離れな行為、手にしていた大太刀で着地する直前に頭上の何もないものを斬ったのだ。
ツキが斬ったのは空間。アキラがシールドを斬る要領を工夫したもの。
重力によって落下する力と、斬られた空間に生まれる真空によって吸い上げて引き上げる力が拮抗して、ツキを地上にふわりと降り立たせた。
戦場に驚愕が広がり、すべての耳目が集まる中、ツキとライラは僅かに残った速度を殺すために着けた片膝をのばし、両足で戦場を踏みしめた。
ライオンヘアーをなびかせ、厚手の野戦用ジャケットにパンツ姿のライラが周囲を睥睨する。ツキはいつもの白いワンピースの裾がなびき、舞おうとする銀の長い髪を片手で収めて伏し目がち。
どちらも美姫。
族長の娘と、竜の巫女。間違いなく真実の姫であった。
衆目集めるのに、問題などなかった。
しかし、その場は戦場であった。
まず、ライラを良く知る獣人の騎兵達が歓声を上げる。
「ライラ様だ!拳聖だ!」
拳で自らの胸鎧を叩く音が響き重なり始める。
一方、ツキを知るのは王国兵士達。守護地への警備に出て、その姿を見かけた者も多い。
「巫女姫だ!竜の巫女だ!」
馬上槍を鞍に当てて音を鳴らす王国近衛騎兵達。
すらりとツキが自らの分身を鞘から引き抜く。
ライラが両の拳を胸の前で打ち合わせる。
「さて、一舞い馳走いたしましょうか」
「一舞いで済むか?」
ツキとライラは顔を合わせて、花咲くように笑い合う。
もちろん戦場でのこと、肝の座った複数の敵兵が突撃してくるが、ツキが刃を見えぬ速度で振るい、ライラが見えぬ速度で放ったジャブにより生じた、圧縮された空気によって魔力を剥がされる。その間、ツキとライラは初手をどちらがとるかを話し、顔は笑っていても揉めていた。
答えが出たらしい。
「では」
二人が声を合わせる。
同時に出ることになったようだ。
地面が、空気が悲鳴を上げた。
戦場に阿鼻叫喚が広がっていった。
姉狼:「私はパンツスタイルで大丈夫だが?」
大太刀:「見えぬよう、振る舞うのも嗜みです」
……白と信じたい。
次回、明日中の投稿になります。