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引き続き、
第9章を投稿いたします。
どうか、よろしくお願いいたします。
仰天号操縦室のガラス面に写っていた頂天号は、アキラ達を回収すると、瞬時に映像上から姿を消した。
かろうじて遅れて追尾できた映像でも、それはすでにごまのような黒点になっている。
「なんだあれは……」
呆れたような声色でオベロンが呟く。それを聞きつけたディーチウが応えた。
「テストベッドに作られたこの仰天号からは想像も出来ない性能のようです」
「素の船殻で、この仰天号の魔力弾を弾いていたぞ」
それを聞いて、フレイの顔が屈辱に歪む。もちろん、魔力弾が弾かれたのはフレイのせいではなく、ただ、性能的に頂天号の船殻に及ばなかっただけだ。
しかし、その魔力弾を狙い、放ったフレイには屈辱感が残り、次こそはとの思いであった。
「構想されていた単一分子とやらを利用した物質を実現されたようですね。その分子という概念がよく分かりませんが」
「くそっ、くそ親父の契約精霊はさすがということか」
「時と空間を司る精霊は、『最強の大精霊、最後に生まれてきた最優』と呼ばれていますから。能力を使いすぎて眠っているという噂ですし、名前がないのが不思議ですが」
「まったく、空間さらには異世界転移ができて、未来知識すら見られるって、どんな化け物だよ」
精霊が眠っていても、その契約者はかなり劣化しているが同じ能力を使用出来る。オベロンとしても大体が同じ事だ。制約はオベロンの方がさすがに多いのだが。
その言葉に、珍しくディーチウがクスリと笑う。
「息子、いえこの場合は孫ですが充分に化け物ですよ」
「あーあ、そうだよ、息子は普通だよ」
魔王とまで呼ばれているオベロンが、いじけるように自分が普通だと嘆く様子に、フレイが反応した。
「いえ、オベロン様は強いです!」
その言葉に振り返ってフレイを見たオベロンが、にやりと笑う。
「ありがとうよ」
その言葉を返され、フレイは返す言葉が見つからずに、あのそのと言葉を探すが、それには反応せずに、オベロンが命じた。
「さて、おしゃべりは終わりだ。地上戦を手伝いに行くぞ」
その命に、オベロンがいじける様子を、愛おしげに見ていた顔を引き締めて応じた。
「機関、後部の破損箇所が悪化しています。先の戦闘で無理がたたりました」
「だろうな。援護は威圧を主体とする。もう、魔力弾は撃つな」
「ではシールドへの対処はどういたしますか」
そのフレイの問いかけに、オベロンがため息をつく。幾度目かのため息だろうと考えながら。
「体当たりでもするか」
それを聞きながら、ディーチウは別の事を考えていた。
その目で初めて見た頂天号。
あれは、まさしく惑星間飛行を前提とした形状、そして性能だ。
もしかすると、エーテル密度の高い惑星間では、負荷は増すものの、取り込めるエーテルが増すことにより、容易に最高性能を使いこなすことが出来るかもしれない。
そうなれば恐らくは、星系最速。
射撃していたのも、何らかの理由があったのか副砲のみ。もし、主砲が想定出来るものであれば、星系最速ばかりか、最強の地位さえも。
まさしく頂天。
ディーチウの身体が震え、目に知らず涙が浮かぶ。
天を仰ぎ見る。
天井に遮られているものの、その視線は一点に向けられている。
心の内に満ちる感情。
表情には出ぬままに、ディーチウは心の中でつぶやく。
操るはあの人。ああっ、あの子だ。
最速最強が操れるのは一人。資格持つはたった一人。
ようやく、我々は星の守護を手に入れられるのだと。
準備は整えられつつある。機材も揃った。
そして用意されている贈り物を手に入れないと。
あの黒い月で大事にされている、銀河からの贈り物が必要だ。
あの子に用意されているもの。贈り物。
感情、それは歓喜であった。
ぐいっと拭った涙の後には、いつもの表情が欠如した顔があった。
「ええ、体当たりでも何でもして、目にもの見せてやりましょう」
「どうした、何時になくやる気だな」
「私はいつだってやる気に満ちています」
呆れた表情を浮かべていたオベロンだが、やがていつもの不敵な笑みをにやりと浮かべる。
「そうだ、目にもの見せてやろう。俺たちも必死で行くぞ」
ニアの思惑なんぞは知るかと、何気に言うオベロン。必死でやらねば、こちらが食われる。敵にしている奴らは、何が何でも守るべき存在があった。民と国、そして一人の男。その男も、化け物も身体を張っている。
それでこそ、こちらも身体と信念賭けてのもの。大事に守るものを踏み潰す。
噛ませ犬であってたまるものか。
オベロンが操る仰天号の機首が町へと向けられた。
「全力だ!機関吹かせ!」
「了解、エーテル炉全開、余剰魔力展開中止、貯蔵限界まで貯めます」
ディーチウは心の底にある歓喜を振り払い、自らの中にある相反する想いを今は今と思い切る。この心、主に捧げる!
