8-22
引き続き、
第8章を投稿いたします。
どうか、よろしくお願いいたします。
手を振っていたリーネがぽつりと零す。
「スノウとにゃーにゃー、大丈夫かな。戻れるかな?」
アキラの首筋にすがりついていた手に、ぎゅっと力が込められる。
『大丈夫でしょう。クオーツが計算しているでしょうし、自分で転換した魔力を使っているようですし』
楽観的な言葉をツキが言うが、それはクオーツ自身がエーテル炉の原型であり、それを知っているからこそである。リーネとしては、どうしてもDH183で目にしたエーテル炉とクオーツが結びついていないのだ。
一方、アキラは地面で戦う魔王の軍隊と連合部隊を見つめていた。
魔王の軍は船から降りた者が歩兵として加わっており、数を増しているが、連合部隊は歩兵の天敵である騎馬兵で構成されている。魔術師の放つ魔術やシールドに阻まれているが、それでも繰り返される突撃に、魔王の歩兵達には後方へと下がる者達が増えていた。
魔王が命じているのか、魔力が剥がれたとしてもその場に留まる者はいない。まだ初戦であり、今後も戦いは続くと魔王は考えているのだろう。
その点から言って、葉巻型の飛行体、仰天号を引きずり出せたのは運が良かったと言える。恐らく、飛行体仰天号は魔王の切り札であったと考えられるからだ。
地上はキムボール達に任せておけば大丈夫と判断して、アキラは告げる。
「それじゃ、あの飛行体に斬り込もうか」
「うん!キムボールには、こうやって斬り込むんだよって見せてあげよう」
どうやら、リーネは斬り込みについて若干の誤解があるようだ。
しかし、そのリーネの言葉にアキラは片側の口角だけを上げて笑う。
そして、とんとリーネが張ったシールドから飛び降りた。
アキラとその左腕に抱かれたリーネが、飛行体仰天号に向かって落ちていく。
空を落ちながら、アキラは腰の大太刀の柄に手をやり、リーネをしっかりと抱き直す。
仰天号がぐんぐんと加速を付けて迫ってくる。
リーネが手を差し出し、シールドを張って飛行体からの魔力弾を弾き、浮遊の魔術を掛けて減速。
鞘走る大太刀が、ゆっくりとディーチウが張ったシールドを撫でた。
ゆっくりと見えたが、それはシールドを斬る時だけであり、刀を返す時は残像を残すのみの速度。
瞬き一つのうちに、十字に斬り裂かれたシールドからアキラは内に落下していき、仰天号の胴体上部に足をつけた。
リーネの魔術のおかげで、まったくダメージはなく、僅かな速度を殺すために片膝ついたアキラの姿。
そのアキラの目前で、胴体の一部が丸く開く。
両腕を組んだオベロンが、頭からせり上がり姿を現した。
「剣術は上達したようだな、坊主」
自分が四十半ばである事から逃れられないアキラは、そう言葉を掛けられても違和感しか感じない。
外見もそうだし、その外見に引っ張られているのか、言動も若くなっているのだが。
「あんたに坊主呼ばわりされる筋合いはない」
シールドの内部であるから、仰天号の胴体の上は静かであった。声がよく通る。
そして、アキラの頭の中では、ツキが首を傾げ、リーネがアキラの腕の中で首を傾げる。
大精霊が坊やと呼ぶのは良いのかと。そう言えば、ノーミーはお兄ちゃんと呼んでいたが、あれは何故なのかと。
アキラの言葉を聞いて、オベロンが豪胆な笑い声を上げる。
もしかして、真剣なのは自分だけなのだろうかと、今度はアキラが首を傾げた。
だが、そんな様子にも、オベロンの手に金色の光刃が生み出された。
「くそ親父の鍛錬、仕上がり具合見せてもらおう!」
間合いは遠く、常人では一足で飛び込めるはずもなかったが、魔王であるオベロンは意にも介さない。もちろん、迎えるアキラもそれは同じ。間合いなど意味を成さないことはすでに感じていたのだ。
すでに抜き放たれていた大太刀ツキノナミダが金の光刃を受け止め、削れた刃がエーテルの火花となって咲き誇る。
身体と背丈も大きいオベロンは、それだけ多くの筋肉を持っているのか、光刃が大太刀を押し込んでいく。目前で受けているため、じりじりと受けている大太刀が顔へと近づいてきた。
もちろん、力で勝負が決する事はない。
大太刀を僅かに傾け、光刃を滑らせて逃すアキラ。
船体を叩く光刃に、自由になった大太刀を手首だけでくるりと半円回し、二の腕の力で目前にあったオベロンの胴を薙ごうとした。
がら空きの胴体へと吸い込まれるように、大太刀が向かうが、オベロンは半身になって躱してしまう、ばかりか、船体に叩きつけられた光刃がすくい上げるように振るわれ、アキラの脇腹へと向かうが、それはリーネが張ったシールドに阻まれた。
一足、アキラとオベロンは後方へと飛び、再び距離を開いた。
「月の姫君に守られて、情けないとは思わんか?」
さっそくとばかりにオベロンが口を開いて今の防御を馬鹿にするが、アキラは一つの単語に内心首を傾げた。
月の姫君?
