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【帰還篇完結】黒い月と銀の月  作者: 河井晋助
第8章 I Still Haven't Found What I'm Looking For
157/219

8-13

引き続き、

第8章を投稿いたします。

どうか、よろしくお願いいたします。

 魔術騎兵を指揮する者が走る馬から飛び降りてシルの脇に来ると、そう告げた後に自分の部隊すべてが協力してシールドを町に張り、着弾を防ぎ始めた。

 そこで長時間の魔術行使を止めたシルが、ぐったりとして地面に崩れ落ちた。すぐさま、地面には絨毯が敷かれ、魔術騎兵の隊長の手を借りてシルは横たわる。

 だが、すぐさまシルは上体だけを起こす。

「本隊は!」

 来た数から先遣隊と判断して、シルが勢い込んで尋ねた。

 部下にシルのために飲み物を用意するように命じていた魔術騎兵の隊長が笑みを返す。

「すぐにもまいります。協同国と王国の兵と共に」

 そう言って笑みを納めた隊長は頭を下げ、シルに無理を強いた事を詫びた。

「いや、私こそ済まない。本来……」

「いいえ、それ以上はお止めください」

 大精霊の言葉を途中で遮るなど、普段では決して許されるものではない。言葉にしなかったものの、それは我々の仕事だと、隊長は言いたかった。だが、言えばシルをさらに苦しめることになると、あえて口にせずにいた。あえて途中で遮った。

 そして、それにと魔術騎兵の隊長は続けた。

「イフリータ様がいらっしゃいます」

 その言葉を合図にするかのように、リータがシルに背を向ける形で姿を現した。

「遅くなったな、シル姉!」

 その言葉とともに、魔力の奔流が纏った薄衣を巻き上げ、背中の羽が激しくなびく中、片手を挙げたリータが頭上で音高く指を鳴らした。

 魔術騎兵のシールドの内部にいるリータが、シールドの外部に生み出した火炎弾が魔王の艦隊に襲いかかった。その数は怒濤と言って良いほど。

 火炎弾はディーチウであろうか、艦隊全体に張られたシールドに防がれたものの、その周囲に落ちた火炎の断片によって業火に溢れかえる。

 続けて怒濤の火炎弾を撃ち出すリータの背中に、シルが声を掛けた。

「遅くなったって……。あなた、坊やのところへ行っていたでしょう」

 振り返ったリータには驚きの表情が浮かんでいた。

「なんで分かった!」

「あなたから、坊やの匂いがするもの」

「何を言うかと思えば、犬かよ!」

「誰が犬ですって!」

 ちなみに、今は犬は大精霊の間では禁句であった。もちろん、ブルーのせいである。

 だが、リータがアキラと会っていたのは事実であった。アキラの成分補給という謎の理由で共和国艦隊旗艦DH183に現れたリータは、エン以外の大精霊の登場により大騒ぎを引き起こした。

 参戦の用意にやって来たと主張するリータを、エンと艦隊司令部のメンバーは責める訳にもいかず、ただ黙ってアキラに抱きつくリータを見守るしかなかった。ただ、その現場となった会議室は厳重な警戒が敷かれた。

 会える精霊として変に有名な大精霊イフリータの姿を見ようと、非番の兵士が会議室に殺到したからである。非番であっても娯楽が少ないために、兵士達が時間を持て余す場合があるのが弊害であろう。

 だが、リータのアキラに抱きついて成分補給というのは口実に過ぎない。

 分かっているからこそ、リータとツキが文句も言わずにいるのだ。

 最初からシルの前に姿を現したとしても、一緒に戦う事をシルは拒絶したであろうからだ。だから、アキラに抱きつくと言う口実を掲げて、シルのもとに駆け付けるタイミングをとったのだ。

 火炎に包まれて、砲撃どころではなくなったのか、戻れとの命令により上陸していた魔王の兵士達はそりに乗り込み、艦隊へと撤退を始めていた。

 高笑いをするリータに火炎弾を浴びせられながらも、シールドを張った兵士達をどうにか収容した艦隊は進路を砂漠奥へと向けて逃げ始めるのだった。そして、その頃には帝国軍本隊とフォイル率いる協同国軍とキムボール率いる王国軍が到着したのだった。