「兵装再展開終了。今度は質量弾用意します!いつでも行けます!」
フレイは次こそはと思う。
仰天号が加速した。町を守るシールドへと向かって。俺たちこそが最強だとばかりに。
最初、その小さな黒点を見つけた甲板作業員は、何だとばかりに目を凝らすだけだったが、魔術で増幅される警告に慌てふためくことになる。
「甲板空けろ!すぐに待避しろ!」
兵として鍛えられた本能により、その警告を受けて甲板作業員達はすぐさま甲板脇に用意されている壕へと飛び込む。
警告がされてから僅かの後に、頂天号の姿は航空甲板の上空で旋回し、着陸の態勢をとっていた。
DH183の航空甲板に、頂天号が魔力の噴出を細かく行って、ふわりと柔らかく着艦した。
冷え切らぬ船殻から蒸気を上げている頂天号だが、すぐさま機体横に設けられたハッチが開かれ、浮遊するベッドに横たわるアキラと、それを魔術で制御しているリーネが出てきた。リーネはすでに翼を仕舞っていた。
すでに連絡をしていたのか、すぐさまアキラに群がる看護兵。しかしそれはブルーによって遮られる。
「医務室じゃない、エーテル炉へ連れて行け」
「それでは治療出来ません」
すでに艦内をぶらぶらと歩き回り、その犬が喋っても驚くこともない、看護兵の一人が反論する。
「そいつをよく見ろ」
促されて、ベッドに横たわるアキラを見る看護兵達。
するとそのベッドに接する背中から、エーテルが分解する虹の光が生まれていた。そればかりか、傷口が金色の淡い光に包まれている。
「……人ではないのか」
「いいから、エーテル炉へ連れて行け」
ベッドをリーネから受け継いだ看護兵の一人が、精霊への呼びかけも引き継ぎ、浮遊したままのベッドを運び始めた。
泣きはらした目のままに、リーネがブルーに問いかける。
「介入が始まったの?」
「いや、自ら変化しようとしている」
きっかけはお前の口づけだろうなとブルーが言う。その場にブルーがいたわけではないが、状況から見て察することは出来た。
「アキラはお前達を悲しませたくないんだ。このままだとリーネとツキは自分を責め続けるだろう?」
「だから、人を辞めるの?」
「辞めるんじゃない。選んだんだ。どちらかである事を」
アキラに付き添うために、ブルーがベッドを追うが、艦橋に入る前に足を止めて、前を向いたまま、リーネとその後ろに控えるツキを見もせずに語った。
「ありがとうリーネ。自ら選んだおかげでアキラは自分を守ったんだ。介入があれば、恐らくアキラはアキラじゃなくなっていた」
そう言い残してブルーは艦橋に入る。しかし、再び足を止めた。
「俺は化け物だったお前も好きだったぜ、アキラ」
それよりあのバカ精霊二体がと、その内の一体、自分よりも遙かな上位存在にひとまず毒づくが、まっ、人格とか見た目とか色々が変わるわけじゃなしと、ブルーは再び足を進めてアキラの後を追うのだった。リーネがアキラに口づけたことを複雑に思いながら。俺は悲しいよと、娘を嫁にやる、いやこの場合は妹を嫁にやるか、父か兄か分からないが、その気分はこれかと。くぅーんと鳴きながら、犬のように、犬だけど。
一方航空甲板では、ライラが姿を現し、頂天号のハッチに昇るためのタラップに足を掛けていた。それを見たツキが問いかける。
「地上の支援に向かうつもりですか?」
「もちろんだ。フォイルに苦労ばかりをさせる訳にはいかんだろう」
頂天号は再び戦場に向かう。いまはきっと連合の部隊を魔王の船が蹂躙しているだろう。一刻も早く戻って、支援しなければならない。フォイルとしては、拳聖として引き継ぐライラは大人しくしていろと言いたいだろう。
僅かに考えたツキだが、すぐに思いを固めた表情になると、側にいたリーネの耳に口を寄せた。
「アキラをお願いします」
「えっ、付き添うんじゃないの?」
それに首を左右に振って答えるツキ。
「ちょっと手伝ってきます。アキラが戻った時のために」
口を丸くして驚いていたリーネだが、そのツキの表情を見て、表情を引き締めた。
「分かった、片付けてきて」
アキラは任せて、充分にやってきてとリーネはツキに伝える。ツキは、リーネの肩に両手をおいて、その頬に自分の頬を重ねる。
「ふふっ、主様の頬に触れた部分ですね」
「ふぁー、ツキが変だ!」
「冗談ですよ、アキラをお願いしますね」
身体を離したツキが、胸元で小さく手を振った後、頂天号のハッチに駆ける。待っていたライラとともに中に入る様子をリーネは見つめていた。
「さて、私も出来る事をしなくっちゃ」
そう言い残して、リーネは艦橋に向かい駆ける。アキラの側にいるために。
大太刀:「ふふ、頬の次は……」
幼女もどき:「ふぁ~!」
百合展開やめろ。
次回、明日中の投稿になります。