恐らくはリーネを指す言葉。
確かにリーネは人でもなければ、精霊でもない。
では何者なのか?
だが、詮索は今ではないと、アキラは思いを払う。
「ただの効率だ。リーネが防ぐ方が効率的だ」
月の姫君と呼ばれても、リーネに動揺はないようだ。アキラの腕の中で、すぐさま対応出来るように手の平をオベロンに向けて構えていた。
「では、一緒に戦うと」
「それがリーネと俺、それにツキが選んだやり方だ。これが今一番強い」
攻守を二人で分担する。アキラとリーネでなければ、非現実的な戦い方だ。だが、アキラは今の一合で改めて感じていた。自分一人では勝てないと。
守りを捨てなければ勝てない。もちろんリーネがそれを許すことは無く、二人で戦うことになった。アキラがリーネを抱える事によるデメリットとメリット。それを考慮し、考え抜いた末の答えだ。後方にリーネを置いて戦えば、必ず魔王はリーネを先ずは排除するだろう。
アキラとリーネは一体となって戦うしかないのだ。
そして、アキラにはそれが可能であった。リーネが守りを担当している限り。
恐らくは、オベロンはシルを数倍する遣い手。
アキラの背には知らず汗が流れていく。
「まだまだか……」
オベロンは鼻息を一つ吐く。
「ほら、かかってきな、坊主よ」
それはまるで指南するかのような言葉だ。
だが、剣に集中しているアキラ、そしてリーネには、その機微が伝わることは無い。ただ、唯一は大太刀であるツキには意図が伝わる。
そしてその危険性も。
そしてアキラの剣筋、体捌きに僅かにずれが生じていること。
大太刀ツキノナミダの威力が伝説として知れ渡っているのは、切れ味によるものだが、真実はそこにはない。
確かに大精霊が打ったに相応しい切れ味だが、それは名のある刀匠でも可能なこと。ただ持ち振っただけでは分からないが、ツキノナミダの真実は持ち手への介入にあった。
大太刀ツキノナミダは持ち手の剣筋と体捌きに介入して、最善を行わせる。剣術の経験がなくとも、名人程度の技術を持っているような動きをさせてしまうのだ。もちろん、持ち手の筋力、関節の可動域によって制限をうける。だからこそ、剣の名手がツキノナミダを振るえば剣聖と何ら変わらぬことになる。持ち手の技術を二段も三段も引き上げるのだ。
結果として、ツキノナミダの持ち手は慢心を抱くことになる。己が技量が向上したのだと。
いかにツキが諫めようと、持ち手の慢心は消えなかった。
そして、その慢心によって斬られていった。
幾度か、剣聖が持ち手であったことはあるが、結果は同じであった。
では、アキラの場合は。
すでにアキラは剣聖の域には達している。それはハクやロッサ、ブルーですら認めている。しかし、何故ブルーは剣聖を名乗らせないのか。ドラゴンの後見があればそれは可能だ。キムボールが良い例である。
ブルーは言う。化け物だと。
すでにアキラは人の域を超えている。筋力や可動域の問題ではなかった。その真の姿を現しつつある。
故に、ツキが持ち手のアキラに介入することはない。最善が行われているからだ。ツキは、ただ、アキラに寄り添い、時折生じるミスや周囲の影響によるのを修正すれば良いだけ。そして瞬時に次手を提案する。それはアキラとツキにとっては脳裏に閃くようなもの。時間の経過などありはしない。
ならば、アキラは十全にツキノナミダを使えていないのか。
そうではない。
アキラが持ち手である限り、ツキはアキラの剣筋と体捌きだけでは無く、周囲の気温、風向き、湿度すら感知して修正を行うのだ。僅かなものではあるが、域を超えた戦いでは必要なことであった。
だがこの時、アキラの太刀筋や体捌きをツキが修正する場合がいつに無く多い。ツキには思い当たる点があった。