 フォイルとキムボールの二人が軍を率いて到着してからの、最初の言葉は同じだった。

「俺ら、いらないんじゃ?」

 腰に手をあてて、砂漠に向かってリータは笑い声を上げていた。

「今回は財団(ファウンデーション)の看板背負(しょ)ってるから頑張るぜ」

 そう笑い声を上げるのだった。


魔王艦隊 旗艦トロイア艦橋

 艦隊には損傷一つなかった。そのためか、フレイが悔しげに艦橋に置かれたテーブルを叩く。

「まさか、イフリータ様が参戦されるとは」

 それを聞いたオベロンが鼻を鳴らす。

「いいや、あいつは俺がいる限り、絶対に来ると思ってたぜ」

「何故です?」

 フレイが振り返る。悔しげな表情は消え、今度は不思議そうな表情を浮かべていた。

 それにはオベロンは応えなかったが、代わってディーチウが応えた。

「オベロン様を一番憎んでいるのがリータだから」

 それに何故と再び問うたフレイだが、答えはなかった。

 問い詰める事も出来ず、フレイは口をつぐむ。

「艦隊を立て直して、再度攻撃を仕掛ける。今度は大精霊が二体揃ってる事を前提にしてな」

「どういたしましょうか」

 そのフレイの質問に、オベロンはにやりと顔を歪める。

「この船は、船であって、船じゃないだろ?」

 その言葉に、フレイは何事かと、きょとんとした顔になるのだった。


共和国艦隊旗艦DH183

 DH183の甲板上で、アキラはリーネやツキ、そしてブルーと一緒に空を見上げていた。

 アキラの体感であったが、未だ見えている陸地の風景が流れる感じを見て、元いた世界の自動車と比較しても時速30キロは出ておらず、艦隊の速度とはこの程度なのかと思っていた。何分にも、アキラとて軍艦に乗ったことはないので、判断のしようがないのだ。

 陸地から再び空をアキラが見上げると、リーネが空の一点を指差した。

「あそこ、あそこに隠蔽の魔術を見つけた!」

 そう言われても、アキラには空しか見えない。ブルーやツキは、リーネが見つけたものを見たようで、結構速度が出ています等の感想を口にしていた。

 アキラは少し悔しくまぎれに、目を細めて視線を送る。

 しばらくして、空の青さの中に揺らぎがある場所を見つけた。

「あれか……」

 ステルスの概念を知っているアキラにとっても、その目視からも逃れ隠れおおせる事は感嘆に値する。明らかに科学技術を上回っているが、やはり魔術の噴射音は完全には消せないようで、風が運んできた轟音がアキラ達の耳朶を打った。

 ところが、リーネは音も多分消せると言い切っているあたりが恐ろしい。

 アキラ達が見ている前で、突然機体が姿を現した。三機のF-3。先頭に乗っているのはクオーツとスノウで、後方に従う二機のうち一機にはテロンとキラが乗っていた。

 三機の機体はDH183の進行方向から後方へと向けて飛んでいた。

 クオーツとスノウがF-3に乗ることを認めはしたものの、その技量を知っておきたいと、連れて飛び立っていたのだ。

 先頭の機体が突然垂直に上昇を開始する。慌てて後方の二機も続くが、ある程度高度をとったクオーツの機体が噴射を止めた。もちろん機体は上昇のための推力を失い、星の引力によって瞬く間に速度を落とし、頂点に達したかのように、ある一点で停止する。

 それは一瞬のこと。天を向いていた機体が、くるりと回転して機首を下へと向けて、重力に引かれるがままに降下を開始したのだ。

 魔力を後方ばかりでなく、前横上下各所から噴射して機体を制御して、空力に頼っていないF-3は非常に器用に動けるが、それも空間を完全に把握しているクオーツであってこそ。事実、後方に続いていた二機は、噴射を止めることなくループを描くようにして、クオーツの機体を追いかけており、距離がかなり離されていた。

 降下の途中からは、魔力の噴射を開始しており、完全に動力降下の様相で速度がみるみる増していく。だが、クオーツは当然地面に機体をぶつけるつもりはなく、甲板の高さより少し上の高度で水平に機体を戻した。

 水平で後方から飛んできたクオーツのF-3は、空母と速度を完全に同調して、宙で一旦静止した後に、甲板の艦首寄りにふわりと舞い降りた。

 甲板に降りた瞬間に、一切動かない、完璧な垂直着陸であった。わざわざ狭い艦首に降りたのは、後続二機が着艦するスペースを空けておくためであろう。

 完璧な操縦であったが、アキラは慌てて艦首のF-3に駆け寄った。甲板の作業員がはしごを掛けるのも待たずに、アキラは飛び上がって風防が立ち上がった操縦席の後ろを覗き込んだ。

