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誤字脱字、直しつつ始めて行きます。
どうか、お付き合いのほど、よろしくお願いいたします。
会長補佐室で、ミュール・リリスは兵士から報告を受けた。
兵士を下がらせたミュールは、机に肘をつき、組んだ手の上に顎を乗せて考えに沈んでいく。
検問をはさんでの膠着状態。
ミュールとしては、国境から入り込まれての戦線の膠着を予想していただけに、上出来だと考えていた。
しかし、これが戦力の均衡からの膠着ではないと見抜いていた。
「さて、エリオットはどう動く」
情報を得るためにも、リータからシルを通じて、連絡をすることを考える。いや、もしかすると、エリオットその者が前線に出ている可能性もある。その姿は確認されてはいないものの、あり得る話だとミュールは思い、さらに考える。
財団の国境でにらみ合い、帝国が何を得るのか。何を求めているのか。
武力を背景にして、交渉を有利に運ぶためか。
僅かばかりの土地を侵食し、それを人質として、食料の禁輸と買い占めを止めるように要求してくるか。
ならば、なぜ国境線で止まる。先に一撃を加えた有利を、なぜ捨てる。
ミュールは一石を投じることとする。
「まずは、キムに救援要請ですね」
ミュールは秘書長を呼び、庭園へ向かう旨を伝えた。
ブセファランドラ王国 王都パリス郊外
王都郊外に設けられた練兵場。その一角にある建物。キムボールは一室に置かれたソファに座っていた。前には流れる水のような翼を背に持つ、大精霊ウンディーネが座っていた。
小国ではあっても、帝国以上の歴史を誇る王国。他国からは恐れられ、うらやましがられるほど、複数の大精霊が住んでいた。そのうち、王家と盟約を結んでいるのがウンディーネ、王族からは親しみを込めて、ディーネ様と呼ばれている。
「国境線で戦線は膠着か……」
「リータが言ってきたのは、それだけよ」
「すぐに、向かう」
リータを通じての救援要請を受け、すぐに行動を起こそうとするキムボール。
「どうやって?」
王国と財団は国境を接していない。守護地を抜けるか、帝国との国境を突破して、回り込むしか道はない。
財団の要請は明らかに無茶なものだ。
しかし、故に狙いは分かる。
おそらく、ミュールは攪乱を狙っている。キムボールが戦場まで、救援に駆けつける必要はなく、それを実行しようとするだけで、いや、実行できれば、なお良いが、帝国はそれに対応せざるを得ない。
帝国の動きを受けて、帝国との国境へ大部隊を送っているが、それは守備のためだ。いかに王子であるキムボールであっても、軍権を持つ王の指示を無視するわけにもいかない。
国境で指揮を執るのは、カロニア伯爵であった。王子のお目付役を自任しており、キムボールは下手に絡むと、ろくでもないことになるなと感じていた。
自由に動かせる兵力を思い浮かべる。
近衛の一部。百にも満たない。
国境を突破することも、スカイドラゴンの目を盗んで、抜けていくことも不可能だ。
「シル様には連絡をしたのか?」
「シルお姉様には、無視されました。無視ですわ」
表情はあまり変わらないものの、ディーネがちょっと怒っている事がキムボールには分かった。生まれたときからの付き合いで、表情には出なくとも、気に掛けてくれていることは分かっている。微妙な表情くらいは読み取れる。
少し苦笑を浮かべ、帝国から情報を得るのは無理だと、キムボールは判断した。
背後に立つ従者に、出陣の用意を命じたキムボール。
そして、改めてディーネに向かい合う。
「それじゃ、スカイドラゴンへ連絡してくれないか。境界でお会いしたいと」
「また無茶を言いますね。絶対に無視されますわ。無視ですよ」
「ディー、頼むよ」
最後の手を使う事にしたキムボール。
ため息つくディーネ。
「また、その手を使いますか」
しかし、仕方がないとばかりに立ち上がったディーネ。顔がわずかに綻んでいる。
「少しばかり、時間をください」
手を尽くしてみましょうと告げる。
すまないとばかりに、頷くキムボールだった。
そのキムボールの顔をみたディーネは、ため息つきつつ、ブルーのところへ直接出向くことも一案かと思う。あの子に会う、言い訳になるだろうし。そう考えると、煩わしい願い事も、楽しい用事に思えてきた。
蒼龍の守護地 ログハウス
ログハウスの庭で、アキラは一枚の平板を、手で抑えていた。その横ではのこぎりで平板を切るブルーがいた。
趣味である。
朝食後、ブルーはアキラの部屋に据え付ける、タンスを作ることを宣言した。今切っている平板はそのためのもので、製材もブルー自身が行い、乾燥させていたものだ。
住んでいるログハウスも、ブルーがスクラップ・アンド・ビルドを繰り返したもので、DIYの趣味から大きく外れていた。
図面はブルーの頭の中にあるのか、スケール代わりのひもを使い、長さと幅を測って板をすでに何枚も切り出していた。
その側では、椅子を持ち出したリーネが座っており、膝に乗せたかごで、豆のへたを取り除いていた。時折、嬉しそうな視線をアキラとブルーに送ってくる。
小鳥のさえずりが聞こえ、合間に獣の吠え声が混じる。
いたって平穏な景色であった。
「日差しが強くなってきたな。もうすぐ暑くなるな」
体力は、おそらく人を遙かにしのぐであろう、ドラゴンのブルーが、妙に人間くさい仕草で額の汗を腕で拭う。
「季節があるのか」
「もちろん。照りつける強い日差しの時期もあれば、雪が積もる時もある。森では葉が落ち、新緑に満ちる時もある」
この世界、いや、この地域では明確な四季が存在する。アキラが転移してきたのは、春の半ばであった。
「冷えたエールが、さらにうまい季節がくるな」
ローダンに頼んで、50樽ほど取り寄せるかとブルーが言う。
「いいな、それは」
普段は酒の類いは口にしないアキラだったが、暑い日の仕事終わりに飲むビールのうまさは知っていた。
「あー、またツキに怒られるよ」
どうやら、リーネによれば、やはりツキはログハウスに酒類を持ち込ませたくないようだ。
「それより、暑くなったら泳ぎに行こうね!大きな湖があるんだから」
それを聞き、アキラは想像する。もちろんリーネとツキの水着姿を。二人とも規格外のスタイルだ。健康的なリーネのビキニ。シックなビキニを着こなすツキ。
いや、そも水着が存在するのか。そしてアキラに思い浮かぶのは、文明開化にて、海水浴の文化が広まりし頃の、長袖長ズボンの、極力肌の露出を抑えた女性用縞々水着。
あれに色気はあるのだろうか。見る人によっては魅力的かも知れないが。
「今年は、私ビキニにするんだ」
宣言するリーネ。それにブルーが「ローダンに、かわいいのを見繕ってもらえ」と応えていた。
あるんだ、ビキニ。胸をなで下ろし、期待に胸弾ませるアキラだった。
台所から出てきたツキが、「何やら不穏な話を……」と眉をひそめる。それでも、暑い日に、泳ぐのは楽しみだとも言っていた。
次の瞬間、全員が一斉に空を見上げた。
視線の先には何もない。青い空に白い雲がひたすら流れていく。
次回、明日中には投稿いたします。