そして、それはいかにツキがアキラに言って聞かせたとして、解消されるものではなかった。だから、ツキは口を閉ざしていた。秘めていた。
何合かの打ち合いの末、アキラとオベロンが息を整えるためにかのように、間合いを広げた。
そして、ツキの危惧が露わになった。
にやりと笑ったオベロン。
「良いことを教えてやろうか……」
「まさか、『I am your father』なんて言うつもりじゃないだろうな」
飛行体仰天号の胴体の上に沈黙が広がる。
「えっ……」
「えっ……」
アキラとオベロンの言葉が重なる。
しかし、まったく同じであっても、内容、意味が全く違っていた。
「なぜ、知っている」
「知らないと思っていたのか」
その可能性をアキラは祖父の影を見聞きした時から予測していた。
前いた世界で、祖父はアキラに両親のことを話すことはなかった。実はこの世界に来るまでは、両親は死んでいるものと考えていたが、頬に傷ある老人の暗躍を知った時、祖父であると直感し、父母は生きているかもと考え始めていた。
そして、目前のオベロンの言葉。アキラの祖父をくそ親父と呼ぶ存在。
オベロンは自らの父であろうと。
四十の半ばも過ぎておれば、諸事情に対して感情を動かすことは少なくなる。
ただ、表面上はそうであっても、心の内、自分でも分からぬ部分でためらいがあったのだろう。自らの肉親を斬ることに。
それが剣筋や体捌きのずれの原因となっていた。
「それを知っての剣筋か。大した教育をしたようだなくそ親父は」
「父親?俺を育ててくれたのはくそ爺と愛花姉だ。俺の大事なものを守るためなら、あんたを斬るのにためらいなどない!」
自ら実の父親を斬る。まさしくそれだけであれば外道の言葉であろう。だが、その父親が人々を殺すと宣言しているならばどうだろうか。
子である者がそれを斬ってでも阻止するのは、一つの責任の取り方ではあろう。
少なくとも、アキラは表面上では覚悟を決めた。
心の奥深くではそうではなくとも。
そして、それは大太刀という器物であるツキにすら動揺を抱かせる。だからこそかも知れなかったが。
アキラの決意を聞いたオベロンが豪快な笑い声を上げた。
「その意気や良し。坊主の全力は受け止めてやろう」
その言葉と共に、オベロンの背に金色は生まれる。どの大精霊よりも大きく、輝きを放っていた。
『?!、まさか契約まで!』
脳裏にツキの言葉が響くが、すでにアキラは間合いを詰めている。
大太刀が袈裟懸けに振るわれる。
金の光刃がそれを受け止め、手首の動きだけで半円を描くが、吸い付くようにそれに導かれる大太刀。
跳ね上げられたために、防備を失ったアキラの胴。リーネがすかさず手をかざし、分厚い、幾重にも重ねられたシールドが生まれる。
リーネの目が丸く広げられる。
「うそ、絶対にうそ!」
大きく広げられた眼が見たのは、シールドも魔力も何も無いかのようで、斬り裂かれたアキラの胴。振り抜かれた光刃の後を追うように、舞い散る血肉。
『リーネ、浮遊の魔術を!』
ツキが繋がったパスでリーネに命じるが、混乱しているリーネはその身を固くするばかり。
無理にアキラの身体に介入したツキにより、アキラの足は仰天号の胴を蹴り、宙を舞っていた。
このままでは地面に叩きつけられる。
ツキが懸命にリーネに呼びかけた。
『お願い!リーネ!』
まだ間に合うのだと。
その時、リーネは感じた。
回された腕に、ぎゅっと力を込められたことに。
※ ご注意
別に魔王の登場シーンに、
印象的なBGMはございません。
ホー○ング○ーザーも放ちません。
どうやって追尾するんだよ。
いや、魔術を使えば、あるいは……
これで第8章が終了いたしました。
次回からは第9章となります。
どうか引き続き、
よろしくお願いいたします。
次回、明日中の投稿になります。