「大丈夫か!」

 クオーツは血の通わない水晶体であるが、後席に乗るのは、獣人で生身の血肉あるスノウなのだ。最後の着艦前の機動は急激な重力の変化があって、それはスノウに多大な負荷を与えているはずだ。

 実は、スノウが機体に乗る前に、アキラは戦闘機パイロットが着る身体の各部、特に太ももにエアーを流し込むことによって血流が下がることを防ぐ、耐加速の加圧スーツなどの概念を教えておいたが、果たしてどれほど魔術で実現できていたことか。

 後席を覗き込んだアキラの視線の先には、革の飛行帽を脱ぐスノウがいた。

 頭を左右に振って、押し込められていた髪を流したスノウ。白い髪が宙を舞い、その中できょとんとした表情でアキラを見上げていた。

 どうしましたと、アキラに呟くとすぐさま前席に顔を向けた。

「素晴らしかったです。すごい!」

 前席には操縦を担当していた猫の姿のクオーツが、座席に座っていた。猫が操縦席に収まっているのは、かなりシュールな光景であったが、その猫がただの猫でないことは、背中から伸びる細い触手が前方の機械の中へと入っていることからも分かる。

「満足していただいたようで、なによりだ」

 恐らく、最後の機動はスノウが重力加速に耐えられるかを、最後の最後まで試したものであったのだろう。どこか、クオーツの声も満足げであった。

「身体の具合は大丈夫か?」

 そんな様子でも、アキラは勢い込んでたずねるが、それに対してスノウは小首を傾げて不思議そうだ。

「問題ありません」

 そう言ってのけるスノウに、一瞬あっけにとられたアキラであったが、すぐに笑顔に変わる。

「大した姫様だ」

 そう言って、スノウが降りるのを助けるために、手を差し伸べるアキラだった。


 着艦を終えたテロンとキラが、機体から降り立ったスノウとクオーツのもとに駆けよってきた。

 テロンはスノウの前に立つと、姿勢を正して頭を下げた。

「見事だった」

「いえ、操縦はクオーツがしていましたので、私が褒められる筋合いにはありません」

「そちらは予想していた。俺が詫びたいのは、スノウ殿の念話に対してだ」

 飛び立つ以前、テロンは口にはしなかったものの、スノウの念話には懐疑的であったのだ。良くて一対一の会話が出来てせいぜいであり、それならば光魔術で事足りると。

 しかし、空の上で、スノウは三機に乗る六名の会話を完全に伝えきったのだ。それも一切に遅延なしに。まるで実際に顔を合わせて会話しているかのような状態であった。

「スノウ殿には、警戒と誘導をお願いしたい」

 すでにキラと機上で話しはしてあったのであろう。テロンにためらいはなかった。

 それを側で聞いていたアキラは、いわゆる早期警戒管制機の役割をスノウに任せたいのだと知る。確かに、管制機がいれば先手を打つことも出来るだろうし、戦いに入る前に優位な位置をとれることであろう。強力な魔術師であり、優れた念話が使えるスノウには適任だ。

 指揮を執るのではない、あくまでも指揮はテロンが執るのであり、それを助ける役割だ。

 かがみ込んで、クオーツの頭を撫でていたキラが付け加える。クオーツは気持ち良さげな猫を模倣していた。

「演習時にね、どうしても目の前に集中しちゃって、気づいたら後方取られてたなんかはざらにあるしね」

「そうそう、そんで瞬く間に撃墜判定だ」

 それで外出許可が取り消されるんだよねと、キラがテロンに付け加える。

 それらを聞いて、スノウはなんと応えていいものか、迷っている様子だったので、そっとアキラはその背を押した。

 振り返ったスノウは、一瞬迷いを浮かべていたが、すぐに口を真っ直ぐに引き締めて、改めてテロンを見た。

「分かりました、その任をお受けいたします」

「部隊の目、お任せいたします」

 テロンから差し出された手を、スノウは力強く握り返すのだった。


今回、小話はございません。

すいません。

年末進行中なもので……


次回、明日中の投稿になります。

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